第18章 言えない名前
準決勝の日、シオンは給水杯を口へ運べなかった。
中の水は、何も変わっていなかった。
透き通り、冷たかった。
メイも同じ杯を持っていた。
剣白が自分の分を飲み、空の杯を置いた。
「動けなくなる」
それだけ言った。
シオンは飲んだ。
喉は、渇いていた。
試合には勝った。
簡単ではなかった。相手の防御は固く、こちらの連携も鈍っていた。シオンが球を送り遅れ、メイが無理に経路を伸ばしかけた。
監督が止めた。
「昨日覚えたことを、今日捨てるな!」
メイは光を短く切った。
シオンは相手の腕の動きを見た。
目の前の試合をする。
知ってしまったことを忘れるのではなく、それを考えている間に仲間を傷つけないために。
勝利の笛のあと、村から来た人々が旗を振った。
シオンは手を上げた。
「これで学校の屋根を直せる!」
誰かが叫んだ。
シオンは笑おうとした。
笑顔の形が分からなかった。
*
その晩、四人は宿舎の部屋で話した。
エレーヌには、秘密を伝えなかった。
彼女は別の部屋で、明日の装具を直していた。
廊下ですれ違ったとき、指には糸が巻かれていた。
それを思い出すたび、シオンは責められているような気がした。
「私たちだけで決めていいの?」
シオンが聞いた。
監督は答えなかった。
「神様じゃないよ。英雄の一族だって。みんなのことなのに」
「皆に言うたあとの責任も、お前が考えるんだぞ」
「その責任を、一人に背負わせてるのがおかしいんじゃない」
言ってから、シオンは口を閉じた。
誰を庇っているのか、自分でも一瞬分からなかった。
窓の外に、中央都市の灯りが広がっていた。
セラフィマも、きっと長いこと、あの灯りを見ていた。
どれを消してよいか、考えながら。
「会ってくる」
シオンは立った。
剣白も立ち上がったが、彼女は首を振った。
「話をしに行くだけ」
監督が扉を見た。
「それが一番、難しいこともある」
*
セラフィマの部屋には、窓が三つあった。
机には配分表が並んでいた。決勝の資料もあった。選手の状態を記した紙に、シオンの名前が見えた。
「休んでいないの?」
シオンが聞いた。
「あなたもでしょう」
セラフィマは紙を伏せた。
部屋には豪華な椅子があった。
使われているのは、机の前の硬い椅子だった。
「明日、勝ったら」
シオンは言った。
「街の代表者たちに、話す場を作ってほしい」
セラフィマの表情が消えた。
「誰に、どこまで」
「それも話し合う。いきなり全員に叫ぶって意味じゃない。少なくとも、あなた一人で」
「会議室の扉を閉めれば、秘密も閉じ込められると思う?」
「思ってない」
「なら」
「でも、このまま一人で考え続けて、どうなるの」
セラフィマは机に手をついた。
「私が負けたら、あなたはそれを選ぶのね」
「選びたい」
「私が勝ったら」
シオンは息を吸った。
「いまの仕組みを壊すようなことはしない」
「勝ったほうが正しいわけではないのよ」
「分かってる」
その一言を言うために、シオンは長い時間が要った。
「でも、ほかの決め方を、あなたは受け入れないでしょう」
セラフィマは、机の上の決勝資料を見た。
資源を巡って争わないための競技。
二人は、その競技で、資源の秘密をどう扱うか決めようとしていた。
彼女は小さく息を吐いた。
「座って」
シオンは座らなかった。
「話して。最後まで聞くから」




