九十一話 金糸の狼少女
俺たちが入った宿屋は二階建てで多くの客室があり大きな露天風呂というものが特徴だと宿屋の店員さんから聞いた。
「あ、あの、それで何部屋にしますか、それともま、まさか五人べ…」
「五人部屋があると助かるんだが……あの大丈夫ですか?」
何故か固まってしまった店員さんに俺は心配の声をかけた。
「へ!?、いえ、大丈夫です!、五人部屋ですね……今どきの男の人って四人も相手出来るんだ…」
「???」
何やら店員さんが言っていたが俺は意味が分からず首を傾げた。
数分後メリアたちと談笑しながら時間を潰しているとさっきほどの店員さんがやってきて部屋に案内された。
「久しぶりのベッドだわ!」
部屋に入った途端メリアがガッツポーズをして声を上げた。
「五つのベッドが三個と二個で左右に分かれている、私はここ」
五人部屋は結構な広さがあり、ベッドは左右に分かれて置かれていた。
「アレス、ここからダリスの街が見えるわ」
「お?、本当だ」
アリスが開けた窓を覗くとダリスの夜の帳が落ち始めた街並みが見えた。
「アレス、拙者は早く温泉に入りたいでござる!」
「分かったから、いろいろ準備してからな」
俺は興奮気味の輝夜を諌めつつ、部屋に備え付けてあるタオルと簡素な服を取り出した。
「それは寝間着に似てるけど確か"浴衣”よね」
いつ間にか隣にいたメリアが俺が手に持つ簡素な服を指さして言った。
「ああ、そうだ、ええとメリアと輝夜、スカハがこれでアリスがこれだな」
俺は平均的な丈の浴衣と少し丈が短い浴衣を取り出した。
「前まで私とスカハ、同じぐらいの背だったのに…」
「気にしてるのでござるか?」
「う!?、まぁ、少しは…」
アリスの身長は同世代と比べて高身長なメリアや輝夜には及ばず、最近覚醒したスカハも成長して背が伸びてアリスより高くなっていた。
「えー、でもアリスの背丈も十分羨ましいわ、だってアレスに思いっきり抱き締めてもらえるもの」
メリアは自身の身体を抱き締めるような仕草をして言った。
「私が成長して後悔したこと、アレスに全身包み込まれるようにギューってされることが無くなったこと」
スカハは心底残念そうに言った。
「うわぁー!、それ以上想像させないで!」
アリスは顔と耳を真っ赤にして座り込んでしまった。
「やってあげようかアリス?」
「アレスも便乗するなー!」
アリスが立ち上がり胸板を叩いて来た、地味に痛い。
そんな出来事を挟みながら支度を済ませたメリアたちは温泉に入る為に部屋を出ていった。
俺も刀を置いて部屋を出ようとしたところふと気配を頭上から感じた。
「(人?、今の今までは気づけなかった、認識した今もかなり気配が薄いな)」
俺は気になり荷物を置いてから、龍星を取り窓を開けて窓枠に手を掛けて身を持ち上げて屋根に着地した。
「そこに居るのは…」
何故屋根の上に居るのか問いただそうと口を開いてそれ以上言葉が続かなかった、目の前の屋根に座る少女の存在感に圧倒されたからだ。
まるで金の糸のような金髪と頭の上に生える一対の獣耳、夕焼けによって煌めく九本の金糸の尻尾が目の前が俺の想像を超えるものだと示していた。
「え…」「んなぁ!?」
目の前の少女の瞳から一雫の涙が零れ落ちるのに驚くと共に、少女が俺を見て驚き足を滑らせた。
俺は考えるよりも先に体が動き屋根を駆け上り手を伸ばした。
「危機一髪だ」
紙一重で少女の手を掴む事に成功した。
「そなたは一体何者じゃ?」
俺の手を掴む少女が当然の疑問を言った、俺は少女の疑問に答える為に腕に力を込めて少女を引き上げた。
「俺はアレス・バハムート、この宿の客だ」
「それは分かるがそなたは只者ではあるまい、妾は"人払いの結界”を張っておったのじゃぞ」
金糸の狼少女は豊かな胸元から扇子を出すと広げて口元を隠して言った。
「五感が鋭いだけだ、それにしても"人払いの結界”か、それのお陰で薄くしか気配が感じなかったのか」
俺は面白い魔法があると感心した。
「正確には魔法とは違うのじゃ小僧、これは"幻術”というのじゃ」
「へー、知らないな、やっぱり世界は広いな、それで君の名は?」
俺は少女の名を問うた、俺は名乗ったので今度は目の前の少女の番だ。
「ふむ、まだ名乗っておらんかったな」
少女は立ち上がりさらにもう一本扇子を取り出して両手に持った。
「妾の名はルーヴォル」
少女、ルーヴォルは扇子を広げ口元を隠してもう一本の扇子で俺を指してきた。
「ルーヴォル・フェンリル・ヴァナルガンドなのじゃ、よろしくなのじゃ小僧」
「よろしくルーヴォル、って俺は小僧じゃないぞ」
抗議の目を向けるとルーヴォルはコロコロと笑った。
「妾にとっては人は等しく赤子も同然よ、じゃがお前のような存在に会うのは久しぶりなのじゃ」
俺が首を傾げるとルーヴォルは口元を隠していた扇子を閉じてクスクスと笑った。
思わずムッとすると笑いながらルーヴォルは続けた。
「そんな顔をするでない、妾の術を破る力に小僧の体からは様々な匂いがする、とても濃い女の匂いじゃ、長く生きれば分かるのじゃ、そなたは"英雄”であろう?」
ルーヴォルは身を乗り出して言った。
「古今東西、英雄は女に好かれ力を持っているものじゃ、そなたはそれを満たしている」
「まるで本物の英雄を見てきたような言い草だな」
「実際見てきたのじゃ、妾は長く生きていると言ったであろう」
ルーヴォルの言い方から冗談を言っているような感じではなかった。
「ルーヴォルは長寿の獣人族なのか?」
「たとえ獣人族でも百年以上は生きられん、妾は少し特別な存在なのじゃ」
なぜかそう言ったルーヴォルの横顔はとても寂しそうに見えた。
「待てよ、今長生きしてるって言ったよな?、ならダリスの街のこともよく知ってるのか?」
「む、当然あろう、この街は妾のお気に入りでもあるのじゃ」
それを聞いた途端俺の中で光明を見出した気がした。
「お気に入りなら俺に案内してくれないか、頼む」
俺は頭を下げて頼んだ。
「別に嫌な匂いはせんし構わんのじゃが、理由を聞いてもいいかえ?」
「今度恋人とデートする約束をしてるんだがその計画を立てるのにこの街のことを知りたい」
そんなことを言うとなぜかルーヴォルはポカンと惚けたような顔になった。
「そなたは女を大切にするのか?」
「はぁ?」
あまりに想像の斜め上の質問に俺は変な声が出てしまった。
「英雄は皆、傲岸不遜で自己中心、物語のように万人に愛される英雄などは幻想なのじゃ、女など大切にするものなどついぞ見た事がないのじゃ」
「そんな奴らと一緒にはされたくないな、俺は恋人たちが大切だ、俺の生きるべき理由だぞ」
俺の優先順位第一は恋人たちだ、俺の命や他のものは二の次である。
「なぜ、そこまで思えるのじゃ…」
「決まってるだろ、彼女たちが好きで愛してるからだ、それ以外にあるか?」
俺の答えを聞いてルーヴォルを何を思ったから身を翻して背を向けてしまった、背を向けるルーヴォルの九本の尻尾が心無しか震えているように見えた。
丁度十秒ほど経った頃合でルーヴォルは向き直り、俺の目を見て朗らかに笑った。
(初めて笑った)
俺がそう認識した瞬間ルーヴォルが口を開いた。
「不思議な小僧、いやアレスだったのう、、アレス、ダリスの中央広場は分かるかえ?」
「え?、ああ、分かるぞ、大きな噴水があるところだよな、ここに来る前に通った」
いきなり言われて驚いたがルーヴォルの問いに俺は答えた。
「そこに明日の八時に来るがいいのじゃ、ダリスを案内してやろうなのじゃ」
「本当か!、ありがとう、ルーヴォル」
「妾が初対面でここまでしてやるのは光栄なことなのじゃ、それを理解するのじゃぞ」
ルーヴォルはそれだけ言うと扇子を左右に広げて屋根から飛び降りた。思わず視線で追うと器用にも屋根に伝いに走り、すぐに見えなくなった。
「もしかして俺が助けなくても大丈夫だったのか?」
そう思わないでもなかったが俺は温泉に入る前だと思い出して部屋に戻りすぐに温泉に向かった。
◆◆◆◆
アレスが金糸の狼少女と邂逅した頃、メリアたちは温泉に入る為に脱衣場で服を脱いでいた。
「メリアって改めて見ると完璧よね」
多くの人が居る脱衣場でアリスが言ったことはこの場に居る女性の思っていることを代弁したようなものだった。
「え?、そうかな?、あんまり気にしたことないのよね」
アリスの指摘でメリアはタオルで隠しながら自身の肢体を見て言った。
「いや、明らかにメリアが脱衣場に来た瞬間空気が変わったじゃん」
アリスの言う通り、この場に居る者のほとんどがメリアを見ている、その視線には羨望と嫉妬の二種類があったがメリアは気にしていなかった。
「私はアレス以外の視線なんて気にならないわ、だってそれ以外を気にしても不毛だわ」
メリアの根幹にあるのは自分を見て笑ったりふざけたり、めいいっぱい愛してくれるアレスの存在だけだ、昔はいざ知らず今のメリアは他人の評価を気にしない。
それ故、羨望と嫉妬の視線を受けても何も感じない。
「そんなことよりも輝夜とスカハが待ってるわ、早く行きましょうアリス」
微笑みながらアリスの背中の押すメリアに、この場に居るものは目を奪われ二の句が告げなくなるのだった。
新キャラ登場からの次回は温泉です!




