特別な手紙
翌朝、セノさんの畑で新鮮な野菜を収穫する私は1人ため息をつく。
「はぁ…どうしようかな」
昨晩、セノさんに弟子入りを申し込んだが、見事に断られてしまった。
『え、弟子ー?やだやだー。何で一般人の俺が弟子とんのよぉ。そういう面倒なことはガッセルに頼めって』
元々、修行の話すら乗り気ではなかったから、弟子なんてもってのほかなんだろう。
けれど、あれだけの実力を目の前で見せられて、のこのことグリーンメアに帰るわけにはいかない。
「ふわぁ〜…」
大きなあくびをしながらセノさんが玄関から出てきた。
「あっ、おはようございます」
「おぉ、おはよー。…収穫してくれてんだ、ありがと。朝飯食った?」
「いえ、まだです」
「んじゃ、昨日買ったパンあるし、その野菜使ってサンドイッチでも作りますか」
「はい!」
✳︎
ソースを塗ったパンにトマト、厚切りのベーコン、半熟の目玉焼きを挟んだサンドイッチが完成した。
昨日町の人にお裾分けしてもらったオレンジジュースもテーブルに並ぶ。
「よし、食うか。いただきまーす!」
「いただきます」
「あー、うめぇー。……そういや、グリーンメアにすげぇうまいソーセージの店があるって聞いたんだけど、ほんと?」
「…あぁ、タムさんのお店ですかね。あそこのソーセージはすごく美味しいですよ。大人気なので、午前中に売り切れることもあります」
「へぇ。今度買いに行こっかな」
「他の州に行かれたりするんですか?」
「年に1回、騎士団の視察に何故か強制参加させられる時ぐらいかな。あとたまにグレースアに遊びに行ったり。…最後にグリーンメアに行ったのなんて10年前だった気がする。まだヒューアルさんが団長してた時か」
騎士団は年に一度、ローテーションで他の州に視察へ行く。普段関わる機会の少ない騎士団同士の交流も兼ねている。
私も父が団長の頃、視察に何度か一緒に連れて行ってもらった。
視察へ行くのは団長と副団長、そして選ばれた数人の騎士のみが基本。たまに団長の家族が付いて行くこともあるが、騎士見習いや従士、ましてや一般人が同行することはありえない。
しかし、今ならヨグリ騎士団長がセノさんを同行させている理由が分かる。
「今年はどちらへ視察に行ったんですか?」
「そういや、今年はまだ行ってねぇな。あれ、もしかしてもうついて行かなくていいんじゃね?」
それはないんじゃ…。
その時、開けている窓から強い風が入ってきた。窓際の棚に置かれた郵便物の山が崩れ、いくつか床に落ちてしまった。
一昨日ポストから出したものの、父からの手紙以外は何の確認もしていないんだろう。
私は食事の途中だったが、気になったので郵便物を拾いにいった。
あ…。
「ヨグリ団長から手紙届いてますよ」
散らばった物の中にヨグリ騎士団長からの手紙を見つけた。
「え、嫌な予感しかしないんだけど」
「開けてみてもいいですか?」
「いいよー」
ヨグリ騎士団長の字は、人柄同様に丁寧で優しい。
「……視察、来てほしいそうですよ」
読み終わった手紙を開いたまま見せた。
「えー、昨日会った時は何も言ってこなかったくせに」
「帰り際に、またよろしくお願いしますねっておっしゃってましたよ?」
「んなこと言ってた?」
頷いた私を見て、セノさんは面倒くさそうな顔をして、オレンジジュースを飲み干した。
拾った手紙類を棚に戻していると、予想外の名前が書かれた高級な素材の封筒に目を丸くした。
「え……」
差出人の名は、シュアタス。それは我が国の国王の息子である王子の名前だ。
「セノさん……」
「んー?」
「王子からの手紙が……これって、本物でしょうか…」
ヨグリ騎士団長の手紙を読んでいるセノさんに手渡すと、驚く様子もなく「本物」と言った。
「定期的に手紙が届くんだよ。あのおぼっちゃまも諦めが悪りぃよなぁ」
「何か要求されてるんですか?」
「近衛兵をしてくれって言われてる」
「えっ。そんな名誉なことをずっと断っているんですか!?そもそも、王子からの命令を断る権利なんてありませんよね!?」
興奮気味の私とは反対に、セノさんのテンションは変わらない。
「いやいや、別に命令されたわけじゃねーし。良かったら僕のこと守ってくれませんかー?みたいな軽いやつよ。つーか、すでにエリート集団が護衛してんだし、こんなおっさんにすることないでしょ」
この人はまたそんなことを……。
おそらく王子は、セノさんの並外れた実力を知っている。聞いたのか、実際に目にしたのか分からないけれど、次期国王としてセノさんを側においておきたいと思っているんだ。
…あ。
「ヨグリ団長からの視察の件、今年の行き先はレッドキン州って書いてありましたよね!?」
「んー、そうだっけ?」
「とぼけないでください。せっかくレッドキンに行くんですから、王子と直接お会いして近衛兵のこと詳しく聞いてみてはどうですか?」
「うーん……」
セノさんは私の顔をじっと見始めた。
「…え、なんですか?」
「お嬢ちゃん、まだ帰るつもりないんだよな?」
「もちろんありませんよ!修行はこれからですし、弟子になることも諦めていませんから!」
「んじゃ、お嬢ちゃんも視察付いてきて」
「……へ?」
「ガッセルには俺から話しとくから」
「いやいやいや、他の州の人間が同行するなんてご法度ですし、ましてや私は騎士候補生の身ですよ!?」
「んなこと言ったら、俺なんか一般人なんだけど」
「…っ、それはそうですけど……」
「メラブラック騎士団は、立場とかでごちゃごちゃ言うようなお堅い集団じゃねーから。……お嬢ちゃん、騎士団長になりたいんだろ?」
「…はい…」
「なら、色んな騎士団の在り方や団長の姿を自分の目で見て学んだ方がいいぞ、絶対」
「……。」
声のトーンはいつも通りなのに、心に深く突き刺さった。
きっとこの人は見てきたんだ。メラブラック以外の騎士団の在り方も、騎士団長達の生き方も。
†
それから半月後、私はメラブラック騎士団の視察に同行させてもらうことになった。
シーアに乗り、セノさんと騎士団の本部がある町へ移動する。
「良い天気でよかったねー」
「そうですね」
今日まで修行といった修行はしてもらえていない。初日に提案された畑仕事と狩りの手伝いがメインで、あとは家事をするぐらい。
ただ、修行はしてもらえなくても、狩りでセノさんの弓使いを間近で見るだけでとても勉強になるし、不意にアドバイスもくれる。
毎晩、屋根裏部屋でセノさんの構えを真似し、アドバイスを実行するようになって、自分でも分かるくらいに弓使いが上達してきた。
そして、半月の間にモンスター討伐に2回立ち会うこともできた。
剣の訓練はグリーンメアで日々受けてきた私だが、実際にモンスターと戦ったことはなかった。そのため、シーアに乗って剣を自由自在に操り戦うセノさんの姿を見守る以外に役目は無く、悔しい思いをした。
しかし、あのスピードで戦うセノさんのフォローをするだけの実力が今の私にはないのだから仕方ない。
「お、見えた見えた」
黒の旗がはためく本部は、グリーンメアの本部より小さい造りだが、独特の威圧感がある。
正門前に降り立った私達を、ヨグリ騎士団長先頭に数人の騎士の方が出迎えてくれた。
黒のマントを身にまとった雰囲気は、別名『純黒の正義』と呼ばれていることに納得するほど雄々しい。
「お待ちしておりました」
「お疲れー」
「セノさん、お疲れ様です。リアノさんもお久しぶりです」
「ご無沙汰しております。…今回は同行の許可をいただき、ありがとうございます」
「セノさんからの滅多にないお願いでしたからね。……あ、紹介しておきます。うちの副団長です」
ヨグリ騎士団長の斜め後ろに立っている銀髪の騎士が一歩前に出た。副団長にしては若く見えるが、堂々としている。
「初めまして、ヒルイ・キーヤスッス」
「リアノ・ヒューアルと申します。よろしくお願いいたします」
「では、早速出発しましょう」




