八十八話 皇帝の感謝と墓作り
スカハがカーズ・オルテシアを倒したことで《降魔の盃》の幹部が全員倒され、城内の混乱もある程度収まると輝夜と一緒にやって来た皇女様があちこちに指示を出し始めた。
そして俺たちはと言うと恩人ということで帝国の客人が使う寝室に案内された。
無論断ったが皇女様に押し切られて、結局戦闘の疲れもあり俺たち《雷光》はすぐに眠りについてしまった。
コンコン、という扉をノックする音で目が覚めた。
「ん、んんー」
眠気に揺れる視界を取り戻す為に頭を振り、ベッドから起き上がると再びノック音が響いた。
「起きてるよ」
扉に声を掛けるとカチャという音を立てて扉が開いた。
「お、おはようアレス」
「アリスか、おはよう」
扉から顔を覗かせたのは桃色の髪に虹色の瞳を持つ少女、アリスだった。
俺はベッドから下りてアリスに挨拶を返した。
「昨夜は眠れた?」
「ああ、よく眠れたよ、けどここのベッドは少し柔らかすぎだと思うけどな」
お城にあるのだから高級品であろうベッドは、俺には何となく合わなかった。
「高級品が苦手って人は初めて見たわ」
目を丸くして言ったアリスに「根が庶民的なんだよ」と返して、ふと気配を感じてアリスの頭越しにだだっ広い廊下を見ると銀と青と黒の美少女が目に入った。
「メリアにスカハに輝夜?、何で廊下に突っ立ってるんだ?」
純粋な疑問から聞くと三人は揃って悔しそうな顔をした。
「世界一公平な勝負に負けたからよ」
「仕方ない、勝負に負けた」
「不覚でござる、大一番で負けるとは…」
何故かアリスが勝ち誇った顔をしてるのかは気になったが、とりあえずみんなを部屋に入れた。
人ひとりには明らかに広すぎる客室には高級そうな椅子が三つしかなかったがメリアは光魔法で椅子を作って腰掛けたがスカハは俺の膝の上に乗ってきた。
「あ、スカハ…!」
「何?」
アリスが抗議の視線を向けたがスカハは素知らぬ顔で返した。
「近くで見るとよく分かるけど、背丈もそうだけど髪の色とか背中の翼とかいろいろ変わってるな」
「これが魔族としての本当の私」
後ろからスカハの髪飾りがついた前髪を撫でるアレスの手に頬擦りしていたスカハが至福の表情のまま言った。
「背が伸びても性格は何も変わってないみたいだけどねー」
メリアが頬杖をついて唇を尖らして言った。
「ここは譲ろうでござるよ、先の戦いで一番大変だったのはスカハでござるしな」
輝夜の仲裁の言葉にメリアは「分かってるわよ」と返して、スカハに向き直った。
「スカハ、あの力はやっぱり覇気なの?」
「アレスや輝夜が使うものに似てる、性質は同じだと思う、あとはよく分からない、けど強大な力なのは確か」
それだけ言って全身を撫でるアレスの両手にされるがままになった。
「そもそも"魔族の覚醒”ってどういうメカニズムなの?、どうやって至るのか結構曖昧よね?」
「魔族に伝わってるのは口伝のみ、それにレヴィアタンで至っていたのは父さんだけだったし父さんもあまり教えてくれなかった」
「無理に知る必要はないんじゃないか?、何か危ない力ってわけでもないんだし、俺はスカハがさらに綺麗になって嬉しいし」
俺は覚醒によって成長して可愛いから、美しいと感じるようになったスカハの端正な顔を優しく撫でながら言った。
「それはアレスの都合でしょうがっ!、全くもう!」
足を組み腕を組んでアリスは呆れるように嘆息した。
「アレスの"龍闘気”も輝夜の"神気”も大いなる存在から与えられたという共通点があるわよね、もしかしたら魔族の覚醒は…」
メリアが言い切る前にノック音が響いた。
扉の一番近くに居た輝夜が見に行き扉を開けると昨日ぶりの騎士甲冑が見えた。
「トリス殿!、何用でござるか?」
「やはりここに居たのですね、用事は簡単です、陛下がアレス殿たちに礼を述べたいと」
◆◆◆◆
「皇帝陛下がこんなに早く会いたいって言ったのはやっぱりアレスが皇族だからかしら?」
滅茶苦茶広い廊下をトリスの先導で歩きながらメリアがトリスに聞いた。
「ええ、私は近衛騎士ですしアレス殿の出自を言わない訳にはいきません、陛下に嘘はつけませんから…」
「別に気に病む必要はないぞ、母さんの兄弟なら俺の伯父ってのことになるし会ってみたい」
俺は俯き気味に言ったトリスを励ますように言った。
しばらく他愛のない会話を交わしていると立派な造りの扉が見えてノックをして入ったトリスに続いて入った。
部屋には昨日謁見の間で見た豪奢な服を着ていた壮年の男と皇女様、さらに二人の騎士が立っていた。
「紅い髪に蒼い目、さらに二本の剣か、ガレスさんと姉上の息子というのは本当のようだな」
豪奢な服を着た壮年の男が俺を見てそう言った。
「アレス・バハムートと申します、銀鉄級冒険者です」
「メリア・ファフニールと申します、同じく銀鉄級冒険者であります」
「スカハ・レヴィアタン、冒険者」
「大和将軍義敏第一の臣下、天月正信の娘、天月輝夜でござる、同じく冒険者で候う」
「アリス・アグノスと申します」
俺たちはそれぞれの名乗りを上げた。
「うむ、朕はザハーク帝国第五十五代皇帝、アドルフ・ボーラ・フォン・ヘリクレス・ザハークである、一連の騒動での活躍深く感謝する」
皇帝陛下は土下座でもするかと見間違うほど深く頭を下げて感謝を述べた。
「へ、陛下、頭を上げてください、礼は受け取りますが何かを求めてやったわけではないので…」
「ほう?、てっきりアレクシアの助けに応じたのだと思っていたが違うのか?」
皇帝陛下が疑問から首を傾げているので、素直に理由を話した。
「それがなかったとは言いませんが一番の理由はアリスを傷つけたからです、俺は俺の大切な人を傷つけるやつはどんな奴だろうと許しません」
「ふむ、その様子だと本当に《白仮面》が傷つけられたことに怒り、《降魔の盃》と戦ったのだな、つまり我らを助けたのはついでか!」
「え!?、いや、そういうことではなく…!?」
皇帝陛下の言葉に焦り覚えたが、すぐに窘めの声が飛んできた。
「お父様、あまり意地悪はしないあげて下さい、アレス様たちが私たちを助けてくれたのは事実でしょう」
皇帝陛下を窘めたのは皇女アレクシア様だった。
「分かっているよアレクシア、ほんの冗談だ」
そう言って皇帝陛下は笑ったが、正直背筋がゾッとした。
「話は変わるが君たちはこれからどうするのだ、私としては君たちを救国の英雄として帝国民に喧伝し望む褒美を取らせようと思っているが…」
「お父様、なりませんよ、アレス様たちは冒険者ですし…」
「分かっておる、皆まで言うなアレクシア」
それで?、という視線が飛んできたので特に隠すことではないので話した。
「帝都を出て北の地で用事を済ませてから、イグザード聖王国を通ってグリード大陸に行こうと考えています」
「イグザード聖王国とな?」
皇帝陛下の確認の言葉に頷くと皇帝陛下はしばし考えてから、懐から丸めた羊皮紙を出した。
「ならばちょうど良い、依頼があるのだアレス君、受けてはくれんか?」
皇帝陛下は丸めた羊皮紙を差し出してそう言うのだった。
◆◆◆◆
帝都での騒動から二日経った日の昼前の時間帯、俺たち《雷光》は地面遥か上、空を飛んでいた。
「ここまで早く飛べるアレスの龍翼は凄いでござるなー」
お姫様抱っこ状態で俺に体重を預ける輝夜がしみじみと言った。
「龍闘気の鍛錬の賜物だよ、まだ修練に必要はあるけどな」
「今でも十分だと思うけどー」
横から聞こえた声を銀翼を羽ばたかせるメリアだ、腕の中には顔を青くしているアリスも居た。
「何事も修練し続けるのが大切なんだよ」
「アレスのそういう真面目なところ好きよー、大好きー」
「ありがとうメリアー……痛て」
メリアに笑みを返しながら言うと軽く後頭部を叩かれた。
「私を見て何か言うことは?」
振り向くとスカハが青紫色の翼を広げて飛びながらいつもの無表情をムスッとさせていた。
「?、美しくて綺麗だぞ」
「うん、もっと褒める」
スカハが若干頬を赤らめて言うのと、同時に眼下に真っ白な世界が広がった。
「うおっ!、これがスカハの故郷の地アルトラルドか」
「うん、あれが私が住んでた場所」
スカハの先導に従い、空を翔んだ。
「少し肌寒いでござるな、この大地は」
「アルトラルドは冬になるととても寒い、今はマシな方」
スカハはグングンと進み、しばらくすると焼け焦げたようないくつもの残骸が見えた。
スカハは速度を落とすと地面に降り立った。
「ここが私が住んでた場所、父と母、それにレヴィアタンの皆が住んでた」
俺たちも地面に降り立ち、焼け焦げた残骸を懐かしむように見て歩くスカハに静かについて行った。
「この家に父と母と住んでた」
スカハが指したのは周りの残骸より少し大きい残骸があるところだった。
「ここは寂しすぎるな、きちんと埋葬してやろう」
俺は仇を倒し故郷に戻り何を思っているのか、いつもの無表情で読めないスカハの肩に手を置いて言った。
みんなで協力し焼け焦げた残骸を片して、土を掘り、ご遺体を埋めて、幾つもの墓を作った。
残念ながらスカハのお父さんの遺体はなかったが、墓標だけは作りスカハのお母さんの隣に作った。
かなりの時間が掛かり、全ての墓が出来た頃には空が夕焼けで赤く染まり始めていた。
「母さん、不義理な娘でごめんなさい、私は最期の約束をズルをして破りカーズを殺した、その事を後悔はしていないけれど約束を破ったことは反省する」
スカハは母親の墓標の前で膝をつき告白するように言った。
「父さんと母さんが死んで私はもう終わったと思った、けどそんなことなかった。今の私にはかけがえない大好きな人たちが居る、みんなを紹介する」
スカハは本当に目の前に母親と父親がいるかのようにとても楽しそうに話した。
「最後はアレス、アレス・バハムート、私の、ううん、レヴィアタンの槍を救ってくれた恩人で私の最愛の人、いつもは温和な性格だけど力強い信念を持って生きてるとても強い人、自慢の恋人」
スカハは最後に胸を張って言ってから立ち上がった。
「みんなはいなくなっちゃったけど私はひとりじゃない、寂しくないから心配しないで安らかに眠って、みんなのこと絶対に忘れない、大好きだったから、、うっうっ…」
スカハは大粒の涙をポロポロと流して泣きじゃくった。
「ーー」
俺は無言でスカハを抱き上げて、胸を貸した。
『ありがとうスカハ、貴方は自慢の娘よ、それと娘をよろしくね』
風にさらわれるようにそんな声が聞こえて、振り向き墓を見ると誰もいなかった。
「任されましたとも」
泣きじゃくるスカハを抱いて、俺たちは氷の大地を後にするのだった。




