近衛兵
イヅチャ元帥と挨拶だけを交わした私とセノさんは訓練場には入らず、シーアと歩きながら宿へ向かった。
イヅチャ元帥真面目そうだったけど、どこか冷たさを感じたような……。
近衛兵に選ばれる人は、2パターンあるらしい。1つは、騎士団から引き抜かれるパターン。もう1つは、騎士候補生のように近衛兵候補生として訓練を続け、そのまま近衛兵になるパターン。イヅチャ元帥は、近衛兵候補生から今の立場まで上り詰めた方だと聞いている。
「相変わらず気難しそうな男だったなぁ。オムラさんも密にコミュニケーション取るの大変だろうね」
同じレッドキン州を拠点とする近衛兵と騎士団の大きな違いは任務内容だ。
近衛兵は王族を護ることに全てを懸けている。国王達をあらゆる危険から身を挺してお守りするために、公務で外出される時や式典に参加される時はもちろん、365日城の内外で常に護衛を徹底している。その完璧な行動から付けられた別名は“気高きエリート集団”
一方の“燃える絶対王者”と称されるレッドキン騎士団も国王の為に国を守る目的は同じだ。しかし、彼らにとっては市民を守ることも大事な任務。州内でのモンスター討伐や犯罪抑止も騎士団だけが担っている。
この似ているようで異なる2つの集団は、それぞれの役割を全うしながら、お互いに協力し合うはずなのだが……。
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その夜。オムラ騎士団長、フォーシグア副団長と4人で宿の広間で食事をしていた。
「視察中、色々あったようだなドロイヤ」
「あんな変な蛇に噛まれるとは誰も思わないでしょ」
「はははっ。ユーイエローでのクラスターもだが、ヌブルー州に襲来したバードイーヴィル、ノシュパープルで起きたピクシズムの裏切り行為。どの出来事もお前がいなければもっと悲惨な事になっていただろう」
「んなことないすよ。どの騎士団も自分達だけで乗り越えられる実力があるんで」
「どの騎士団にも自分の指導は必要ない……それが今の答えか?」
「さぁ、どうですかねぇ」
適当に返事をして肉を頬張るセノさんの横顔を静かに見た。
各騎士団の視察が終わる度にセノさんの感じた事を聞いてきたけれど、自分が必要かどうかは何も言っていなかった。
「明日からの近衛兵の視察は、これまでとは別物になるでしょうね」
フォーシグア副団長の言葉に思わず問いかける。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「申し上げにくいのですが、近衛兵は我々騎士団を下に見ている節がありまして…。特に騎士出身ではないイヅチャ元帥は、近衛兵や王族が騎士団と深く関わる事をよく思っていません。ですから、セノさんが近衛兵に抜擢されていることを陰ではずっと反対しているんです」
あ、だから冷たかったのかな…。
「最近は騎士団からの引き抜きも減ってきていますしね」
「あの…16年前のドラゴンを倒して国王や王子を守ったのは、騎士団やセノさんですよね?そのことはイヅチャ元帥達も知っているはずなのに、尊敬や感謝がなく見下すのはおかしいと思います」
父やオムラ騎士団長達が命懸けで戦ったのに…!
「自分達でもドラゴンを倒せたはずだと思っているんだろう」
オムラ騎士団長の言葉に私は納得ができない。
今も昔もモンスター討伐をしているのは騎士団だ。そんな騎士団が悪戦苦闘したドラゴンを近衛兵だけで倒せるなんてありえない。もちろん、近衛兵が剣や弓の技術が優秀な人間の集まりなのは知っている。しかし、いくら厳しい訓練を繰り返しても、モンスター相手の実戦経験が無いことは命取りになる。
「近衛兵で16年前のあの日に死んだ奴は1人もいねーのよ。ドラゴン相手にズダボロになった騎士よりも、国王達を守りながら逃げ切った自分らが凄いってことだろね」
そう言ったセノさんからは、悔しさも不満も感じない。
「…。」
たった2日間だけど、明日から大丈夫だろうか…。
†
翌日、近衛兵の訓練場内を案内してくれたのは少将だった。少将は近衛兵の上位階級の中では、唯一の騎士出身者らしい。だからなのか、セノさんや私への接し方も丁寧で優しい。
「大きな声では言えませんが、セノさんにお会いできるのを心待ちにしておりました」
「どうしよー、照れちゃうじゃーん」
「…。」
「君、どこの騎士団いたの?」
「僕は昔、グリーンメア騎士団に属しておりました」
「えっ」
驚く私を少将が不思議そうに見る。
「失礼しました。私、グリーンメア前騎士団長のヒューアルの娘です」
「え、そうなんですか!これは驚きました。…お父様には大変お世話になりました。僕が近衛兵に選ばれたのもヒューアルさんの指導のおかげです。今もヒューアルさんの言葉を胸に日々精進しております!」
「そう言って頂けて私も嬉しいです」
昨日の話を聞いて身構えていたけど、みんながみんな騎士団を毛嫌いしているわけじゃなくて良かった。
✳︎
少将から案内をしてもらいつつ、訓練の様子を確認していたセノさん。
誰かが飛び抜けて上手いというより、全員のレベルが統一されている印象だったな。セノさんはどう思ったんだろう…。
そして、全ての説明が終わったところにイヅチャ元帥が現れた。
「いかがでしたか?」
「うん、王族を護るには十分なんじゃない?」
「…引っかかる言い方をされますね。王族を護ることが我々の使命です」
「そだね。…もしモンスターが城を襲いに来たらどーすんの?騎士団に助けを求めたり?」
セノさんの言葉にイヅチャ元帥の表情はより冷たくなる。
「近衛兵はモンスターを倒せない、と言いたいようですね。…あなたのドラゴン退治は過去の栄光ですよ。ご自分の実力を過信し過ぎでは?」
「別に俺は強くねーよ。ドラゴン倒したのも騎士団のおかげだし」
「王子も何故、騎士でもない男にここまで執着されるのか…。王族を狙うものがいれば、相手が人間だろうが、モンスターだろうが倒すだけの話です。そのために日々訓練に励んでいるのですから。我々の実力を疑っていらっしゃるなら……私と手合わせされますか?」
えっ……。
「えぇ、やだよ。勝っても負けても面倒じゃん」
「勝つ選択肢がおありなんですね」
そう言ったイヅチャ元帥は自信に満ちている。
多くの護衛に囲まれる国王達が危険に晒される事はほぼ無いため、近衛兵が鞘から剣を抜く瞬間は皆無だ。つまり、近衛兵以外で彼らの実力を体感した者はいないに等しい。
逆を言えば、セノさんの真の実力を知る者も近衛兵にはいない。
「…セノさん、お受けしてください。弟子にいいとこ見せてくださいよ」
「お嬢ちゃんも言うようになったねぇ。仕方ない、一回だけね」
✳︎
室内の練習場で木剣を手に持つセノさんとイヅチャ元帥。
私と少将の他に、話を聞きつけた近衛兵の人達が一生に一度あるかどうかの戦いを見届けようと集まっていた。
ここにいる少将以外の全員、イヅチャ元帥が勝つと思っているよね。ま、それも当然か。…イヅチャ元帥の実力を知らないのに、セノさんの勝利を1ミリも疑わない自分がいる。
イヅチャ元帥と向かい合うように立ったセノさんが横を向き私を見たので「がんばれ」と口パクで伝えてみた。ふっ、と軽く口角を上げたセノさん。
少将の「始め!」の合図で、手合わせという名の対戦が始まった。
さすが近衛兵のトップである元帥だ。セノさんに素早く攻撃を仕掛けていく。周りの近衛兵達は元帥が優位だと思い、盛り上がっている。
しかし、私には分かる。おそらく私の横に来た少将も気付いているだろう。セノさんの守備に余裕があり、元帥の実力と剣の癖を把握しつつ、すでに反撃する準備が整っていることを。
「セノさんなりに近衛兵のプライドを守って下さっているんでしょうね」
少将が小さく呟いた。
「セノさんにそんな気が使えるのか分かりませんが…勝つのは私の師匠です」
次の瞬間だ。目にも止まらなぬ速さで元帥の手から木剣を飛ばし、そのまま首に切り掛かる寸前で木剣を止めたセノさん。
「……っ」
予想しなかった展開に元帥や近衛兵達は静まり返る。
「…勝者、セノさん!!」
「セノさん!さすがですっ!」
嬉しそうに駆け寄った私の頭をポンポンと優しく叩いたセノさん。
「頑張れ、って言われたからねー」
「…っ」
私の師匠は、どこまでも強くて、どこまでも弟子に甘い。




