八十九話 不穏な気配と次なる街
那由多の風が通り抜ける深緑の世界の中でただひたすらに集中する。
全ての感覚、神経をただの一刀に込める絶技"抜刀術”、イザナギ大陸発祥の剣技であり、鞘に収めた状態でどれほど早く抜けるかで熟練度は判断される。
速度が第一の技であるがただ早く抜くだけが抜刀術ではない、目にも留まらぬ速度で斬るためには様々な条件が必要だ。
人一倍大きな風が吹き、周囲の木々の葉を散らした。
「ーシッ!」
かすかな呼気を迸らせて龍星を抜き、周囲を一閃した。
場を圧倒するような剣圧が吹き抜け、アレスが龍星を振り抜いた時には深緑の落ち葉が全て斬られて地面に落ちた。
「ーーフゥー」
俺は全ての葉が斬られているのを確認して内に貯めていた空気を吐き出した。
龍星が鞘に収まり、鯉口が静かに鳴った。
「"斬葉鍛錬”はひとまずクリアだな」
俺が何をしていたかと言うとバハムート流の鍛錬だ。
修練時代とは違い、いつも近くに森がある訳では無いので毎日は出来ないが剣技の修練にはちょうど良い鍛錬なので、森が近くにある時は行なうようにしていた。
「ーん、もう日が出るな、テントに戻るか」
俺は森に差し込み始めた日差しを見て、野営テントに帰ることにした。
現在俺たち《雷光》は帝国と聖王国の国境の街ダリスを目指して街道を歩いており、予定では今日中に着くことになっている。
ダリスはアリス曰く、温泉と呼ばれる様々な効能があることで有名な湯がそこら中で湧いていることもあり、休暇に訪れるにはもってこいの街だそうだ。
冒険者になってから騒動続きできちんとした休暇は取っていなかったので個人的にはとても楽しみだ。
そんな事を考えていると魔導テントが見えて、俺は中に入った。
「みんな朝だけど、って流石に起きてないかー」
俺は様々な匂いが絡まるテントで、裸同然のような格好でそれぞれ寝ている愛しの恋人たちを見て呟いた。
目の前の光景を見れば昨日の夜、何があったのかは簡単に察することが出来るだろうが昨日は久しぶりでさらにアリスが初参加ということもあり、口に出すだけでも赤面待ったナシの出来事が数多く起きた。
簡潔に言えば成長したスカハのいろいろがさらに増して、アリスは意外とそっちに才能があったということだ。
出来ることなら永遠に恋人たちの寝顔を鑑賞していたかったがそうもいかないので俺は泣く泣くみんなを起こすのだった。
◆◆◆◆
「ぐぬぬ、私は初めてなのになんということを…!」
「思い出すだけでも、自分の痴態が幾つも思い浮かぶよー!」
「溺れてしまったでござる、武士とは不覚でござるよ!」
「うん、確かにあれは恥ずかしかった、でもまたやってみたいかも…」
俺に起こされて素早く着替えたメリアたちは全員が顔を真っ赤にして悶えた。
おそらく昨日のことを思い出しているのだろうが、俺は咳払いをして場の空気の引き締めに掛かった。
「目的の確認をしよう、今の目的はダリスの街で休暇を楽しむことだけど、期間は皇帝陛下からの依頼もあるから四日間にしようと思ってるけど異論はあるか?」
一応確認のために聞いたが、誰も何も言わなかったので話を続けた。
「その後は予定通り、イグザード聖王国の首都、聖都レティアに向かう」
「陛下の依頼もあるしね、まぁメリアの調べ物のついでよね」
「うん、《降魔の盃》のボスがレティアで何かしようとしているらしいけど、メリアのついで」
軽口のように言ったアリスにスカハが同意するように言った。
「あ、あのね二人共、そう言ってくれるのは嬉しいけど《降魔の盃》が帝城でやろうとしてたことは"悪魔召喚”よ、今回はたまたま防げたけどもし本当に起きたら大変なことになるわ」
皇帝陛下が教えてくれたのは《降魔の盃》の目的と、次なる目的地だった。
どうやら裏切った宰相ジギスから聞き出した情報によると《降魔の盃》のボス《欲望魔》ザカリスは千年前の大戦時、世界中に居たという悪魔を召喚しようとしていたらしいのだ。
ザカリスは俺たちが城を襲撃する前に姿を消しており、イグザード聖王国の聖都レティアに向かったそうなのだ。
「まぁ、何はともあれ骨休めに行こうか」
俺の一言でみんなそれぞれ準備を始めるのだった。
◆◆◆◆
魔導テントを畳み、再び街道を進み始めた俺たちは昼頃までは順調に進んでいたがだんだんと周囲の空気が重くなってきているのを感じていた。
「メリア、これは…」
「うん、とても濃い魔力が流れてきているからそう感じるのよ」
メリアが街道の左側に広がる森を指さして言った。
「濃い魔力が森から漂ってきているのはかなり不味いわね」
「アリスの直感を的中でござるな」
輝夜が言った瞬間森が爆発したように木々がなぎ倒されて数人の人が出てきた。
「あれは冒険者?」
俺たちが警戒から武器を抜き、スカハが呟くと森から巨大な魔猪が四匹現れた。
「不味い!、彼らじゃ蹂躙されるわ!」
言いながらアリスが矢を放つのに合わせて俺たちも駆け出した。
一条の風の如く疾走した俺たちの頭上をアリスの矢が飛んでいき魔猪の足や側面に刺さることで動きを鈍らせた。
「危ないから下がってろ!」
「うわぁぁぁ!!、えっ、あんた達は…!?」
冒険者の一人が何か言う前にアレスの両刀に闘気と魔力が収束した。
「"闘魔抜刀 双天孤月”!」
アレスの刀から放たれた二本の半月型の斬撃は魔猪を斬り裂き首を落とした。
「貴方も危ないわよ」「うわぁぁぁ!!」
メリアは鎧を着ている冒険者の一人を翼を生やして軽々と持ち上げて魔猪の攻撃を回避して、光球を幾つもの浮かべた。
「"光よ・集い・敵を穿て・光線”!」
光球から放たれた光線が魔猪の全身を撃ち抜き、倒した。
ズシンッと音を立てて俺とメリアが倒した魔猪が倒れる中、輝夜とスカハは三人目の冒険者が居るところに向かっていた。
「"来い・アスール”」
スカハがポツリと呟くように言うと、スカハの手に蒼銀の槍が現れ全力を込めて魔猪へ投擲した。
「ブボォォォォ!!??!」
魔猪の脳天に槍が深々と突き刺さり、魔猪は悲鳴を上げた。
輝夜は最後の魔猪へと狙いを定め、"縮地”を使って急接近し地面に倒れ込む冒険者を飛び越えた。
「"陸ノ太刀 迅”!」
神速の抜刀術が放たれて一撃で魔猪の首と胴体が泣き別れた。
「ーーお前ら大丈夫か?」
四体の魔猪が息絶えたのを確認して俺は、背後の冒険者に声を掛けた。
「二級危険種を一撃で…」
「おい、本当に大丈夫か?」
呆然と呟いた冒険者に話し掛けるとハッと気付いたように周りを見渡した。
「貴方の仲間は無事よ」
「大事はないでござるよ」
鎧を着た冒険者と軽装の冒険者、二人をそれぞれを抱えてメリアと輝夜が冒険者に無事を確認させた。
「ああ!、良かった」
「君たちは冒険者だよな、名前は?」
俺は冒険者の前に膝をついて聞いた。
「僕はベリル、貴方の言う通り冒険者です」
「ベリルか、俺はアレスだ、彼女たちは仲間だ」
メリアと輝夜は薄く微笑みながら冒険者たちを下ろして、スカハとアリスが俺の背中にくっついてきた。
ベリルは俺より少し下の十五歳くらいで腰に剣を差していた、見た感じ実力が飛び抜けているようには見えなかった。
「いつも魔猪が出てくるのかこの森は?」
「いつもは出てきませんよ!、今日はなんか変でいつも狩っていた七級危険種ゴブリンもいなかったですし…」
ベリルは有り得ないといった風に言った。
「もしかして君たちはダリスの冒険者か?」
俺はベリルと残り二人の冒険者を見て言った。
「そうですけどまだランクは低いですよ?」
「?、ランクは関係ないぞ、提案なんだが俺たちはダリスに向かってるんだよ、一緒に行くか?」
ベリルは逡巡する様子を見せたが仲間を心配したのか頷いた。
幸いにもベリルの仲間冒険者たちにも怪我はなく、魔猪を解体した後、ダリスへの街道を再び進んだ。
「あのー、アレスさんは有名な冒険者なんですか?」
ベリルが道すがら暇を持て余したのか、質問してきた。
「さあな、自分の名声なんて考えたこともない、ランクだって銀鉄級だぞ」
「いや!、銀鉄級冒険者って僕と少ししか違わないのに凄いですね、それに比べたら僕は…」
ベリルは何故か落ち込むように俯いた。
「落ち込むな、君には才能があるんだぞ」
俺がそういうとベリルは弾かれように顔を上げて「本当ですか!?」と声を上げた。
メリアたちと仲間の冒険者も興味を引かれたのか、俺を見てきた。
「ああ、”脅威から逃げる"という才能がな」
「えぇ…」「それって…」
俺の言葉に仲間の冒険者が落胆するような声を上げた。
「そ、それって才能なんですか?」
「当たり前だろ、お前は圧倒的格上の魔物から逃げて来たんだぞ」
「逃げるのが得意でも冒険者としては…!」
「けどお陰で俺たちが間に合って命を拾っただろ?」
俺はベリルの胸に拳を合わせた。
「命は一つだけだ、死んだら終わり、だから逃げるのだって立派な才能さ、まぁ、確かに聞き心地は良くないけどな」
最後に苦笑気味に言った俺にメリアたちは同意するように抱きついてきた。
「そうよー、何事も命あっての物種だからね」
「うむ、拙者だって命は一つでござるからな」
「うん、命大事、最近落としかけたからよく分かる」
「子供が一気に成長する必要はないのよ」
最後にアリスがベリルとその仲間たちを見て続けた。
「時間は沢山あるんだから土まみれになって魔物と戦って、時には格上の魔物から逃げたりしていろんなことを経験して少しずつ成長してけばいいのよ」
ずっと一人で冒険者をやってきたアリスにはベリルたちを見て何か思うことがあったのだろう。
「そ、そんなこと言われたことなかったです!」
ベリルが感動するように涙を零しながら言った。
「当たり前のこと言っただけだよ」
「アレス、何か見えてきたよ」
スカハが隣に歩み出て前方を指した。
俺がスカハの言葉で前方を見ると湯気がゆらゆらと幾つも立ち上る街が見えてきた。




