師弟関係はいつまでも
各騎士団の視察を終え、メラブラック州に戻った私とセノさん。
セノさんが近衛兵になる最後の条件として、私が17歳になるまでの3ヶ月間で本格的な修行を行うことが決定した。
必ずセノさんの技術を受け継いでみせるわ!
†
3ヶ月後。夜、森の奥にあるセノさんの家で、ガタつくボロ椅子に座る私は、テーブルに置かれたフルーツがたっぷり乗ったホールケーキを複雑な表情で見つめている。
目の前には、嬉しそうにオレンジジュースをコップに注ぐセノさんがいる。
「…。」
鼻歌交じりのセノさんは、ケーキにロウソクを3本刺し、マッチで火を付けた。このケーキは、昼間にセノさんがシーアに乗って1人で町へ買いに行ったもの。
「よしっ、準備おっけー」
家の灯りを消したセノさんは、大きな声で叫んだ。
「お嬢ちゃん、誕生日おめでとーーー!!」
「…ありがとうございます」
「ほら、早くふぅーふぅーしろって」
「ふぅーふぅーって…」
相変わらず、ふとした瞬間に子供扱いしてくる…。
セノさんと2人きりには慣れているはずなのに、じっと見られながらロウソクの火を消すのはなんだか恥ずかしい。
「…ふぅーー…」
火を消した私に、窓からの月明かりに照らされるセノさんが「おめでと」と優しく言った。そう言われた自分の中にある感情が嬉しさなのか、照れなのか、切なさなのか、何なのかよく分からないまま小さく頷いた。
私は明日この家を出て、グリーンメアに帰る。つまりそれは、修行を終えたということ。王子との約束通り、私が17歳を迎える今日までの3ヶ月間、セノさんの技術に少しでも近づくために毎日修行をするはずだった。だったのに……
「…全く修行してないじゃないですかっ!!17歳になったんですけど!!私明日、帰るんですよ!?」
ケーキをご機嫌で食べているセノさんに訴えかける。
「えー、したじゃん」
「してないですよ!」
「俺、教えたりしなかったっけ?」
「たまーに簡単なアドバイス言ってくれるぐらいで、ほぼ放置でしたよ!」
「そうだっけなぁ。でもさ、一緒に弓矢で狩りしたり、モンスター討伐も何回かしたでしょ?」
「しましたけど、セノさんみたいに矢が飛ばなくても、大丈夫大丈夫って言うし、モンスターにトドメを刺すのは毎回セノさんだったし…」
セノさんの見様見真似で戦うことが精一杯だった。
「前より矢の威力も距離も出てるし、モンスター相手に斬れるようになったじゃんか」
「それはそうかもしれませんが…」
「毎日素振りや自主練頑張ってたし、もう完璧でしょ」
「完璧じゃないから困っているんです!こんなレベルでセノさんの弟子を名乗るなんて……無理ですよ」
最強の剣士に泥を塗る行為だけはしたくない。
「あはは!別にわざわざ名乗んなくていいって。…ほら、甘いもん食って落ち着けって」
フォークに乗っけたケーキを差し出され、拗ねた顔のまま口を開けた。
「……。」
セノさんがシュアタス王子の所へ行くのは1ヶ月後。いつでも戻って来られるように、この家はそのままにしておくらしい。お嬢ちゃんも好きに出入りしていいよ、と鍵を渡されたがセノさんが居ない家にわざわざ来るだろうか。
不満気な顔でケーキを食べている私にセノさんはサラッと言ってくる。
「俺が何歳で死ぬかわかんねーけどさ…お嬢ちゃんが最初で最後の弟子だな」
「え…」
「つまりお嬢ちゃんは、一生俺の弟子なわけ。つーことは明日から離れたとしても、俺との約束をずっと守んなきゃいけねーのよ」
「…死なないこと」
「そ!この先戦いの場で迷ったときは、生き残る選択をすること。なんかあったら助けてやるから」
「……はい、ありがとうございます」
いつまでも守られているだけじゃいけない。…それでも、その言葉がどれほど私に安心を与えてくれるか…。
この人は一生知らないんだろうな…。
†
セノさんの家を出て1ヶ月。私は再び、騎士候補生としてグリーンメア騎士団の訓練に参加する日々を送っていた。
休憩中、ペンラ副団長に声を掛けられた。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
「セノさんが近衛兵に行くのは明日だっけ?」
「はい。遅刻せずにちゃんと行ってくれるか心配ですけど」
「ははっ。それもセノさんらしいじゃないか」
「まぁ、そうですね」
†
翌朝、騎士団本部へ向かうために父と外に出ると、辺りは見たこともないほど濃い霧に包まれていた。
「すごい霧…」
「……。」
空を見上げた父は、何か考えているようだった。
「…リアノ、シーアを連れておいで」
「え、どうして?」
「いいから」
「…分かった」
✳︎
騎士団本部に着いた父は、足早に団長室へ向かった。
「ミリレ」
「ヒューアルさん、おはようございます」
「おはよう。…今すぐ全団員を集め、戦いの準備をしなさい」
「え、それは…」
父からの突然の指示にキオジャ騎士団長は戸惑っていた。しかし、父はさらに衝撃的な言葉を続ける。
「…ドラゴンが襲来するかもしれない」
「えっ!?…待ってよ、父さん。どういうこと!?」
「…16年前、いやもう17年前になるのか。あの朝も同じように深く濃い霧に包まれ、上空が黒く染まっていたんだよ。そして、10頭の巨大なドラゴンが突然現れた」
「…そんなの…偶然同じなだけじゃないの?」
「たまたまなら笑い話にすればいいだけのことだ。…そうじゃなかった場合、また悪夢の闘いが始まる。あの時と違い、今回は近付いて来る気配を感じ取れているから、万全の体制で備えられるだろう」
「かしこまりました。早急に体制を整えます」
キオジャ騎士団長は団長室から勢いよく出て行った。
「他の騎士団や近衛兵も気付いていればいいんだが…」
冷静に状況を把握し整理する父の横で、私は底知れぬ不安に押し寄せられそうになっていた。
ドラゴンが襲ってくる…?国の人々を死と恐怖に陥れたドラゴンがまた……。
✳︎
その頃、各騎士団でも異変に気付く者がいた。
レッドキン騎士団本部。
「…間違いない、あの日と同じ光景だ」
「団長、どうされましたか?」
「フォークジア、ドラゴン様のお出ましだ」
「…えっ」
「騎士と従士を全員召集し、戦闘体制に入るぞ。近衛兵にも報告をし、王族や市民の避難を開始する」
「はっ、かしこまりました!」
「……長い闘いになるな」
ユーイエロー州の医療施設。
「副医療長、お呼びでしょうか」
「朝早くからすまないな。…クヤヤ、戦闘と救護の段取りを一斉に進めておけ」
「…それは…」
「ドラゴンの再来だ」
「…っ!」
オレンジブラウン騎士団本部、正門前。
「ニーハー、あの空おかしくないかっ!?」
「そうだね、ニッハ。霧もすごいし、何かが起こる前触れかもしれない」
「ならば緊急事態に備えておこうっ!」
「うん。……何も起こらないといいけど」
ノシュパープル騎士団本部のルーフバルコニー。
「…嫌な予感がする」
「たしかに怪しげな空ですね」
「…プチミタン、皆んなにドラゴンが来るかもしれないと伝えて」
「え!?……かしこまりました!」
ホワイトダラ騎士団本部。
「キュワちゃん、ずっと空を見ているけどどうしたの?」
「…あの日の空に似ているんです」
「あの日?」
「兄を家から見送った最後の日です…」
「……。」
ヌブルー騎士団本部の屋外訓練場。
「…ど、ど、どうしよう…」
「団長、どうしたんですかぁ?」
「…ド、ド、ドラゴンが…おそ、っ、襲って来るかもしれ、しれない…。い、今すぐ市民の避難を、はっ、早く!」
「……承知しました」
グレースア騎士団本部の団長室。
「おはようございます」
「おい、ワムミスよく聞け。俺様の記憶と勘が正しければ、もうすぐドラゴン野郎がやって来るぞ」
「…っ、本当ですか!?」
「あぁ、間違いねぇ。さっさと戦う準備に取りかかれ」
「かしこまりました」
「チッ……、あの馬鹿に仕返しでもするつもりか?」
メラブラック州、ハラーの武具工房。
「ハラーさん…っ!」
「まだ開店前じゃ。そんなに焦ってどうした、ガッセル」
「…見ましたか?この霧と空は……」
「あぁ、分かっておる。今頃、アイツも気付いとるはずじゃ」
セノの家。
「ふぁ〜。……やば、寝過ごしちゃった」
ベッドから身体を起こしたセノは窓の外を見た。
「……夢だったりしねぇかなー」




