第4章 最強の盾
二試合目の相手は、シンボルの前へ座った。
立っていても大きかった。
座ると、横にも大きかった。
腰に両手を当てた老人像が、その肩越しに笑っている。腹から下は、まったく見えなかった。
「オメガ様ー!」
客席から声が飛んだ。
男は丸い手を上げ、丁寧に頭を下げた。その両脇に立つ魔法少女たちも、同じ一角へ手を振った。
「様、なんだ」
リリが呟いた。
剣白が球を握り直した。
始まってみると、様をつけたくなる理由は分かった。
剣白の強打が、腹へ沈んだ。
棘ごと、沈んだ。
大きな波が胴を伝い、肩で揺れ、消えた。
球だけが、腹の間に残った。
オメガはそれを両手で取り出した。球は口を開けていたが、何も噛めていなかった。
「……今の、かなり強く投げたよね」
シオンが聞いた。
「投げた」
剣白が答えた。
返ってきた球を、剣白が取った。
次はシオンが大きく曲げた。
横へ回した。
オメガも、横へ寄った。
球はまた、腹へ沈んだ。
「じゃあ、もっと外」
リリが言った。
風を回す。シオンがつないだ軌道を、外周の余白へ押し広げる。大きく弧を描いた球は、像の脇へ入ろうとした。
オメガが片腕を広げた。
脇腹が、道を塞いだ。
「上!」
次の攻撃で、リリは風を吹き上げた。
球が頭上を越える。シオンの腕が下がり、老人像の胸へ落ちる。
オメガが立った。
背中へ当たった球を、肩越しに片手で拾った。
「ほっほっほ。私にその程度の攻撃では傷一つつけられませんよ」
また座った。
シンボルが隠れた。
リリは唇を結んだ。
次は、途中で風を弱めた。球が遅くなったところへオメガの手が伸びる。その瞬間、もう一度、強く吹いた。
指の先を抜けた。
抜けた先にも、腹があった。
表示は1000のままだった。
シオンは自陣の表示も見た。
こちらも、1000だった。
向こうの魔法少女が球を持ち上げる。もう一人が小さな風を添え、オメガが押し出した。
剣白が片手で取った。
「もう一回、上からやる?」
シオンが聞いた。
「上、さっきやった」
「下は?」
「座ってる」
二人は、向こうの腹を見た。
オメガはにこにこしていた。
リリの肩が落ちた。
「攻撃の効かないデブって、反則なくらい存在がうざいね」
思ったより、声が通った。
大きな肩が、びくびくっと跳ねた。
オメガの目がリリを見た。
それから、膝を見た。
「……え? 今の、まずかった?」
腹の前で、両手が重なった。
首が引っ込み、身体が横へすぼまった。
像の腹が見えた。
剣白は、投げた。
特別な構えではなかった。
いつもどおり踏み込み、いつもどおり腕を振った。
ドン、と音がした。
シンボルの片翼が消えた。
「えっ?」
シオンとリリが言った。
向こうの魔法少女たちも、同じ顔をしていた。
*
オメガは昔から、大きかった。
「シーソーで遊ぼうよー!」
友達が呼んだ。
オメガが座ると、反対側が高く上がった。六人の子供が、そちらへ乗った。
「よいしょ! よいしょ!」
シーソーは動きません。
通りかかった大人が、一人加わった。
「よいしょ! よいしょ!」
シーソーはまだ動きません。
二人。
三人。
「よいしょ! よいしょ!」
それでもシーソーは動きません。
反対側のいちばん端で、友達が真っ赤な顔をしていた。
「じゃ、じゃあブランコにしよう!」
オメガはうなずいた。
座れなかった。
両側の鎖の間へ、身体が入らなかった。
「滑り台!」
階段の入口へ入れなかった。
「ジャングルジムなら……!」
最初の隙間で、止まった。
友達が手を引いた。後ろから別の子が押した。大人が慌てて、押さなくていい、と止めた。
オメガは下を向いた。
好きだった女の子が、目の前にしゃがんだ。
「なんか本当にごめんなさい。でも、し、仕方ないよ。次はお絵描きして遊ぼうか。ねっ!」
オメガは、小さくうなずいた。
紙を運ぶ子と、色鉛筆を探す子に分かれた。
女の子は、オメガの隣へ座った。
*
試合が終わっても、オメガは下を向いていた。
最初の直撃のあとも、腕を伸ばせば球は止まった。けれど、さっきまで塞いでいた場所へ身体が戻らなかった。
仲間の声で立ち直ろうとするたび、リリと目が合うと、また縮こまった。
シオンたちは、その脇へ球を通した。
支援選択の笛を挟み、像の翼が、脚が、最後に頭が消えた。
誰のライフも、一つも減らなかった。
終わりの挨拶を済ませると、リリは相手の待機場所へ走った。
オメガは腰掛け、小さくなって泣いていた。
小さくなっても、長椅子はほとんど隠れていた。
「あまりに鉄壁なんだもん。つい失礼なこと言って、ごめんね」
リリは、顔を覗き込んだ。
「でも仕方ないじゃない。それくらいしか攻めるところがなかったくらい、あなた強すぎるんだもん」
言ってから、口を閉じた。
握った手を、ほどいた。
「……でも、本当にごめんなさい」
オメガが顔を上げた。
目の前の少女が、眉を下げていた。
なんか本当にごめんなさい。
でも、し、仕方ないよ。
次はお絵描きして遊ぼうか。ねっ!
昔の声が、重なった。
トゥンク。
オメガは胸へ手を当てた。
「……い、いえ。こちらこそ」
「こちらこそじゃないよ。言ったの、私なんだから」
リリはもう一度、頭を下げた。
オメガも下げた。
二人とも、相手が顔を上げるのを待った。
*
「よくやってくれた。あのままだと、いつまで経っても終わらんかったぞ」
帰り支度をしながら、監督が言った。
リリは鞄の紐を持ったまま、振り向いた。
「なぜ?」
「最強の盾ではあったが……他のメンツを見ても、攻撃があまりに弱すぎた」
監督は一度、相手の待機場所を見た。
「守ることだけは最強だった」
剣白が荷物を持ち上げた。
監督は続けた。
「あとは言うまい」
「色んな選手がいるんだねー」
シオンが言った。
「小さな村もあるからのぅ。人材は限られておる」
出口では、オメガが友達に囲まれていた。
一人が何か言い、その大きな背中を叩いた。オメガは目をこすりながら、少し笑った。
リリが手を振った。
オメガは、両手で振り返した。




