第21章 千が減る
セラフィマの球は、速さだけではなかった。
シオンが球へ干渉した瞬間、その周囲に絡む闇の帯が締まった。
後ろから、光の膜が球を押していた。
流せない。
腕を引いて逃がそうとすると、球がその方向へついてくる。
「離せ!」
剣白の声で、シオンは制御を切った。
棘が袖を裂いた。
剣白が受けた。
足が二歩、下がった。
球は落ちなかった。
セラフィマは遠くで、手を下ろした。
光で押し、闇で捕らえたまま送る。セラフィマは自分の球の力を、最後まで手放さない。
シオンが得意とする、相手の勢いを借りる方法を知っていた。
子供の頃、並んで練習したときには、あの闇はなかった。光まで消えたわけではなかったのだと、シオンは球を追いながら思った。
「取らせてくれない」
シオンが言うと、メイは球を見た。
「じゃあ、借りないで作りましょう」
メイが球の下へ開いた輪に、「上へ、加速」と仕込んだ。球が触れた瞬間、光が弾けた。
剣白が前へ押す。
シオンが曲げる。
敵の物理選手が待っていた。
球を受けた男の膝が沈んだが、倒れなかった。
その横から、もう一人の魔法少女が返す。
球が二十メートルより高く上がった。
選手はそこまで追えない。
シオンは自陣の上を見た。
影が小さくなる。
落ちる場所が、まだ定まらない。
セラフィマが指を動かした。
球は、老人の顔へ向かって落ちてきた。
メイが跳んだ。
上限の手前で止まり、「減速、横へ」と仕込んだ輪を開く。
球がそれを抜けた。
速さが違う。
重さが違う。
その動きを変えきるには、輪へ込めた力では足りなかった。
メイの輪が砕け、球はシンボルの肩へ当たった。
耐久が750を切り、片翼が消えた。
笛が鳴った。
「タイム。支援選択」
セラフィマは見送った。
再開の笛を待って、メイが位置へ戻った。
「もう温存?」
メイが息を切らした。
監督はコートの外から言った。
「足りると思っとるんだ。札なしで」
シオンは歯を食いしばった。
次の攻撃は、敵の物理選手の脇を抜いた。
耐久表示が減った。
少しだけだった。像の翼は、まだ二枚とも残っていた。
中央側の魔法少女は、自分が取れないと分かると、無理に追わずシンボルへの被害を小さくする角度へ押した。
守り方が違った。
全部を止めようとしていない。
失ってよい分と、失ってはいけない分を見分けていた。
シオンはその正確さを憎いと思い、同時に覚えようとした。
*
一つ、ライフを失った。
メイの肩に球が当たり、地面へ落ちた。
二つ目を失いかけたときには、剣白が拾った。
彼の背にも傷が増えていた。
セラフィマの球を、シオンはようやく一度、流した。
力を奪い合わず、セラフィマが次の操作へ移るわずかな瞬間に手を入れた。
球が大きな弧を描いた。
相手の肩越しにシンボルへ当たる。
相手の耐久が750を切り、片翼が消えた。
笛が鳴った。
「タイム。支援選択」
支援の三択が開いた。
「回復」
メイが言った。
シオンはうなずいた。
選べるのは下級の回復札だった。傷を完全に消すものではない。メイの腕の出血が止まり、動かすときの顔が少し楽になった。
再開の笛が鳴った。
あの再戦のように、支援権を二度とも見送ったわけではない。
レア程度でも出れば、ありがたかった。
あのときの完全回復は、温存したうえでなお、偶然引けた一枚だった。
いま選べる回復で、次の球を迎える。
その後、こちらの耐久が500を切った。
もう一枚の翼が消え、審判が試合を止めた。
セラフィマは二度目の支援権も見送った。
再開の笛を聞きながら、メイが振り返った。
両翼を失った老人は、腰へ両手を当てたまま、満面の笑顔だった。
「こんな状況なのに不謹慎なくらい楽しそう。何だか文句言ってやりたい」
メイが言い、剣白を見た。
「……お前のようなジジイがいるか」
「おばあちゃんならいるじゃない」
メイが少し笑った。
それぞれの位置へ戻った。
競技場の歓声は、遠い。
呼吸と靴底の音だけが近かった。




