第14章 水滴
地下は暑くなかった。
巨大な炉があるのだろうと、後になってシオンは思い込んでいた自分に気づいた。実際には、湿った石の匂いと、規則的に落ちる水の音があった。
壁へ、管が何本も入っていた。
作業員が何かを叫んだ。
シオンは止まった。武器を持った警備員が通路をふさいだ。
「リリを探してるんです」
それしか言えなかった。
「返してくれなくても、どこにいるかだけでも」
奥の扉が開いた。
セラフィマが出てきた。
彼女はシオンを見た。剣白を見た。メイを見た。
その順番が、人数を数えているのだと分かった。
「誰かに話した?」
「何を」
「ここへ来ることを」
「監督に」
セラフィマは目を閉じた。
警備員が、指示を待って一歩出た。シオンの立つ場所と、出口とを見た。
セラフィマは手を上げた。
誰も動かなかった。
彼女は目を開き、シオンを見た。何か言いかけた唇を閉じ、上げていた手を下ろした。
「下がって」
警備員が一瞬、彼女の顔を見返した。それでも命令に従った。
外への扉を閉めるよう作業員へ指示し、監督を連れてくるように言った。
声は静かだった。最後の一言だけ、息をつぎ直した。
シオンは初めて、彼女の静かさを怖いと思った。
「リリに会わせて」
「会って、どうするの」
「連れて帰る」
セラフィマの顔が、ほんの少し歪んだ。
「もう、できない」
セラフィマは奥の扉へ手を掛けた。
開けてから、振り返った。
シオンが来るまで、その手を離さなかった。
*
名前の札があった。
シオンは最初、それだけを見た。
リリ。
競技登録番号。
死亡日。
その下の記録に、供給開始という文字があった。
目を上げた。
人の形をしたものが、鉱物の台座とひとつになっていた。
髪だった場所に細い繊維が広がり、肩から先は白く透けていた。指の輪郭が、石の中へ続いていた。
顔があった。
リリの顔だった。
眼窩の影が深かった。唇は少し開いていた。眉間の寄り方を、シオンは知っていた。風の向きを間違えて、必死に立て直そうとしているときの顔に似ていた。
「リリ」
返事はなかった。
水滴が落ちた。
肩の下から、台座へ。
台座から細い溝へ。
溝から管へ。
シオンは、管の行く先を見た。
「これ」
声が出なかった。
もう一度、息を吸った。
「これ、何」
「供給源よ」
セラフィマが言った。
言い終えるより先に、シオンの顔を見た。すぐに視線を台座へ戻した。
誰かが喉を鳴らした。メイだった。
シオンは手を伸ばした。
台座の手前で止まった。
触ってよい場所が、分からなかった。
「起きてるの?」
誰も答えなかった。
「意識、あるの?」
「分からない」
セラフィマは答えた。
シオンは振り向いた。
「分からない?」
「ない、と断言できる記録はない。あると確認できる反応も、いまはない」
「じゃあ、この顔は」
「分からない」
同じ答えだった。
シオンは、リリへ向き直った。
苦しい、と言っているように見えた。
助けて、と言っているように見えた。
そう思いたくないからこそ、目を逸らせなかった。
唇は動かなかった。
水滴だけが落ちた。
剣白が、シオンの肩へ手を置いた。引き離すためではなかった。膝が折れかけていたからだった。
少しして、監督が来た。
杖を肩から下ろし、台座の前へ立った。
長い間、何も言わなかった。
「お前も、初めて見るのか」
剣白が聞いた。
監督はうなずいた。
セラフィマが奥の棚を開いた。
記録が並んでいた。
数年前。数十年前。
すでに生成を止めた供給源の番号。
まだ続いている番号。
いちばん古い記録だけ、綴じ直された跡が何度もあった。




