12 鶴の一声
しばらくすると災害竜の暴走は一段落したのか、時折重低音が響く以外は静かになった。
高台には次々と怪我人や避難者が集まるが、その表情は一様に暗い。
即席のバリケードが築かれ、その内外を衛兵が巡回する。
どこかから、言い争いをするような声が聞こえてきた。
どうやら商人が相場の倍近い価格を設定していることに対して、文句を言っているらしい。
だが、二倍ぐらいならまだマシだ。この状態が数日も続けば五倍……いや、桁が一つ増えたとしても不思議ではない。
そして言うまでもなく、今の状況は冒険者にとっても書き入れ時だ。
あの竜を討伐する……なんて無茶な依頼でなくても、取り残された人の救助や、誰かにとって大事な物品の回収。
あるいはこの街を離れて別の都市へ避難する、その護衛として雇われるなど、探せばいくらでも仕事が見つかるに違いない。
普段はギルドでくだを巻いている低級冒険者がどこからともなく湧き出して、互いに牽制しながら様子を窺っている。
冒険者の多くは、依頼価格が高騰し天井に達するのを待ち構えているのか……
あるいは、弱った人から金品を巻き上げるタイミングを見定めている。
その醜態はまるで、死にかけた獲物の周りを徘徊する屍喰獣のようだ。
そんな金の亡者と同じに思われるのが嫌で、疲れ顔の避難民が休む広場から離れ、衛兵や冒険者が集まる陣幕へと向かった。
この街からすれば部外者に近い俺でも入場に制限はなく、冒険者の証を見せるだけで中に通される。
そこでは街の衛兵と、実力派らしき冒険者の男が喧々囂々と議論を交わしていた。
「東に救援信号を送ったから、あと一息の辛抱なんだ! 俺達冒険者も全力を尽くす。だから協力してくれ!!」
「ふざけるなっ! もし来なかったらどうなる? 辛抱するってあと何日だ? その間にどれだけの民が死ぬ!? 冒険者はその責任を取れるのか!」
議論というよりも、これではただの、苛立ちのぶつけ合いだ。
無責任とも思える衛兵の言い分に数名の冒険者が立ち上がり、別の冒険者になんとか制される。
唾の飛沫を正面から受け止めた冒険者はしばらく沈黙して間を置いて、ただ「頼む」と頭を下げる。
下手に出た冒険者を見てか、別の若い衛兵が鎧をガチャガチャ鳴らしながら前に出た。
「そもそも……どうせあの怪物も、冒険者が持ち込んだんだろう!」
「それは違う!!」
矢面に立っていた冒険者は即座に否定する。
否定した後で、小さな声で「違うはずだ、そもそもメリットがない……」と言いかけて、黙り込んだ。
そもそも冒険者は、国に雇われる衛兵と違い個人の集まりでしかない。
だから、彼が誠意を見せようとするほどに、何も話せなくなってしまうのだろう。
輪の中心で向かい合う衛兵と冒険者、それぞれの代表を無視して、言い争いは醜悪さを増していく。
「冒険者が蒔いた種だ、冒険者が責任を取れ!」
「それは、俺達に『死ね』って言うのか!!」
「これだから冒険者は……普段は強がってるくせにいざとなったら役に立たねえ」
「んだとっ!? もういい、こんな腐れ街捨てて、とっとと逃げようぜ?」
責任の押し付け合いにマウントの取り合い、そして日頃の鬱憤のぶつけ合い。
子供の喧嘩としか思えない言い合いばかりが続き、一向に話が前に進まない。
もちろん中には冷静そうな者もいて「こんなことをしてる場合じゃない」という声も疎らに聞こえるが、それらは倍の声量の怒声にかき消されてしまう。
冒険者と衛兵は、睨み合いながら徐々に陣営でまとまりはじめ、陣幕の中に斑模様が形成されていく。
俺はその冒険者の一団に危うく呑み込まれそうになり、とっさにその場から距離を取った。
離れて観察するとよくわかる。
こんなことをしている場合でないと誰もが理解しているのに、人はどうしても過去と未来を見てしまうのだろう。
過去のしがらみが協力を阻み、未来の利権争いが歩調を乱す。
そうしているその瞬間にも時折重低音が響く。
それが滅亡の足音だと理解しながら、それでもなお牽制し合い、歩み寄ることをしない。
「はぁ……」
思わず、溜息が漏れてしまったが、誰もそれを咎めることは無かった。
内心では誰もが同じ事を考えていたのだろう。これは、駄目だと。
このままではこの国は早晩滅びることになるだろう。それが分かっていながら、絡まった糸を前にどうすることもできない。
代表気取りのピエロによる寸劇を見ていても仕方ないのでその場を離れようとした。その瞬間だった。
「伝令っ! 伝令っ!!」
二等衛兵の装備を身に着けた一人の男が、息も絶え絶えになりながら輪の中に入り込んできた。
言い争いをしていた衛兵と冒険者も口を止め、耳を傾ける。
注目が集まる中、彼は息を呑み込んでから書簡を取り出し、口を開いた。
「伝令申し上げます! 正午、太陽が最も高くなった刻、連合軍は災害竜の討伐を開始する。勇気ある者は我らと共に行動せよ! とのことです!!」
言い終わるのと同時に、彼は読み上げた書状を反転してその場にいる全員に見せつけた。
そこにはいくつもの、有力者らしき者達の署名が連々と記されており、目にした者は冒険者、衛兵を問わず息を呑む。
やがて衛兵の一人……おそらくこの場にいる中では最も立場の高い男が、代表して前に出た。
冒険者の一人も、同じように前に出て衛兵の正面に立つ。
どちらもさっきまで言い争いをしていたとは思えない、すがすがしい表情だ。
彼等は無言で手を出し合って、握り会った。
見ているこちらは馬鹿馬鹿しく思えてくるが、結局はどちらもただ、落とし所を探していただけなのだろう。
灰煙で曇った空は、まさに太陽が天高くまで登ろうとしているところだった。




