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世紀末魔法球少女まつお  作者: むらもと ぎん


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第24章 じゃあね

 医療係が走ってきた。


 シオンは先に膝をついた。


 セラフィマの左腕は、もうなかった。


 裂けた競技服の下から、血が広がっていた。胸が動いたと思うたび、次の息までが長かった。


 右腕には、黒い魔力の筋が残っていた。


 細くなる。突然、膨らむ。


 医療係が布を押し当て、別の一人が治癒の光を重ねた。


「止血を。こっちも押さえて!」


 白い布が赤くなった。


 替えても、追いつかなかった。


 セラフィマは目を開けていた。


 視線が合った。


「セラフィマ」


 呼ぶと、彼女の唇が少し動いた。


 何かを言おうとしたのではなく、息をしようとしたのだった。


 シオンは肩の下へ手を入れた。


 懐から、一枚の札が滑り落ちた。


 金色の縁。


 シオンは拾った。


 文字を読んだ。


 読めなかった気がして、もう一度読んだ。


 完全反射。


 未使用。


 相手の攻撃を3倍の威力にして、狙った場所へ返せる。


「な、なんで……。」


 セラフィマが、札を見た。


 目に驚きはなかった。


 落ちてくるのを、どこかで分かっていたようだった。


「あんな球を打つんだもん。あんなもの、このカードで弾き返したらあなたたち3人ともバラバラになったでしょうね」


 シオンは首を振った。


「ええ? でも、あなたがそんなになってまでどうして!」


 医療係が処置を続けていた。


 誰も、大丈夫とは言わなかった。


「あっ! 完全回復のカードは!? 前に剣白さんを治した、あれなら――!」


 メイが声を上げた。


 シオンは、握った札へ目を落とした。


 答えを聞く前から、分かる気がした。


 何も言えなかった。


「……ないわ」


 その沈黙を受けて、セラフィマが言った。


「緊急用の完全回復なんて、用意されていない」


 メイの唇が、開いたまま止まった。


「正式な支援選択で取得した札なら使える。でも、それ以外では術式が認めない」


 シオンは息を止めた。


 セラフィマは、かすかに笑った。


「この仕組みの意味……あなたなら分かるでしょう?」


 昨夜の声が、戻ってきた。


 できるわ。


 セラフィマの右腕で、闇がまた小さく膨らんだ。


 医療係が押さえる布の下へ、赤い染みが広がった。


「私は……もう助からないわ」


 息をつぐまで、シオンは動けなかった。


「だから、あのときのリリを助ける術も、この仕組みの中にはなかった。それも……分かって」


 救えるようにすることは、できた。


 けれど、そうなってはいなかった。


 シオンは札を下ろした。


 医療係の手は、止まらなかった。


 メイが少し離れたところに立っていた。口へ手を当てていた。


 剣白はその隣で、片膝をついていた。開いた拳が、まだ震えていた。


 セラフィマは目を閉じ、また開いた。


「ごめんね。私は今でも間違っているとは思わないの」


 シオンは息を止めた。


「あなたが間違っているかどうかは分からない。でも止めなければ、あなたがきっと傷つき、後悔することになるって思ってたの」


 声が小さくなった。


 シオンは耳を近づけた。


「……でもごめんなさい。止めるべきなのに……もう、疲れ果ててしまったの」


 涙が、セラフィマの目尻を伝った。


「もうこれ以上生きることがつらいの。答えの見えない世界に怯えて生きていくことに、これ以上耐えられないの」


 シオンは何度も首を振った。


 いまになって否定しても、何にもならなかった。


「あなたを救うことになるのは分かっていたとしても、もうあなたから責められることに耐えてまで、それを平気な顔で受け止めていく事が出来ないの……」


 彼女の右手の指が、シオンの袖へ触れた。


「ごめん。ごめんなさい……。」


 シオンはその手を握った。


 強く握りすぎないようにした。


 何をしても、遅い気がした。


「ど、どうして……。どうして!!」


 セラフィマは答えなかった。


 シオンは、自分がまた問いを投げていることに気づいた。


 どうして。


 なぜ。


 それは間違っている。


 彼女が最後に言ったのは、もう疲れた、だったのに。


「いや、違う」


 シオンは息を吸った。


 喉が痛かった。


「ごめんなさい! ごめんなさい! まずはあなたとちゃんと向き合うべきだった! 今になってわかるなんて!」


 セラフィマの指が、わずかに動いた。


「ごめんなさい! ごめんなさい!!」


 正しかったと言ってほしいのではなかった。


 許してほしいのでもなかった。


 ただ、彼女が苦しんでいた時間に、自分がいなかったことを、どこへ置けばよいのか分からなかった。


 競技場は静かになっていた。


 あれほどの歓声を出した人々が、何を待てばいいのか分からずにいた。


 セラフィマが、ゆっくり口を開いた。


「これからきっと苦しい道になると思うの」


 シオンは顔を近づけた。


「頑張ってとは言わない」


 呼吸が、ひとつ挟まった。


「ただ、一時の覚悟なんて何の足しにもならないの」


 シオンは泣きながら聞いた。


「本当につらい道なの。想像も及ばないほど」


 セラフィマは、もう観客もシンボルも見ていなかった。


「それを心の底から考えて答えを出して。答えが出せるとは思えないけど……どうしても許せないのなら……自分のことも考えて……ね」


 シオンは返事をしようとした。


 何を言っても、約束にしてしまいそうだった。


 守れるか分からない約束を、最後に渡したくなかった。


 セラフィマの顔から、少しだけ力が抜けた。


 ずっと昔、道に迷ったことを認めずに笑った、あの顔だった。


 戻ってきたのではなかった。


 地下で扉を開けてくれたのも、昨夜、机の縁を握った手を離せなかったのも、彼女だった。


 ずっと変わらずにいた人を、自分は変わってしまったと思っていた。


「じゃあね、まつお」


「……うん。」


 手の重さが変わった。


 シオンは握ったままでいた。


 医療係が名を呼んだ。


 返事はなかった。


 どれだけ待っても、次の呼吸は来なかった。


 シオンは前へ折れた。


 肩に顔を伏せた。


 泣き声を小さくしようとしたが、できなかった。


 監督がそばへ来た。


 何も言わず、地面へ座った。


 剣白は膝をついたまま、顔を伏せた。


 メイが顔を覆った。


 壊れたシンボルの向こうで、勝者を示す旗だけが上がっていた。



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