恩返し
近衛兵のトップであるイヅチャ元帥にセノさんの実力を証明することが出来た翌日。
セノさんの凄さは近衛兵内に一気に広まり、訓練場内を歩くセノさんへ向けられる視線は明らかに変わった。
「…あ、あのっ!」
1人の若い近衛兵が私と歩くセノさんへ声を掛けた。
「ん、なにー?」
「もし…お時間がありましたら剣のご指導をお願いしたいのですが…」
「えー、無理だよー。そもそも俺が君らみたいなエリートに教えることねぇし」
「もぉセノさん、せっかく頼んで下さったんですから」
「じゃあ、お嬢ちゃんが教えてやってよー」
「何でそうなるんですか!そもそも私だってセノさんに指導してもらってないんですからね」
✳︎
渋々剣術の練習を見守るセノさん。そこへイヅチャ元帥がやって来た。
「わざわざご指導ありがとうございます」
「ただ見てるだけー。…みんな一生懸命で良い子だねー」
「いつも以上に張り切っているようですね。おそらく昨日の出来事は彼らにとって、大きな衝撃だったのでしょう。一度私が負けたぐらいで騒ぐのはどうかと思いますが、あなたの実力を早くに見抜いたシュアタス王子は流石です」
…何その言い方っ!意地でもセノさんを褒めないつもりね。
「しかし、あなたが強いことと騎士団全体の強さは別問題ですので、そこはお忘れなく」
セノさんの実力は認めるけど、騎士団は認めていないってこと?
イヅチャ元帥のプライドの高さに苛つく私とは正反対に、セノさんは何も気にしていない様子だ。
「あはは。どっちか強いってゆーか、皆んなが強い方が国王達も安心なんじゃない?」
「…。」
そうだ。セノさんは、仲間同士の勝ち負けや順位なんてどうでもいい人だ。セノさんにとって大事なことは、全ての尊い命が守られ、人々が傷付かない安全な日常を作るために全員が強くなること。ただそれだけ。
†
視察最終日の朝。近衛兵訓練場内の応接室で、ソファに座り眠そうにしているセノさんの後ろで、私は背筋をピンと伸ばし立っている。
ソファの近くにはイヅチャ元帥、オムラ騎士団長も立っており、本当に私がこの場にいていいのか不安になる気持ちを抑えていた。
コンコンコンッ……
ドアがゆっくり開き、側近2名と入ってきたのは、優しい表情を浮かべたシュアタス王子だ。
改めて姿勢を正し、敬意を示す私達3人とは違い、セノさんは面倒そうにその場に立ち上がった。
「皆さん、お待たせして申し訳ありません。…セノさん、リアノさん、ご無沙汰しております」
「お久しぶりです」
「ご無沙汰しております」
セノさんとシュアタス王子の話し合いが開始された。
「各騎士団の視察、ご苦労様でした。騎士団長の方々から、セノさんのおかげで団の士気が上がり、とても良い時間になったと報告を受けております。セノさん自身はいかがでしたか?」
「それぞれの騎士団の強さを知れて面白かったですね」
「騎士団のレベル自体はどうでしょうか。長年騎士団を見てきたセノさんだからこその意見があると思います」
「いやぁ、俺はただの一般人なんで、騎士団の深いとこまでは知りませんよ。……ま、騎士団によっては技術面で気になる部分もありましたけど、今は団長や副団長が改善する努力をしてる段階なんで、俺がとやかく言うほどじゃなかったかな」
ふふっ、セノさんらしい答えだな。
「そうですか。…では次に、セノさんに所属していただきたい近衛兵について、何か気になる点や改善すべき点などはございましたか?」
「んー、気になるとこ……お嬢ちゃんあったー?」
セノさんは突然振り返り、私に聞いてきた。
えっ!?私!?
無茶振りに焦る私にシュアタス王子やイヅチャ元帥達からの視線が突き刺さる。
「…えっと…」
本音を伝えていいんだろうか。……いや、今ここにいるのは騎士候補生の私ではなく、セノさんの弟子である私。一緒に視察をしてきたからこそ感じたものがある……
「ご無礼を承知で申し上げます……実戦におけるレベルは、近衛兵よりも騎士団の方が上だと感じました」
私の発言にイヅチャ元帥は軽く眉間に皺を寄せ、オムラ騎士団長は口角を上げた。そして、シュアタス王子は穏やかにセノさんへ問いかける。
「セノさんも同意見でしょうか?」
「そうっすね。こんな若い娘に何が分かるんだと思うかもしれないですけど、俺の弟子は冷静に分析し判断する能力に長けているんですよ。それに、近衛兵の若い奴らよりも今のお嬢ちゃんの方が実戦においては優秀だと思います」
セノさんの言葉に嬉しさが込み上げてくる。
「実戦能力ですか…」
「今回の視察中、俺らが凶悪集団や強力なモンスターを相手にしたのはご存知っすよね?」
「はい」
「もし、そいつらが直接国王の住む城を狙ってたら…どんな結果になったと思います?」
「何を言っている!我々近衛兵がいる限り、国王の安全は確保されています」
怒りで感情的になるイヅチャ元帥にシュアタス王子は優しく声を掛ける。
「落ち着いて下さい。日頃から僕達を守って下さっている近衛兵の方々の強さは十分理解しております。…しかし、セノさんの仰ることも受け止めなければいけません」
「…っ王子…」
「僕は王族の誰よりもモンスターの恐ろしさを知っています。…16年前のあの日、近衛兵が父上や母上達を安全な場所へ避難させている間、逃げ遅れた僕が見たのは、巨大なドラゴンと必死に戦う騎士団でした。あんなに恐ろしいドラゴン相手に臆することなく、勇敢に立ち向かう姿は希望の光に見えました。そして、セノさんが黒のドラゴンにトドメを刺した瞬間、アートビ国の新たな未来が始まったのです。…あれから有難いことに王族のいる場にモンスターや凶悪な敵が現れた事はありません。そのため、騎士出身でない近衛兵の実戦経験は無いままです。日頃から実戦経験を積んでいらっしゃるセノさん方から見て、近衛兵の実戦能力が乏しいと思うのならば、それは早急に改善すべき点でしょう」
10歳のシュアタス王子にとって、目の前で巨大なドラゴンが国を滅ぼそうとする光景が、どれほど恐ろしかったか…。
その経験を忘れず、国を守る近衛兵、騎士団を良い方向へ導こうとするシュアタス王子は本当に素晴らしい。シュアタス王子が国王になる我が国の未来は、きっとどの国よりも平和に違いない。
「やはりセノさんは、近衛兵に必要な方です。……セノさん、近衛兵としてこの国を守っていただけますか?」
シュアタス王子の1番の目的は、セノさんを近衛兵にし、自分を護衛させること。その目的を果たす為に今回の視察が行われたのだから。
視察を終えた今、断る理由など何処にも…
「その件なんですけど、あと3ヶ月待ってもらえます?」
え…。
「理由をお伺いしても?」
「このお嬢ちゃんの修行が終わってないんですよ」
「えっ!?」
「弟子の成長を無事に見届けて自分の任務に集中したい。そーゆー師匠心ってやつです」
驚愕する私は開いた口が塞がらない。
いやいやいや、何言ってんの!!この人は毎回毎回、とんでもないを言い出すんだから!
「セノさんっ!冗談はいいですから」
「冗談じゃねーって」
「いや、だって3ヶ月って…そんな短期間で私は…」
「別に3ヶ月で騎士団長レベルにするなんて言ってねぇよ。ただ、視察で得た知識や経験を生かして3ヶ月必死に訓練積めば、自分が思ってる以上に強くなれると思うんだよねー。すげぇ成長した17歳のお嬢ちゃんを堂々とグリーンメアに帰すのが俺の役目だからさ」
「17歳って…」
あっ、3ヶ月後は私の誕生日だ。セノさん、知ってたんだ。
「承知しました。3ヶ月後に向けて手続きの準備をしておきます」
「ご理解ありがとうございまーす」
王子をここまで振り回すのは、この国でセノさんぐらいだ。
「では、僕達はこれで失礼させていただきます」
帰って行くシュアタス王子はドアの前で立ち止まり、セノさんの方へ振り向いた。
「…?」
「セノさん。あの日、崩れ落ちる塀のそばで震えていた僕に、そっと手を差し伸べてくれたあなたの姿を一生忘れることはありません。近衛兵として生きてもらう事が僕なりの恩返しだと思っていただけると嬉しいです。…では、また」
去って行くシュアタス王子の後ろ姿を見るセノさんは、どこか誇らしげな顔をしている。
あの日セノさんに救われたのは、王子だけじゃないはずだ。大勢の人が知らないうちにセノさんに助けられたのだから。




