本当の伝説
レッドキン騎士団本部を視察中のメラブラック騎士団と私、そしてセノさん。
屋内外の訓練場、厩舎などを見学した後、レッドキン副団長のフォーシグアさんと共に大衆食堂へ移動した。
大衆食堂内へ入ると食欲をそそる香りに包まれ、私のお腹が音を鳴らしそうになる。
「そろそろ団員達も来ますので、一緒に食事をしましょう」
レッドキン騎士団員たちの座る各テーブルに、メラブラックの団員が1人ずつ分かれて座ったが、私はセノさんと同じテーブルになった。ヨグリ騎士団長なりの配慮だろう。
私達のテーブルには、まだ空席が1つ。
誰か来るのかな……。
「遅れてすまない」
トレーを持ち、もう片方の空いている手で椅子を引いたのは、レッドキン騎士団の団長であるナナット・オムラさん。
「あっ、ご無沙汰しております!」
私は急いで立ち上がり挨拶をした。席に座ろうとしたオムラ騎士団長が私の顔を見る。
「おや、君はたしかヒューアルさんの…」
「はい、サドラーンの娘のリアノです」
オムラ騎士団長は、現役騎士団長の中で最年長の42歳。長年レッドキン騎士団を引っ張ってきた絶対的リーダーだ。
「リアノさんか、覚えておくよ。…ドロイヤ、久しいな」
オムラ騎士団長は、私の隣に座っているセノさんに声をかけた。
「お久しぶりでーす。相変わらず身体仕上がってますね」
誰に対してもこの軽い感じ。見ているこっちがヒヤヒヤしてしまう。
「視察に付いてくるぐらいなら、さっさと騎士になれ」
「何言ってんすか。もう40のおっさんですよ?どこもかしこもボロボロなんで」
「私より若いくせに何を言っている。…聞いたぞ、あの的を1発で当てたと。腕が落ちていないのは流石だ」
周りの若い騎士達が2人のやりとりを不思議そうに見ている。
「そうか、皆はドロイヤを知らないのか。この男は伝説として語り継がれるべき人間だ」
他のテーブルにいる人達もオムラ騎士団長の話に耳を傾け始めた。
私もセノさんの凄さは理解しているものの、過去に何があったのかは知らない。
「16年前のドラゴン襲来は皆もよく知っているだろう」
10頭の巨大なドラゴンが突如アートビ国全土を襲ってきた、歴史上最も過酷な闘いと言われているもの。
私の父やオムラ騎士団長がその戦場の最前線にいたのは知っているけれど、セノさんもいたってこと?
「白い9頭のドラゴンをそれぞれの騎士団が数日掛けて倒し、最後の1頭である黒のドラゴンに全騎士団で立ち向かったのは有名な話だ。……だが、1番肝心な部分が抜けたまま話が語り継がれている」
オムラ騎士団長は、セノさんに目線を送った。
「…黒のドラゴンにトドメを刺し、倒したのはドロイヤだ」
……えっ!?
その場にいる全員が目を丸くし驚きを隠せない。動じていないのは、ヨグリ騎士団長とセノさん本人だけ。
「団長、それは一体どういうことですか!?」
いつもは冷静なフォーシグア副団長が、隣のテーブルから前のめりに問いかけた。
「黒のドラゴンを倒す為、レッドキンに全ての騎士団長、副団長が集まった時、すでにどの騎士も前の闘いで身体はボロボロ、体力は限界を超えていた。そんな状態でも剣を振り、矢を放ち、命懸けで闘っていたが、圧倒的な強さを見せるドラゴンを前に為す術もなく、誰もが絶望しかけたのだ。その時だ、ドロイヤがやって来たのは……」
†
16年前。
グリーンメア騎士団長のヒューアル、レッドキン副団長のオムラ、その他の団長、副団長は黒のドラゴンの前で這いつくばり、血だらけの体を起き上がらせようと必死だ。
「…ゔっ……」
「…負けるわけには…いか…ない…」
「……もう矢がほぼ残っていない…」
そんな団長達の言葉を聞き、メラブラック騎士団長のジック・ハラーは呟いた。
「…大丈夫だ、そろそろアイツが来る。…必ず勝つさ」
ヒューアル達が言葉の意味を聞こうとした時、1人の男の声が響いた。
「すんませーん。遅くなりましたー」
黒い馬に乗って現れた若い男は、一際大きな大剣を肩に担いでいる。
服装が騎士ではなく従士の男を見て、団長達は不思議な顔をしたが、ハラーは男の登場に軽く口角を上げた。
男は周りを見渡し、倒れている仲間達を確認した。
「…。」
馬から降りた男は、大剣を片手に団長達の所へやって来る。
「……このデケェ黒いボスを倒せば、これ以上誰も傷つかないってわけかぁ」
「ドロイヤ……やれそうか?」
何とか立ち上がったハラーからの問いかけに、横に来たセノは一言答えた。
「やる以外の選択肢ねぇって」
そしてセノはヌブルー騎士団長に「あ、この弓矢借りていいっすか?」と言い、受け取った弓を持ち、ドラゴンに向かって構えた。
「さっさと終わらせようぜ、ドラゴンちゃん」
ビュンッ…矢を放ったセノは、すぐさまもう1本の矢も放つ。
矢はドラゴンの両目に突き刺さり、ドラゴンは大きなうめき声をあげる。
地上からドラゴンの目までの距離は長く、威力の強いまま届くと思っていなかった団長達は静かに驚いた。
その隙に一気にドラゴンに近づき、大剣で斬りかかるセノ。ドラゴンの巨大な体の上をトントン身軽に移動しながら、大剣を振りかざしていく。
ドラゴンは苦しみながらもセノに向かい口から炎を出すが、セノは炎さえも切り裂いた。
そして団長達が見守る中、身体ごと振り落とした大剣は最後の一撃としてドラゴンの心臓に深く刺さった。
黒いドラゴンがゆっくりとその場に倒れた。
「……。」
ものの数分で目の前の巨大なドラゴンが倒され、団長達は言葉を失っている。
満身創痍だったとはいえ、団長や副団長の自分達が悪戦苦闘した敵をたった1人の若い従士が倒したことが信じられなかった。
「あのー、今、剣引っこ抜いたら血がすげぇ吹き出してきそうなんで、後で返してもらっていいですかね?」
ドラゴンを倒したにも関わらず、戻ってきたセナ本人は、あっけらかんとした様子でレッドキン騎士団長に声をかけた。
「…あぁ」
「じゃあ、とりあえず皆さんの救護しますか」
†
「……ということがあり、無事に国も我々の命も救われた」
「ほんとッスかそれ…」
オムラ騎士団長の話を聞いた私達は、衝撃が大きく混乱している。
「しかし、そのような話はこれまで一度も、誰からも聞いたことがありません」
フォーシグア副団長の言葉にオムラ騎士団長は冷静に話を続けた。
「国最大の危機を救った英雄が従士だと他の国に言えるか?騎士団長らが白いドラゴンを倒したという事実に、黒のドラゴンも倒したと付け加えた。そうすることで国の名誉が守られると国王は判断したのだ。……今日までその真実を隠し通せたのは、あの日ドロイヤが黒のドラゴンを倒す瞬間を見たのが、なんとか意識を保っていた騎士団長、副団長、ヨグリ含む数名の騎士……そして、シュアタス王子のみだったからだ」
えっ、シュアタス王子!?
「レッドキンに黒のドラゴンが舞い降り、国王達の住む城までもが標的にされ、国王や王妃は近衛兵たちと安全な場所へ避難をした。しかし、当時まだ10歳だったシュアタス王子が逃げ遅れたことに側近達は気付いていなかった」
王子がセノさんに近衛兵をずっとお願いしている理由が今やっと分かった。
「名誉のために他国や一般人にセノさんの活躍を隠したのは分かりますけど、普通そんだけの事をしたら騎士団や近衛兵に抜擢されたり、相当な褒美が貰えたりするんじゃないスか?……そんな人が、誰もいない森の奥で一般人として暮らしてるなんて信じられないッス」
キーヤス副団長の考えにオムラ騎士団長は笑った。
「ははは!もちろん、一生優雅に暮らせる金や地位、土地を用意されたさ。それを何の迷いもなく断るのが、この男の頭のネジが外れているところだ」
ずっとつまらなそうに話を聞いていたセノさんがやっと口を開いた。
「つーか、国王直々の命令を破っていいんですか?怒られても知りませんよーだ」
「…差し支えございません。僕が認可しましたので」
…!?
声の主は、シュアタス王子だった。




