九十二話 傷持ちと露天風呂
メリアとアリスが脱衣場の戸を開けて、中に入ると湿った湯気に満ちているのを肌で感じた。
「先ずは体を洗いましょう」
「そうね…」
目の前の湯船に視線を向けつつもアリスはメリアに促されて体を洗うことにした。
「メリアはいつもその長い髪はどうやって洗ってるの?」
体や髪を洗いながら少し気になっていたことを隣のメリアに聞いてみた。
「髪の汚れを上から下に擦るように落とすのを何回か繰り返してるわ」
メリアは丁寧に自身の銀髪を手ぐしで洗いながら言った。
「メリアの銀髪はいつも輝いているように見えるのはそのお陰なのね」
メリアの説明に納得の声を上げたアリスはふと自分の桃色の髪に触れた。
(アレスは髪が長い方が好きなのかな…)
髪の艶はメリアや輝夜に劣るが決して手入れをしていないわけでない。
「髪で思ったけどアリスの桃色って珍しいわよね、やっぱりその…お母さんの髪色なの?」
「気を遣わないくても大丈夫よメリア、、、母は父曰く桃色の特徴的な髪色をしてたって言ったわ、娘の私にも受け継がれたのは何だか嬉しいわ」
会ったこともない母だがやはり母親に似るということは嬉しいことなのだろう。
「そういうメリアのお母さんはどんな人なの?」
何せ絶世の美少女と言っても過言ではないメリアを産んだ人であるどのような人か気になった。
「お母様はとても綺麗な人よ、たまに来る貴族の使者の人がお母様の美貌を見て呆然とするなんてこともあったわ」
可笑しそうに言うメリアにアリスはすかさずツッコんだ。
「何それ最早魅了の領域じゃない」
「うん、否定出来ないわ、だから基本的にお母様は屋敷から出なかったしどうしても屋敷から出る時は顔を隠すベールを着けていたわ」
「美しすぎるのも大変なのね、メリアはそういうこと、あったの?」
メリアの過去を知るが故に慎重に聞いたが答えるメリアの声音からその心配は杞憂だと悟った。
「初対面の男の子から求婚されたこともあったけど大変だったのは男の子よりも同世代の女の子の嫉妬だったわ、パーティーに出ただけで何度毒を吐かれたか分からないわ」
「貴族って大変ね、私は冒険者万歳だわ」
メリアの言葉から貴族社会の闇を垣間見た気がしてアリスは一気にお湯を掛けて全身を洗い流した。
「それとアレスはアリスの髪が長くても短くてもどっちでも好きだと思うわよ」
「何で!、人の心をしれっと読んでくるのよ!」
「自分の髪を触って物憂げな表情してたらすぐに分かるわ」
まるで小悪魔のように笑ったメリアもどうやら洗い終わったようだ。
「スカハと輝夜と合流しましょう」
「そうね」
アリスとメリアは立ち上がって湯船に向かった。
湯船には多くの人が居たがメリアに負けず劣らずの黒髪の美少女を見つけるのは難しくなかった。
「ーーー」
自慢の黒髪がお湯につかないようにタオルで纏めて湯船の縁に腰掛けて脚を湯船につけて至福の表情で楽しんでいる美少女は一種の絵画のようであり、彼女の周りに謎の円状の空白が出来ていた、言うまでもなく客が輝夜の存在に圧倒されて自然と避けているのだ。
「やや、その気配はメリアとアリスでござるか」
閉じていた両眼を開けて輝夜はこちらを向いた。
「あれ?、スカハは一緒じゃないの?」
一緒に入った筈の魔族の少女がいなかったのでアリスは輝夜に視線を向けた。
「先程までは一緒に居たでござるが露天風呂というやつに浸かりに行ったでござる」
輝夜は言いながら湯船に肩まで浸かった。
メリアは輝夜と同じように長い髪が湯船に浸からないようにタオルで纏めてから湯船に入り、アリスも続いた。
「あー、気持ちいいわー、心が洗われるみたい」
「本当だわ、旅の疲れが溶けて行くみたいだわ」
メリアとアリスは至福の表情で初めて浸かる温泉を楽しんだ。
「どうやらこの湯には疲労回復や美容、滋養強壮の効能があるそうでござるよ」
輝夜は片手で透明な湯をすくって言った。
「温泉にはそんな効能があるのね、知らなかったわ」
メリアも輝夜の言葉で湯をすくってみるとあることに気づいた。
「この湯ほんの微量だけど魔力が含まれてるわね」
「え?、そうなの?」
アリスがメリアの言葉に湯をすくって見たが特に魔力は感じられなかった。
「微細な魔力だから私じゃないと分からないわ」
「おそらく大地の霊力が溶けだしているのでござろう、大和にもそういった場所があったでござる」
「なるほど魔力が含まれてるから温泉には不思議な効能があるのね」
感心と納得と共に湯を湯船に戻すとアリスは輝夜の肢体を見てあることに気づいた。
「輝夜ってそんなに大きな斬り傷があったの?」
湯で分かりにくいが輝夜の肢体には両肩から両腰に掛けて✕印のような斬り傷があった。
余程深い傷だったのか薄くだが傷の跡が残っていた。
「む?、これでござるか?、これはアレスにつけられたものでござる」
自身の傷跡に触れて言う輝夜にアリスは驚きの声を上げた。
「えぇ!?、輝夜ってアレスと殺し合ったの?」
「そうでござるよ、正式な死合いでござった、しかしアレスには負けてしまったでござる」
そういう輝夜の表情にはアレスに対する愛情と憧れが混在していた。
「あれは引き分けだったでしょ?」
「拙者の奥義でアレスの命を断てなかった時点で拙者の負けでござる」
メリアの言葉に輝夜はそう返した。
「それでアレスはあそこまで輝夜が好きなのね」
思わずポツリと零した言葉に輝夜とメリアが視線を向けてきた。
「え、いや、そのアレスにメリアたちのどこが好きなのか聞いたことがあるの」
アリスは両人差し指を突き合わせて恥ずかしそうに言った。
ここに来るまでの旅路でアレスに聞いてみたのだ、アレスという男をもっと知りたかったが為に。
「メリアの事を聞いた時は惚気ばっかりで聞くの辛かったけど…」
「あはは…」
メリアはアリスの言葉に困ったような笑い声を上げた。
「輝夜の事を聞いた時もそれは凄かったわ、輝夜の剣にアレスはゾッコンだったわ」
今でも思い出せる輝夜の剣を美しさと素晴らしさ、洗練さを語るアレスの表情は"ああ、この人輝夜の事が大好きなんだー”と一目で分かるものだった。
「ぶくぶく」
それを聞いた輝夜は明らかに湯気のせいでない、羞恥で真っ赤に染めた頬を隠すように湯船に顔をつけた。
「アレスはそういう事恥ずかしがらずに言うからね、だから気を付けないと際限なく女が増えちゃうわ」
「もしも女がこれ以上増えるとしてもアレスの中でメリアが揺らぐことはないと思うけど?」
「そういうことじゃないのよ、アレスは自分の決めた道を突き進む人でしょ、そういうところに女の子って惹かれるのよ」
メリアの言うことには説得力があった、アリス自身もアレスのそういう所に惹かれたからだ。
「天然の女たらし、本人に自覚がないから余計タチが悪い」
「スカハ!?、びっくりしたわ」
いきなり隣にやってきたスカハにアリスは驚きの声を上げた。
「露天風呂はどうだったのでござるか?」
輝夜が湯船から顔を上げてスカハに聞いた。
「うん、良かった、皆も行こう」
いつもの無表情を崩して言うスカハにメリアたちは湯船を出て、露天風呂がある場所へ移動した。
「うわぁ!、凄いわ、満天の夜空よ」
「本当だわ、綺麗ね」
「これはいいでござるな」
運良くメリアたち以外露天風呂にいなかったので四人で満喫する事が出来た。
露天風呂は外に設置されており上を見上げると輝く星々が見えた。
「アレス、メリアたちも居るよ」
『それ教える必要あるのか!?』
「「「!!!」」」
スカハがどこかに声を掛けると聞き慣れた彼の声が響いた。
メリアたちが声のした方に視線を向けると衝立のようなものが立ってた。
「この露天風呂は男湯にもある、アレスが向こうに居る」
「そっちには誰か居るのー?」
『いや、今は俺一人だよ、メリア』
アレスの言葉にメリアたちは胸を撫で下ろした。
「アレス変な事考えたら駄目だよ!」
『少しは信用してくれよ!?、アリスは俺を何だと思ってるんだ!?』
アレスの悲鳴のような声が聞こえたがアリスとしては無視である。
そんなアリスの対応に慣れ始めたアレスは一度咳払いを挟んだ。
『話は変わるけど温泉に入った奴には冒険者が居たんだけどそいつに聞いたらあの森で魔猪が出るのは稀だそうだ』
アレスの言葉にアリスが思案顔になった。
「どうかしたのでござるか?」
「う、うん、普段出ない魔物が出てくる、しかも普段居る魔物が居ないって"魔物暴走”の前兆なのよね」
"魔物暴走”という単語に輝夜とスカハは疑問顔になりメリアが声を上げた。
「確か魔物がより強い魔物に追いやられて大移動を起こす現象だったわよね」
「その通りよ、街一つは簡単に呑み込むわ、多分ベリル君の報告を受けてギルド長は調査依頼を出すだろうから私、受けるわ」
そこでアリスはメリアと輝夜、スカハに視線を向けた。
「出来れば前衛をしてくれる人が居ると助かるんだけど…」
「喜んで務めたいでござるが明日は買い出しに行こうと思っていたのでござるし…」
「私が行く、メリアも輝夜の付き添いでしょ?」
「う、うん、そのつもりだったけどいいのスカハ?」
純粋な親切心で言ったメリアにスカハは湯船から立ち上がって言った。
「構わない、体を動かしたい、ついでにアリスも守る」
「ありがとうスカハ、アレスは何か予定があるの?」
アリスは衝立の向こう側のアレスに声を掛けた。
『俺は街を散策しようと思っている、運良く案内してくれる人に会えたんだ』
そこで露天風呂に人が入って来たのでメリアたちは話を切り上げて露天風呂を後にするのだった。




