私は弟子
数日後、レッドキン州での視察を終えた私達は、メラブラック州へ戻って来た。
セノさんの家に着いた頃には、日付を跨いでいた。
「あ゛〜疲れたぁー。風呂、明日の朝にするかー」
家に入るなり、セノさんは荷物を放り投げ、ベッドに倒れ込んだ。
「私、シャワー浴びてきますから」
「ん…おやすみー」
「おやすみなさい」
「…ぐぉー…ぐぉー…」
もう寝てる……。
大きく口を開け、イビキをかき始めたセノさん。
凄い人だと分かっているつもりだったけど、まさか巨大なドラゴンを1人で倒したなんて…。過去のこととはいえ、そんな大活躍を自慢しないのがセノさんらしいな。
†
翌朝、セノさんが風呂に入っている間に朝食の準備を進めていた。
コツン、コツン…
ドアノッカーの音が聞こえ、玄関に向かう。
…ガチャ
「…はーい…」
ドアの向こうに立っていたのは、ガタイの良い男性。
あれ、この人どこかで見たような……。
「おや、若い娘がおる…。ドロイヤの奴、いい歳して何をやってんだ」
「えっ、あの…」
「変な勘違いしてんじゃねーよ」
風呂から出てきた上半身裸のセノさんが、男性に向かって言った。
「それともなんだ、お前の隠し子か?」
そう言いながら家の中へ入ってきた男性は、慣れた様子で椅子に座った。
「このお嬢ちゃんは、ヒューアルさんの娘。戦友の娘ぐらい把握しときなさいよ」
え、戦友…?
「…サドラーンの娘?最後に会ったのは随分昔だ、こんな立派な女性になっとるとは驚きだ」
「あの…失礼ですが、私と会った事が…?」
キッチンで飲み物を用意する私は、振り向き尋ねた。
「覚えてないのも仕方ねぇ。あの時は4、5歳だったからなぁ。初めましてみたいなもんじゃな。……わしは、ジック・ハラー。昔、サドラーンと切磋琢磨した仲じゃ」
「えっ!?メラブラックの団長だった、ハラーさんですか!?」
思い出した!父さん達の寝室に飾ってある写真に父さんや他の団長と一緒に写ってたハラー騎士団長だ。
「そう。つっても、10年前に引退してからは、細々と武具工房営んどるおっさんじゃ」
「じいさんの間違いだろ」
「お前に言われたくないわい。……ところで、サドラーンの子が何故ドロイヤの家に?」
「えっと、それは、ここで弟子として修行をさせていただいているからです」
「…修行?…弟子?」
ハラーさんはキョトンとしたかと思えば、すぐに大きな声で笑い始めた。
「ガハハ!そうかそうか、ドロイヤもついに弟子をとったか!」
「うっせー。色々事情があんの。好きでしてるわけじゃねーから」
「しかも、あのサドラーンの娘をか!こりゃあ、酒のツマミになる話じゃ」
嬉しそうなハラーさんを見て、セノさんはちょっぴり不貞腐れている。
「…お、つまり弟子の件も関係あるということか。わしがここに行けと言われたのは」
「なに、誰かに何か言われたの?」
「ガッセルに頼まれたてなぁ。お前が3ヶ月ほど家を留守にするから、代わりに森を見張ってくれと」
「はぁ…あいつ仕事早すぎだろ」
✳︎
その日の夜。ハラーさんは、シーアの側にテントを張り始めた。
私が屋根裏部屋を使用している為、視察に行くまではテントで寝泊まりしてくれるらしい。もちろん私が代わりにテントで寝ると提案したが断られてしまった。
「手伝います」
「おぉ、ありがとな」
テントを張りながらハラーさんと話をした。
「ハラーさんは、いつからセノさんを知っているんですか?」
「あいつが10くらいじゃ」
「そんなに昔からですか…長い付き合いなのですね」
「出会った時から何を考えとるか分からん生意気なガキじゃった。…その頃から剣や弓の才能は並外れておったわ。わしが教えることなんぞほぼ無かったなぁ」
「え、セノさんがハラーさんの弟子ということですか?」
「弟子……。あいつはいわゆる天才型じゃ。どんな武器も完璧に使いこなし、大技も軽々やってみせる。……ただ、誰かの為に戦うことを知らなかった。じゃから、嫌がるあいつを無理矢理従士にして、守る強さを教えたつもりじゃ。ま、わしが団長退いたら、あいつが従士をやめてこんな森に住むのは予想外じゃったがな」
「……ハラーさんのために戦っていたのかもしれませんね、セノさんは」
私の言葉にハラーさんは驚いた後、優しい顔を見せた。
「……ふっ、生意気な弟子じゃ」
†
数日後、ハラーさんに見送られ、私とセノさんはシーアに乗って旅立った。
私達が最初に向かうのは、オレンジブラウン州。辿り着くまでには、グレーシアとユーイエローを越えなければならない。
「私、オレンジブラウンへ行くの初めてかもしれません」
「へぇ。あそこも独特な所だよなぁ。……つーか、小便したい」
「えっ!?ちょっと待ってください。今から降りるので、我慢してくださいよ!?」
「さんきゅー」
グレーシアにある山に降りた私達。
「すぐ戻ってくるから」
セノさんは私から見えないところへ行ってしまった。
しばらくして、シーアと待つ私は耳を澄ました。
あ、水の流れる音がする。きっと近くに川があるんだ。
「シーア、少しここで待ってて」
音のする方へ向かうと渓谷があり、綺麗な川が流れている。
「わぁ、綺麗」
川岸まで移動した私は、川の中へ手を入れた。
冷たくて、とても気持ちがいい。
せっかくだし、シーアに水浴びでもさせようかな。
「若い娘がこんなとこで何してんのー?」
見知らぬ声が聞こえ、振り向いた。
「あれ、こいつ立派な剣持ってんじゃね?」
「…っ!?」
斧や小型のナイフを持った男達10人ぐらいがニタニタしながら近づいてくる。
なにこの人達……。
私は急いで剣を抜き、男達に向かって構えた。
「おぉ、高く売れそうな剣じゃんか!」
「身につけてるもんも金になりそうだな」
この人たち……、おそらく若手の窃盗集団だ。
……騎士団の訓練でも複数相手は経験したけれど、一度にこの人数相手は初めてだ。一人一人の持つ武器は私の剣より劣るが、一斉に攻撃されたら……。
いや、そんなことを考えている暇はない。今は目の前の敵に集中。
「悪事は許さない…」
「ギャハハ!俺ら悪くねーもーん!」
男達は笑いながら武器片手にこちらへ走ってくる。
「おりゃあーー!」
「…っ!」
囲まれた状態で、一人一人の攻撃を剣で捌いていく。
どうしよう、全方向から容赦無くくるから、防御で精一杯になってしまう。
「…ゔっ…!」
相手側の斧が命中し、脚を深く切られた私は、その場に跪いた。
「よっしゃ、今のうちに……ぐわぁっ!」
「ぐおっ…」
突然、男数人がその場に倒れ込んだ。
……!?
見上げると、剣を持ったセノさんの背中が私の目に映った。
「セノさん……」
セノさんは今までに見たことのない表情で、男達を睨みつけている。
「おっさん誰だよ」
「…俺の弟子傷つけたの、どいつ?」
「なになにー。どいつって…みんな?」
「おっさん1人増えたところで、俺らに勝て…っ…」
次の瞬間だ。
…!!
私達を取り囲んでいた男らを目にも止まらぬ速さで次々と切り倒していくセノさん。
気付けば血を流す男達が目の前に重なるように倒れている。
「また同じような真似したら……次は息の根止めっからな」
✳︎
私をお姫様抱っこした状態でシーアの元へ戻ったセノさんは、荷物の中から包帯を取り出し、応急手当てをしてくれた。
「ユーイエローに知り合いの町医者がいるから、今から連れて行く。痛いと思うけどそれまで我慢して」
「…はい」




