謎のおっさん
アートビ国には9つの州がある。レッドキン州、ヌブルー州、グリーンメア州、ユーイエロー州、ノシュパープル州、グレースア州、オレンジブラウン州、ホワイトダラ州、メラブラック州。
どの州にも騎士団が存在しており、軽犯罪者や領土を侵す者の排除、モンスター討伐、他国との紛争などの為に日々戦っていた。
16年前、突如10頭の巨大なドラゴンが、アートビ国の空に姿を現した。そのうち9頭の白いドラゴンたちは、それぞれ異なる州に降り立ち、街の建物や家を次々と壊し、人々を恐怖で包んだ。
各州の騎士団は、団長を筆頭に団員総出でドラゴンに立ち向かった。
ドラゴンの凄まじい力を前に、多くの一般人や従士が命を落とし、腕のある騎士たちさえも負傷する闘いが三日三晩続いた。
やっと9頭のドラゴンを倒し終えた時、空を飛びながら全ての闘いを見ていた残り1頭の黒いドラゴンが地上へ降り立った。そこは国王の住むレッドキン州。
黒いドラゴンの体は倒した9頭よりも格段に大きく、広げた翼は巨大な影を生んだ。
国王の危機に、他の州の騎士団もレッドキン州へ馬を走らせた。
ドラゴンに苦戦するレッドキン騎士団の元へ時間差で他の騎士団が続々と到着する。
最後にやって来たのは、レッドキン州から1番離れた場所から駆け付けたメラブラック騎士団。
9つの騎士団長、副団長が同じ戦地に立つことは史上初の出来事だった。
国を守る為、人々の命を守る為、一致団結し闘い抜いた騎士団によって、黒のドラゴンは息途絶えた。
多くの犠牲者を生んだドラゴンとの闘いだが、失うものばかりではなかった。
数年後、ドラゴンの死体から得た血液を使用し、戦闘用の巨大な鷲『ドラゴンイーグル』を誕生させることに成功したのだ。
それにより、ドラゴンイーグルに乗り空中戦を制する鳥騎士が誕生し、騎士団の武力は向上していった。
また、ドラゴンとの闘いにより、今まで多かれ少なかれ敵対視していた騎士団同士の関係は良い方向に変化した。
お互いの州を行き来し、技や情報を共有し、切磋琢磨していくようになった。
ドラゴン襲来から16年経った今、あの戦地に立った者は少しずつ最前線から退いている。
あの日見た光景は、正しく受け継がれているのか……。
グリーンメア騎士団本部の訓練場では、朝から騎士達が木剣で激しい打ち合いを行っていた。
その中で、騎士候補生として訓練を受ける私の名前は、リアノ・ヒューアル。アートビ国初の女性騎士団長を目指す16歳。
「うん、今の動きすごく良かった。さすがヒューアルさんの愛娘だ」
手合わせの相手をしてくれているペンラ副団長からお褒めの言葉をもらえ、気分が上がる。
「少し休憩して、また続きをやろう」
「かしこまりました。ありがとうございます」
壁際で汗をタオルで拭いながら、目線の少し先にいる父を見た。
私の父、サドラーン・ヒューアルはグリーンメア騎士団の前団長だ。
団長を勇退してからは、騎士の育成者、指導者として団を支えている。
数年前から国の制度が大きく変わり、女性も騎士団に入団することが可能になった。制度が変更になる前から父に剣術を教わっていた私は、迷わず入団を志願した。
元騎士団長の娘だからといって、甘やかされるつもりはない。必ず自分の力で団長の地位に上り詰めてみせる。
✳︎
その日の夜。
騎士団本部から馬に乗り10分程で着く自宅で、父、母と食卓を囲んでいた。
「このビーフシチュー、いつもより美味しい!」
「さすがリアノ、よく気付いたわね。隠し味にチョコレートを入れてみたの」
「え、チョコレート?言われなきゃ分からなかった」
私と母のやりとりを聞いていた父が口を開いた。
「…リアノ」
「なぁに?」
「明後日からメラブラック州へ修行に行っておいで」
「……え?メラブラック州で修行?」
「あぁ」
「いやいや、意味が分からないんだけど。毎日父さんや騎士団の皆んなに訓練してもらっているし、わざわざメラブラック騎士団で修行する必要なんかないよ。だって、メラブラックはグリーンメアよりも武力が弱いんだよ?」
「いや、メラブラック騎士団の訓練に参加するわけじゃない」
「え」
「メラブラックに凄腕の剣士が住んでいるんだ。彼の元で修行をすれば、必ず強くなれるから」
「凄腕の剣士…?」
「うん。…リアノが騎士に必要な実力をつけていっているのは分かっているよ。ただ、女性が騎士団長になるためには、他の騎士達を納得させるだけの強さを身につけなければならない」
「……それは分かってる。…その凄い剣士って人は、父さんみたいに騎士団長だったの?」
「いや。メラブラック騎士団の従士だった人だよ」
「じゅっ、従士!?」
従士は騎士より身分も剣の技術も低い。そんな立場の人が強いなんて信じられない。
戸惑う私に父は続けた。
「彼の名は、ドロイヤ・セノ。ちょっと変わった男だが、セノより強い剣士を父さんは知らない」
父の表情が自信に満ち溢れていて、それ以上何も言い返せれなかった。
†
2日後の早朝。剣と最低限の荷物を持ち家を出た私は、父から譲り受けたドラゴンイーグルの「シーア」に乗り、メラブラック州の最南端にある森に舞い降りた。
「お疲れ様。もうすぐ着くからね」
シーアの頭を撫でると、甘えるように口ばしを顔にすり寄せてきた。
「ふふ、行こっか」
一本道を歩き進んだ先にポツンと佇む小さな家を見つけた。
多分ここだ。
家の周りにはいくつか畑があり、野菜や果物を育てているようだ。ポストには郵便物が溢れるほど溜まっている。
ドアをノックしようとした時、後ろから声がした。
「うわ、このドラゴンイーグルでけぇ」
振り向くと、シーアの側に男性が立っている。
目元がギリギリ見える長さの前髪、無造作に伸びた後ろ髪や髭、服や靴は泥で汚れていた。
「あの…セノさんですか?」
私の問いかけに男性はこっちを見た。
「うん、そうだけど。お嬢ちゃん、誰?」
「初めまして、リアノ・ヒューアルと申します。父からあなた宛に手紙が届いたと思うのですが…」
「手紙…?」
ピンと来ていない様子のセノさんは、ポストに入っている大量の郵便物を取り出し、確認を始めた。
「…あ、ほんとだ。ヒューアルさんから手紙来てる。ポストん中ずっと見てなかったから気付かなかったぁ、ごめんねー」
全く悪いと思っていない口振りのセノさんは、父からの手紙に目を通した。
「あぁ、お嬢ちゃん、ヒューアルさんの娘さんなんだぁ。……ん?もしかして、あの時赤ん坊だった子?」
…あの時?
「ま、立ち話もなんだし、とりあえず中入んなよ」
ポストから玄関へ移動したセノさんが、ドアを開け、私を招き入れた。
「どーぞー」
「…お邪魔します」
家の中は、お世話にも綺麗とは言えない状態だった。
キッチン兼ダイニングには、木製の小さな丸テーブルと不安定そうな椅子が2脚。キッチンのシンクには汚れた食器が積み重なっている。
部屋の端、窓際にはシングルベッドが置かれていた。
きっと、あの若干傾いているドアの向こうには、風呂とトイレがあるはず。
あれ、こんな狭い空間に私の寝るスペースある?
「お茶入れるから、適当に座っててー」
「あ、はい」
椅子に座ったら、やはりガタついていた。
「つーか、あのドラゴンイーグルお嬢ちゃんの?」
古びたティーカップに紅茶を入れながらセノさんが聞いてきた。
「はい。父が騎士団長を勇退した際に譲り受けました」
「へぇ。そんな立派なドラゴンイーグルもらって、毎日グリーンメアの訓練受けてんなら、俺んとこ来る必要なくない?」
それは私も同感なんだって!だけど…
「…父が、セノさんは凄い剣士だと言っていました。…私、騎士団長を目指しているんです。だから、強くなるためにここへ来ました」
「…ふーん、そっかぁ。グリーンメア元騎士団長のヒューアルさんにそんな風に言っていただいて誠に光栄なんだけど、俺もうおっさんだし、足腰ガタガタなのよ。そもそも、誰かに教えたこととかねぇしなぁ」
「えっ、ないんですか?」
私の前に紅茶を置き、向かいの椅子に座ったセノさんは頬杖をつきながら言う。
「うん。だって俺、昔はただの従士だし、今は呑気に半自給自足生活してるだけだもん」
「……。」
修行どころの話じゃない。…父さん、やっぱりこの人に教わる事なんて何もないって!
「んー、すぐに帰したいけど、ヒューアルさんしつこそうだしなぁ。…2、3日置いとけば許してくれっかな。…よし、決めた!お嬢ちゃんには畑仕事と狩りを手伝ってもらおう!」
「…はい?」
混乱している私を無視して、立ち上がったセノさんはそのまま歩き、傾いてるドアを開けた。
「こっちこっち」
手招きされ席を立った私は、ドアの先に続く廊下を覗いた。
「そこに階段あるっしょ?上ったら屋根裏部屋があるから、自由に使って。あ、ずっと使ってねぇから掃除したほうがいいかも」
「あ、はい。ありがとうございます」
「掃除道具どこやったっけなぁ…。屋根裏部屋に置いたような」
「確認してみます」
「いいの?じゃあ、よろしくー。俺は外の畑で野菜収穫するから、なんかあったら呼んで」
「はい」
セノさんが外に出たのを確認し、ギシギシと音を立てる階段を上った。
「…ごほっ、ごほっ…」
屋根裏部屋は予想以上に埃だらけで、咳き込んでしまう。
口を二の腕で覆いながら、急いで窓を全開にして、外の空気を取り込んだ。
…あ。
窓際に立つ私から、ちょうど下の畑にいるセノさんが見えた。
鼻歌を歌いながら野菜を収穫する姿からは、凄腕どころか剣士のオーラさえ感じない。
私の視線に気付いたセノさん。
「水必要なら、そこにある井戸水使ってー」
「あ、はい」
この時の私はセノさんに言われた通り、家へ3日ほどで帰るつもりでいた。




