10 探索
外に出ると、まだ新しい傷跡が残っているにもかかわらず、何事もなかったかのような喧噪に満ちていた。
一刻も早くこんな街は抜け出したいが、さっきの話を信じるなら五日間は足止めになりそうだ。
ならば少しでも路銀の足しを造ろうと思ってクエストの並ぶ掲示板を回るが、いまいちピンとくるものがない。
貼り出されている仕事の多くは、破壊された街の復興に関する、力仕事の単純労働だ。
求められる属性も、水や土がほとんどで、風という属性が活躍できる場面はなさそうだ。
そもそも短期の仕事は労力の割に安すぎるし、ある程度ちゃんとした仕事になると、いつかでは済まない期間を拘束される。
煙突掃除の仕事を受注できたのは、どうやらかなりの幸運だったらしい。
「まあ、そりゃそうか」
なんとなく理解していたことだが、世の中そんなに甘いわけがない。
冒険者になりたい。と言い出す子にほとんどの親が「やめておけ」と言うのには、やはりそれだけの理由があるのだろう。
とはいえ現時点で困っているわけでもなし、子供の小遣いみたいな報酬で忙殺されるのも馬鹿らしい。
ひとまず俺は、仕事探しにけりを付けて街を歩くことにした。
独りになると余計なことを考えてしまうが、誰かと話をするような気分でもない俺は、落ち着ける場所を求めて中央から少し外れた小道にある居酒屋に入る。
薄暗く調光された店の中は、夜警を終えた門番や衛兵達でわいわいと盛り上がっていた。
彼ら彼女らは昼前から安酒をジョッキで呷り、愚痴を垂れたり噂話に興じたりと忙しい。
朝食兼昼食としてパンとスープを注文したら嫌な顔をされたので追加で酒をグラス一杯だけ頼み、喧噪から少し離れたテーブルに座った。
「んでよー、ったく、めんどくせえよな! 祭りが終わって暇になると思ったらこれだ」
「まったくよ。西でも属性解放があったらしいから、その影響かもしれないわね……」
「それにしても、俺は逆にそいつを褒める……っつうか、すげえやつだと思うぜ。なにせ……」
門番らしき屈強な男女が衛兵仲間に愚痴る声が聞こえてきて、俺は思わず耳を傾けた。
西の……つまり俺の故郷の話をしているようだ。
そんな呑気なことを考えていると、男は息を潜めて小声で囁いた。
「……『逃亡』だもんな」
声のトーンを落としたのは気遣いだったのかもしれないが、酒が入っているせいかその声は囁きと言うには大きすぎて、隠せてもいなかった。
俺は口元に運ぼうとしていたグラスをテーブルに戻し、息を潜め耳に意識を集中する。
「……なんでも、国内全域をカバーする探知術にも引っかからないらしいわよ?」
「ひぇー、てか、探知術とか監視社会かよ。独裁宗教国家は怖いねぇ」
「手配書も来てたな。生死を問わずだと。まあ逃亡犯なら当然だわな」
「あいつら私達のこと疑ってたじゃん? 積み荷に隠れてたのを見逃したんじゃないかとか、賄賂を受け取って通したんじゃないかとか!!」
間違いない。その『逃亡犯』とは俺のことだ。
生死を問わず。ということは、連れ戻すことが目的ではない……おそらく、見せしめと口封じが目的なのだろう。
今のところおおっぴらに動いてはいないようだが、数名程度なら既にこの国に入り込んでいる可能性もある……
酒飲み兵たちの話題は既に「迷惑な冒険者"様"」の愚痴に移っていたが、頭に入ってこない。
それよりも俺を探す西国のことを考える。
ルインの記憶では、昔から周囲の大人や両親に「悪いことをすると審問官にお仕置きされる」などと言い聞かされていた。
それは子供に対する単なる脅しという領分を越えて、現実性のある警告に近かった。
深夜に教会へと忍び込んだ幼い子供が、翌朝には廃人となって発見されたこともある。
国に対して反骨心を表した一家がまとめて火炙りに掛けられる様子を、目の当たりにしたこともある。
ルインにとってはそれが当たり前の光景で、だから今まで特に意識もしてこなかった。他人事ではなく自分事だと認識するつい今までは。
俺の……と言うよりは、俺が間借りしているルインの本能的な恐怖が俺にも伝染し、全身から冷や汗が溢れ出す。
スープに浸したパンは口に入れても味がしない。酒を呷っても粘ついた負の感情は流れずにこびり付いたまま剥がれない。
衛兵達の喧噪が遠のいていくような錯覚に陥る……
バァン!
入り口の扉が弾けるような勢いで開かれる音を聞いて、俺はとっさに顔を伏せた。
戸を開けた者の足音は、真っ直ぐに俺の元へと駆け寄ってくる……まさか、もう俺を追う西の刺客が!?
酒が入って僅かに身体の動きが鈍いのが口惜しい。それでもとっさに腰に差したナイフの鞘に手を当て、いつでも抜き放てるように構えながら、顔を上げると……そこにいたのは見知った顔だった。
「ヴェイル……か?」
「ルイン、良かった……探したぞ!」
大粒の汗を浮かべながら息を切らすヴェイルは、俺を見てほっと胸をなで下ろした。
そういえば、待ち合わせをしていたことを完全に忘れていたな。
いや、それどころではなくなって、ある意味どうでも良くなっていたという方が正しいか。
俺は申し訳ない気持ちになりながら、顔を伏せヴェイルから目を逸らし、口にした。
「ヴェイル……ケイドが死んだ」
「ああ、知っておる。遺体も確認した……無残な姿であった」
憤怒と無念が混在した震え声だ。それでも灯は消えてない。現実に立ち向かおうという強さが感じられる。
「ルインよ……ところでテッサを知らぬか? 探しておるのだが見当たらぬのだ」
「テッサか? あいつならケイドの遺体に付き添って……」
俺は悲しみに打ちひしがれる彼女に声を掛ける勇気もなく、その場から逃げ出した。
だからその後、彼女がどうしたのかは知る由も無い。
黙ってしまった俺を見てそれ以上何も知らないことを察したのか、ヴェイルは腕を組んで唸り声を上げた。
「むぅ……テッサのやつ、馬鹿なことをしておらねば良いが」
「馬鹿なこと……って?」
「それは、……分からぬが」
馬鹿なこと……とは、例えばケイドの後を追って自殺する。とかだろうか。
気持ちでは「あり得ない」と笑い飛ばしたいところだが、ケイドの遺体を前にした彼女の取り乱しようを思い出せば、現実味を帯びてくる。
ヴェイルも同じようなことを考えたのだろう。分からない。というよりは、口にしたくない。という方が近いのかもしれない。
俺が顔を上げると、ヴェイルは真っ直ぐな目で俺を見下ろしていた。
「ルインよ、我はテッサを探す。お主は……」
どうする。という問いかけを先回りするように、俺は立ち上がった。
「俺も一緒に探す! ちょっと待っていてくれ、これを片付けるから!」
空になった皿とグラスをカウンターへと返し、俺は店の外で待つヴェイルの元へと向かった。




