知らない背中
メラブラック州に来た翌日。
買い物を終え、町からセノさんの家がある森に帰り着いた。
「お嬢ちゃん、運ぶの手伝ってー」
シーアから降りたセノさんは、大荷物の一部を私に頼んでくる。
セノさんが家の中へ運んでいる荷物の中に矢があることに気がついた。騎士達が使う物よりは劣るが、それなりに良い矢だ。
「矢、買ったんですね」
「うん、めっちゃおまけしてくれたから予定より多めになったけどねー。狩りの時使うからさ。…新しい矢買ったし、昼飯食ったら狩りにでも行くか」
✳︎
昼ご飯を済ませた私達はそれぞれ弓と矢を持ち、森の中を歩いていく。
道中、セノさんは尋ねてくる。
「お嬢ちゃんは、シーアちゃんに乗ってるぐらいだから、弓使い上手いの?」
「…いえ、私は弓よりも剣のほうが得意で、弓使いはあまり…」
グリーンメア騎士団は、馬に乗ろうが、ドラゴンイーグルに乗ろうが、基本的に剣と盾で戦う。戦場で弓を使うのは接近戦が苦手な一部の従士だけだが、これから先の未来、騎士にも弓を駆使する力が必要だと私は勝手に思っている。
「弓が上手いのってあそこだよな、えーっと、今なんて呼ばれてるっけ…」
「ブルーバードですか?」
「そう!それそれ!」
ブルーバードとは、ヌブルー騎士団の別名。ヌブルー騎士団は団長をはじめ、腕のある騎士のほとんどが馬ではなく、ドラゴンイーグルに乗り戦うスタイル。また、グリーンメアとは反対に弓矢を基本の武器としていて、空中戦が得意だ。
「弓使いのデメリットはさ、矢が無くなれば戦闘不可能になることじゃん?だから、ある程度の腕前が無いと最前線にはいけないよねぇ。まぁ、あいつらはブルーバードなんて呼ばれる前から、ドラゴンイーグルができる前から、弓が得意だったから、他の州とはレベルが違って当たり前だな」
口調は相変わらずのんびりなのに、話す内容に重みを感じた。
この人は、私が想像している以上に様々なことを経験してきたのかもしれない。
「…あっ!イノシシ発見!」
そう言ったセノさんは首に掛けている双眼鏡を覗き込んだ。
私も目視で確認すると、1頭の大きなイノシシが見えた。
「よーし、今夜はイノシシ鍋だぁ!…お嬢ちゃん、仕留めて」
「えっ、私がですか!?」
「だって俺の手伝いしてくれるんでしょ?それにもうおっさん肩がさ、ほらあれじゃん」
あれってなによ…。……はぁ。うーん、目視は出来る距離だけど、あそこまで矢が届くかどうか…。
セノさんから借りた弓を使い、力一杯矢を引く私は集中して狙いを定めた。
…今だ!
ビュンッ!と勢いよく放ったはずの矢は、イノシシの少し手前で急降下。
「あっ…」
矢の音に気付いたイノシシは、森の奥へ走って逃げていく。
あー、ダメだったかぁ。まぁ、でも…
「なーに諦めてんの」
「えっ」
弓を下げた私を見て、軽い足取りで数歩前に出たセノさんは弓を構えた。そして、一瞬で矢を放った。
「……嘘……」
矢は見事に走るイノシシの体に突き刺さった。
「あいつでけぇからもう1本かな」
動きが鈍ったイノシシめがけて、すぐさまもう一度矢を放ったセノさん。
またも矢は体に命中し、イノシシがその場に横たわるのが遠目からでも確認できた。
「……。」
…この距離から深く刺さるほど届くなんて。それに…狙いを定めるまでの時間がほぼ無かった。
「なーべなべなべ〜、イノシシ鍋〜」
呑気にふざけた歌をうたうセノさんは、仕留めたイノシシを捕獲するため先へと歩き出す。
その場に立ち尽くしたままの私は、そんなセノさんの後ろ姿を見つめた。
あれ…こんなに大きくて頼もしい背中してた……?
✳︎
その夜、小さなテーブルにはグツグツと音をたてるイノシシ鍋が置かれた。
「おー、ウマそう!!……あはっ、食えそ?」
椅子に座ったセノさんがそう問いかけ理由は簡単。
慣れた手つきでセノさんがイノシシを解体するところを勉強になると思い見た私が、初めて目にしたグロさに思わず嘔吐してしまったから。
「……はい、大丈夫です」
「はははっ。お嬢様には刺激が強すぎたな。ま、さっさと忘れて有難く食えよ」
笑顔のセノさんは私の頭をくしゃくしゃして「いただきまーす!」と食べ始めた。
…完全に子供扱いされてる…。頭を撫でられるなんて、最近は親にもされていないのに。
「…いただきます。……ん、美味しい」
「でしょー?……肉も魚も当たり前に食っちゃうけど、やっぱ命を貰ってんだなぁって思うよな」
「そうですね。……セノさんは、いつから今のような生活をしているんですか?」
「えー、いつからだっけなぁ。うーん……10年くらい?」
「10年……。こんな森の奥で1人、寂しくないんですか?」
「1人が寂しいなんて、お子ちゃまですなぁ。おっさんになったらむしろ1人が楽なわけ。分かる?それにずっとここに籠ってるわけじゃなくて、今日みたいに町に行って人と会う事あるからさ。……つーか、ここでやらなきゃいけねーこともあるし」
「やらなきゃいけないことって…」
「ピィィーーーッ」
「…っ!?」
突然、外からシーアの威嚇する鳴き声が聞こえた。
急いで外に出ると、シーアは翼を広げバサバサと飛び立つ準備をしている。
「どうしたの、シーア!……あっ」
空を見ると、羽のある鳥類型のモンスターが5、6体飛んでいた。
「お嬢ちゃん、ちょいとシーアちゃん借りるわ」
「えっ…!?」
セノさんは剣を片手にシーアに飛び乗り、そのまま空へ向かっていった。
モンスターたちは、空中に移動したセノさんとシーアを取り囲んでいる。
1体の大きさは並レベルだけど、あの数に囲まれたら……
「シーアちゃん、よろしくー!」
セノさんはシーアと上へ高く飛び、今度はそのままモンスターたちめがけて一気に急降下していく。
「…っ!!」
勢いよく落ちていくセノさんがシーアから離れ、モンスターたちに次々と斬りかかった。
そのスピードは昼間見た時同様に、目で追いつくのが難しい速さだ。
トドメを刺されたモンスターたちは地上へバタバタと落ちていき、セノさんはシーアの背中に再び乗った。
セノさんを乗せたシーアがゆっくりと私の側に降り立ち、呼吸一つ乱れていないセノさんがシーアを撫でて褒めちぎる。
「シーアちゃん、お前はなんて良い子なんだ!偉いぞー、凄いぞー!俺の言う通りに動いてくれてありがとなぁ」
シーアから降りたセノさんは、私に向かって説明を始めた。
「メラブラックの治安が悪いって言われんのは、昼間みたいな盗人が多いのも理由だけど、モンスターの出現率が高いってのもあんのよ。他の州は2、3ヶ月に1回ぐらい並から大型のモンスターが出てくるでしょ?でもうちは、毎月のように色んなレベルのモンスターが現れるんだよ。特にこの森は、モンスターがウジャウジャ出てくる。騎士団がいるとはいえ、人のいる町や住宅地に降りて行かないように、なるべくここで討伐してんだわ」
やらなきゃいけないことって、モンスターから一般人を守ることだったんだ。
「そんなに頻繁に現れるなら、セノさんだけじゃなくて、騎士団の方も対応するべきなんじゃ…」
「ほら、騎士団も人手不足じゃん?それに何でかな。俺1人でなんとかなっちゃってんだよねぇ。大型が出てくんのもあんまないし」
たった1日一緒にいただけで分かってしまった。父や騎士団長が言っていた通り、セノさんが凄腕の剣士だということ。
剣だけじゃなくて、弓使いまで段違いだし。
なのに、この人自身がその凄さを全く理解していないことも。
「あの、セノさん……」
「ん?どしたー」
父さん、私をこの人の元へ導いてくれてありがとう。必ず騎士団長になってみせるから。
そのためには……
「私を……弟子にしてください!」




