第3章 水の来る日
敵は二度目には、曲がる場所を待っていた。
シオンが手首を返す前に、魔法の膜が横へ伸びる。剣白の球がそこで鈍り、相手の大男が胸で止めた。
リリが口を寄せた。
「同じところ、見すぎ」
「だって、通したいところを見るでしょ」
「私を見て」
「あなたに当てたら?」
「怒る」
リリは言って、前へ出た。
次の守備では、球が剣白の脇を抜け、老人像の腹へ当たった。耐久表示が減った。まだ、翼は二枚とも残っていた。
観客は歓声を上げた。
自分たちの村の水が削れているように、シオンには見えた。
「見るのは数字じゃない!」
監督の声が飛んだ。
「球だ!」
跳ね返ってきた球を、リリが風で拾い上げた。シオンの横を通り、剣白の掌へ落ちる。
今度はリリを見た。
リリが笑った。
シオンはその笑顔を見ながら、指先で別の方向を描いた。
球が飛んだ。
相手の盾が、さっきの場所へ出た。
球は、その下を通った。
老人の腹に当たり、石のような音がした。
敵側の耐久が750を割った。
当たった腹ではなく、老人の片翼が消えた。
笛が鳴った。
「タイム。支援選択」
審判が両側を止めた。球が回収され、頭上に三枚の札が開いた。
残り耐久が75、50、25パーセントを切るたび、削った側に選択権が来る。選ぶか見送るかを決めるまで、試合は再開されない。
シオンは初めて見る三択を、瞬きもせずに読んだ。次の攻撃強化。ジャンプ力強化。敵球の速度と威力を、次の敵攻撃二回が終わるまで半減。
コモン、アンコモン、レア、エピック、レジェンダリー。五段階の名前だけは覚えていた。高い階級ほど心強い。ただし欲しい効果が出るかは別だ、と監督には何度も言われた。
「半減!」
リリが言った。
シオンは同じ札を指した。
半透明の紋様が、自陣に降りた。
再開の笛が鳴った。
相手はそれを見て、球を軽く投げてよこした。
剣白が取った。
シオンは目を丸くした。
「それ、攻撃?」
「攻撃だ」
審判が答えた。
強く投げなければいけない決まりはない。
相手の大男は、余った息で仲間に守りの位置を指示していた。半分にされる一撃へ、力を込めるつもりはないらしい。
剣白から球を受けたシオンは、リリを見た。
「上から」
リリの風が持ち上げ、剣白が押し出す。
シオンは盾を回り込ませようとした。
相手の魔法少女は、追わなかった。曲がった先へ盾を出した。勢いを削られた球が、大男の腕に収まる。
二度目も、敵は弱い球を投げた。
剣白が難なく取った。二回の攻撃が終わり、防御の紋様が消えた。
「今度は下」
シオンが言った。
リリが横へ開いた。剣白の足が十分に踏み込めた。
低い球を、シオンは最後に跳ね上げた。
敵の大男が、両腕で取った。
届かなかった。
「相手は二回、攻撃を捨てた!」
監督の声が飛んだ。
「その二回、お前らは万全で攻められた! 二回とも止められてる! 貴重な好機を無駄にするな!」
シオンは口を結んだ。
二度とも決めるつもりだった。
足も呼吸も乱されず、やりたい攻撃を出せた。
それでも防がれた。
札は二回、守ってくれた。
もらった二度の好機を、得点へ変えられなかった。
相手の三回目は、元の鋭い速さに戻った。
剣白が腕で受け、棘が肉へ入った。
血が一筋、指を伝った。
球は落ちなかった。
剣白は口を開いた。
「次はためらうな」
シオンは剣白を見た。
「相手を気遣ってるんだろうが、俺たちは村の連中の分までここにいる」
叱る声ではなかった。
球の先に相手の身体が見えるたび、腕を緩めていた。決めるつもりでいたのに、剣白はその一瞬も見ていた。
シオンはうなずいた。
そこからは、綺麗には進まなかった。
リリが一つライフを失い、シオンも腿に球を受けた。エレーヌがリリと替わり、また戻った。交代しても傷の痛みは消えないし、ゲームライフも都合よく最初へは戻らない。
支援選択の笛を幾度か挟むうち、敵の像は両翼と片脚を失っていた。
敵も疲れていた。
大きな盾を出した直後だけ、相手の魔法少女の肩が下がる。
シオンはそれを待った。
「リリ、上」
風が持ち上げた球を、剣白が拳ではなく掌で押し出した。力任せに見える男の、細かい加減だった。
シオンは肘をたたんだ。
球が一度、高く上がる。
相手が上を見た。
シオンは、腕を下ろした。
勢いを失わない曲線が、盾の背へ入った。
シンボルの耐久表示が、0になった。
最後まで笑っていた老人の頭が、光の粒になって消えた。
終わりの笛が鳴る。
シオンはその場に座り込んだ。
リリが隣へ座った。肩の包帯は赤くなっていた。
「勝った?」
「たぶん」
「水、来る?」
「来る」
それで初めて、リリが大きく息を吐いた。
*
村へ帰った翌週、中央都市の紋章をつけた荷車が来た。
管材と浄水部品。穀物。灯りのための蓄電器。分配票に書かれた数字が、木箱の形になって広場へ積まれた。
小さな箱だけは、係員が両手で運んだ。
留め金が外されると、詰め物の中に透明な結晶が見えた。
「水系のコアです。落とさないで」
取り出した結晶の表面に、水滴が浮いた。
係員は布で受けながら、給水機の扉を開いた。中には、結晶を収めるための枠があった。
「これだけでも水は出ますが、そのままではうまく集められません。設備を通して、量も流れも安定させます」
枠へ収め、部品を固定する。
覗き込んでいた子供が、隣の大人の袖を引いた。
「これでなんで水が出るのかなぁ?」
「仕組みは分からないけど、大きな都市の研究者の人たちが魔法の研究をして頑張ってくれてるんだよ。ありがたいことだね」
子供はもう一度、結晶を見た。
「これを取られたら、また水が出なくなる?」
「だから、ここは鍵をかけるんだよ」
係員が扉を閉めた。
別の箱には、蓄電設備へ組み込むコアが収まっていた。穀物の袋には、中央の農場の印が並んでいた。
修理された真ん中の蛇口から、水が途切れずに出た。
老人が桶を満たし、それでもまだ流れている蛇口を見て、閉めるのを忘れた。
「もったいない!」
子供に言われ、慌てて閉めた。
その夜、広場に灯りがついた。
三本だけだった。
子供たちは光の輪から光の輪へ走った。そこから先は以前と同じ暗がりだったが、闇がどこにあるか見えるだけでも違った。
リリは、濡れた髪を指でとかしていた。
「洗った?」
「二回」
「一回でいいでしょ」
「一回目は、信じられなくて」
二人は灯りの下で笑った。
少し離れたところで、剣白が子供を肩に乗せていた。肩へ上がった子供は灯りと同じ高さになり、満足そうに遠くを見ていた。
村長が英雄の肖像へ、新しい布を掛けた。
三百年あまり前、戦争を終わらせ、分配の競技を作った人。
シオンは肖像へ頭を下げた。
ありがとう、と心の中で言った。
その晩は、心からそう思った。




