実力主義
修行の為、メラブラック州にある元従士セノさんの家に来た翌朝。
屋根裏部屋で寝ていた私は、カーテンの無い窓から差し込む日差しで目を覚ました。
下に降りると、まだセノさんがベッドで寝ていた。片足をだらんとベッドサイドにほっぽり出し、大きく口を開けイビキをかいている。
おっさん丸出しの寝相……。
呆れた顔で見ていたら、セノさんが薄っすら目を開けた。
「…ん……俺もうちょい寝るから、テーブルんとこの物好きに食っといて…」
再び目を閉じたセノさんは、寝ぼけながら腹をボリボリ掻いた。
あ、割れてる…。
チラッと見えた腹筋が意外にも綺麗に割れていて、静かに驚いてしまう。
テーブルの上にあったパンとフルーツを食べた私は、外にいるシーアの様子を見に行った。
シーアは自分で狩ってきたであろう大きな蛇を食べていた。
「おはよう、シーア。よく眠れた?」
私の問いかけに、食べ終えたシーアは上機嫌に翼を広げる。
「それなら良かった」
「…ねぇ、お嬢ちゃん」
ボサボサ頭のままのセノさんが玄関から出てきた。
「あ、おはようございます」
「おはよー。あのさ、せっかくドラゴンイーグルいるから、街に連れてってほしいんだけど」
「…いいですけど」
✳︎
剣を持ち、シーアに乗って待つこと数分。大きな袋と木剣を持ったセノさんが戸締りをして出てきた。
「お待たせー。……よいっと」
身軽な動きで私の後ろに乗ったセノさん。
えっ……。
今のは、明らかにドラゴンイーグルに乗り慣れた人の動きだった。
騎士と違って、従士や一般人がドラゴンイーグルに乗ることはほぼないはず。
じゃあ、一体どこで……。
「いやぁ、助かるわぁ。いつもはオンボロ自転車で何時間もかけて移動してるから。帰りは大荷物で自転車押さなきゃだし。…よろしくね、シーアちゃん」
シーアの体をトントンしたセノさんは「しゅっぱーつ!」と子供みたいに言った。
✳︎
辿り着いた中心部は、たくさんの店や家が並び、さっきまでいた森とは違いとても賑わっている。
うちの州ほどではないけど、まぁまぁ活気がある。
これまで父に連れられて他の州に行く事はあったけど、メラブラック州に来たのは幼い頃に一度だけ。だからほとんど記憶がない。
メラブラック州は、国の中で1番治安の悪い州と言われている。盗難などの軽犯罪が日常的に起こり、騎士団は常に街をパトロールしているらしい。
出身者や住む者に悪人が多いのではなく、各州の居場所を無くした悪人たちがメラブラックに流れていくのが関係していると前に父から聞いた。
「シーアちゃんいるし、今日は重いもん買っちゃおっかなぁ」
セノさんは、慣れた様子で歩き進んでいく。そのすぐ後ろを歩く私は、キョロキョロと顔を左右に振り、初めて見る光景を楽しんでいた。
「あ、セノさん!どうしたの、前来た時からそんなに経ってないのに」
花屋の女性店員が話しかけてきた。
「良い移動手段が手に入ったんでね」
私に気付いた女性からニコッと微笑まれ、軽く会釈を返した。
その後も様々な店主やすれ違う人達に声を掛けられたり、お裾分けを貰ったりするセノさん。
「おや、セノくんが若い女の子連れてる。もしかして…」
「ちげーよ」
たまにしか来ないわりに知り合いが多いみたい。
「きゃーっ、泥棒よーっ!!」
突然、女性の甲高い声が響き渡る。
…っ!!
前から男二人組がこちらへ走ってくる。手には奪い取ったであろう貴金属やアクセサリーが入った袋が見えた。
あれは窃盗犯だ!
剣を抜く為、腰に手を当てた時、隣にいたはずのセノさんが一瞬で消えた。
…えっ。
次の瞬間。セノさんが木剣で窃盗犯に一撃を入れた。瞬きする暇もなく、男2人はその場に倒れ込む。
…今…何が……。
速すぎて、何が起こったのか分からなかった。
私が呆気に取られていると、パトロール中だったメラブラック騎士団の騎士が数人現れた。
「皆さん、大丈夫ですか!?……あ、セノさんが対応して下さったんですね。ありがとうございます」
黒髪短髪の騎士がセノさんに声を掛けた。
「全然。たまたま出会しただけだから」
「そうでしたか。…この2人を連行しろ」
窃盗犯は騎士団員に連れて行かれ、その場に残った黒髪短髪の騎士にセノさんが話しかける。
「相変わらず盗人多いなぁ」
「これでも昔よりは減ったんですが、他の州に比べるとまだまだですからね。……そちらのお嬢さんは?」
「あぁ、この子グリーンメアから来てる騎士候補生。ヒューアルさんの娘さん」
「え、元騎士団長のヒューアルさんのお嬢様ですか!?」
あ、この人は父のことを知っているんだ。
「はい…リアノ・ヒューアルと申します」
私は深く頭を下げた。
「これは驚いた。……申し遅れました。騎士団長のガッセル・ヨグリと申します」
「えっ、騎士団長がパトロールされてたんですか!?」
あ、やばい。思わず心の声が。
「…あ、失礼いたしました」
「いえいえ。お恥ずかしながら、うちの騎士団は他の州に比べて人数が少ない上に、軽犯罪やモンスター退治が日常茶飯事ですので、僕や副団長も率先してパトロールをしております」
勝手にメラブラック騎士団は柄が悪いイメージを持っていたけど、ヨグリ騎士団長は礼儀正しくて柔らかい雰囲気の人で安心した。
「お嬢ちゃんのいるグリーンメアは治安も良いし、騎士団も大勢いるもんねぇ。…あ、ちょうどいいや。この子、騎士団長目指してんだってさ。俺まだ買い物するから、パトロールに同行させてやってよ」
「えっ」
ちょっ、この人何勝手に決めてんのよ。
「女性が騎士団長を…それは素晴らしいですね。僕でよければご一緒に」
ヨグリ騎士団長は私に優しい笑顔を見せた。
「よかったね、お嬢ちゃん。1時間後にシーアちゃんのとこ集合で。んじゃ」
「えっ、あっ…」
セノさんは、私の返答を聞かずに手をひらひらさせ、スタスタと去って行ってしまった。
✳︎
「なるほど、セノさんの下で修行ですか。そんなことを思いついて実行するなんて、さすが頭脳派のヒューアルさんだ」
ヨグリ騎士団長のパトロールに同行させてもらっている間、メラブラック州に来た経緯を説明していた。
「セノさんに教わることは、きっと騎士団長への1番の近道になりますよ」
「え。……実は、セノさんのことをほとんど知らずに来たので、正直修行になるのか不安で」
「お父様は、セノさんのことを何と?」
「メラブラック騎士団の元従士で、凄腕の剣士だと。セノさんより強い剣士を知らない、とも言っていました…」
「その情報は合っていますよ。僕もセノさん以上に強い剣士を知りません。…セノさんは騎士団長になるべき人でしたし、本当なら僕は今ごろ副団長としてセノさんを支える立場だった」
…え、どういうこと…?
「あの、身分や立場で判断するのはよくないですが、従士から騎士団長になった事例を聞いたことがありません」
「他の州は難しいかもしれませんね。ただ、うちの騎士団は昔から実力主義なので、従士から騎士になった人も大勢います」
そうなんだ、知らなかった。
「だけど、セノさんは騎士にすらなってないですよね?」
「あの人は変わってるんですよ。あれだけの実力があっても、それを特別だと思っていない。まだまだ最前線で戦えるのに、あんな森の奥で好きに生きている。……リアノさんが羨ましいです」
「え?」
「僕もセノさんに指導してほしかった。…いや、出来ることなら今でも手合わせ願いたい」
「……。」
現役の騎士団長が、尊敬する父が、これほどまでに褒め称えるなんて…。
窃盗犯を倒した際のセノさんの姿が頭をよぎった。
✳︎
「2人ともお疲れー。こんなに買っちゃった」
いっぱいになった袋を抱えたセノさんが、シーアの側にいた私とヨグリ騎士団長の所へ戻ってきた。
「さ、お嬢ちゃん帰ろうか」
「…はい」
「じゃ、ガッセルまたな」
「はい、お気をつけて。あ、またよろしくお願いしますね」
ヨグリ騎士団長は深々と頭を下げ、私達を見送ってくれた。
もしかしたら私は、とんでもない人に修行を申し込んだのかもしれない。




