求婚
ユーイエロー州でジュネリサ卿に出会す可能性は、ゼロではないと思っていたが、まさか本当に出会すとも思っていなかった。
「ご無沙汰しております、ジュネリサ卿」
席から立ち上がり挨拶をした私にジュネリサ卿が数歩近づいた。
「リアノさん、ご無沙汰しております。ユーイエローにお越しになっていたんですね」
「はい。セノさんと一緒に騎士団の視察に来ておりまして、明日去る予定です」
「明日…」
ジュネリサ卿は少し考え、口を開いた。
「良ければ今晩、お食事をご一緒していただけませんか?」
「…。」
私が返答する前に、ジュネリサ卿はセノさんに顔を向けた。椅子に座ったままオレンジジュースを飲み干したセノさんは「なに?」と問いかける。
「師匠である貴方の許可が必要でしょうか?」
「うーん、飯食うのはお好きにどうぞだけど、そっちが護衛付き添わすんなら、俺も引率しなきゃじゃない?」
引率って…。
「かしこまりました。では、護衛をつけず2人きりでお願い致します。それならいいですよね?」
「…お好きにどーぞ」
「ありがとうございます。では、19時に騎士団本部の正門へお迎えにあがります」
いや、なんで私じゃなくてセノさんとのやりとりで決定してるのよ!
…とは言えず「…かしこまりました」と小さく返事をした。
✳︎
チキメリ副団長から槍の訓練を受けた後、私はルアンカ騎士団長の奥様に団長室へ連れて来られた。
「さぁ、リアノちゃん。お好きなのを選んでね」
テーブルには、色とりどりの上品なワンピースが並べられていた。
「え…っと、これは…」
戸惑う私に、奥様は明るい口調で答える。
「伯爵のご子息とこれからお食事なんでしょう?素敵な格好で行かなきゃいけないじゃない」
「何で知っ…」
…多分セノさんが騎士団長に言ったんだ。もぉ、すぐ言いふらすんだから!
私が内心セノさんに怒っている間にも、奥様は次々とワンピースを私の体に合わせていく。
「これ可愛い。あ、こっちも似合うわね。リアノちゃん、美人だから迷っちゃうわねー!」
「…。」
ワンピースに着替えた私は、奥様にヘアアレンジまでしていただき、正門へ向かった。
「…あれ」
門に行くと、セノさんが壁に寄りかかり立っていた。
「すげーおめかししてんじゃん」
「…ルアンカ騎士団長の奥様が色々して下さって…」
「ふーん」
セノさんの素っ気ない返事が物足りなく感じてしまい、拗ねた口振りで聞いてみる。
「…変ですか?似合ってないですかね?」
子供みたいな問いかけをしたことを一瞬後悔したが、そのままセノさんの顔をじっと見た。
「そんなの…」
「リアノさん!」
セノさんの言いかけた言葉を遮るようにジュネリサ卿が現れた。朝とは異なる服装をしている。
「いつも美しいですが、今夜は一段と麗しいですね」
ジュネリサ卿の褒め言葉に小さく頭を下げた。
「…ありがとうございます」
「では、行きましょうか」
「はい…」
✳︎
2人で使用するには広すぎるレストランの個室で、向かい合って座った私とジュネリサ卿。
「…。」
ユーイエロー州でゆっくり外食をするのは、今回の視察中では初めてだ。セノさん以外の男性と2人きりで食事をするのも、久しぶりかもしれない。
まぁ、セノさんとは、こんな個室で食べたりはしないけど。
「リアノさんは、何か苦手な食材はありますか?」
「いえ。特にはありません」
「そうですか。では、私のオススメのコース料理でよろしいでしょうか?」
「はい」
✳︎
食事中、ジュネリサ卿は私に沢山の質問をした。上品で繊細な料理に舌鼓を打ちながら、一つ一つ答えていく。
「そのような装いはよくされるんですか?」
「いいえ。久しぶりにこのような格好をして、とてもソワソワしています」
「とても似合っていますよ」
「ありがとうございます」
「美しくてお強い…お父様も自慢の娘でしょうね」
「うーん、どうでしょう。父の強さには、まだまだ追いつけていないですから」
「強くなるために弟子入りをされたんですね。師匠のセノさんは、メラブラック騎士団の方なのですか?」
「いえ、セノさんは騎士ではありません」
「え」
「詳しくはお話し出来ないのですが、騎士以上に強くて立派な人なんです。まだ肩書きはありませんが、間違いなくこの国で1番の剣士だと」
「…尊敬してらっしゃるんですね」
「…はい。私が騎士団長になるためには、セノさんの存在が必要不可欠です」
力強く言い切った後、運ばれてきた魚料理に目線を移した。
「やはり貴女は素敵な女性です。目標に向かってひたむきに頑張る姿勢は素晴らしい。…私も叶えたい夢があります」
「…。」
「身分や生まれ育った場所も関係無く、人と人が純粋に愛し合える、そんな当たり前を作りたいんです」
「純粋に愛し合える……素敵なことですね」
「はい。……以前、私の専属護衛になっていただきたいとお伝えしましたが、あれは本心ではありません」
「え…」
「もし、私の夢が叶う未来が来たのなら、護衛ではなく私の妻としてリアノさんに横に居てほしいのが本音です」
「……え、あの…」
「これは正式なプロポーズではありませんので、今すぐのお返事は結構ですよ。ただ、頭の片隅に置いていて頂ければ幸いです」
どう返答するのが正解か分からない私の頭の中には、セノさんの「ほら言ったじゃん」という声と顔が出てくる。
このことは黙っておこう…。
†
翌朝、本部の西門でルアンカ騎士団長、チキメリ副団長がシーアに乗った私とセノさんを見送ってくれていた。
「セノさん、リアノさん、どうかお身体には気をつけて」
「ぜーーーっったい、絶対にまた会いましょうね!!」
「色々ありがとな」
「お世話になりました!」
“希望の守護神”と呼ばれるユーイエロー騎士団の強さと優しさを知り、私はまた一つ成長できたと思う。
「早く本当の意味で問題解決してくれたらいいですね」
「ねー。ま、ユーイエローの人間がいれば大丈夫でしょ」
予想通り、他国でメガクラスターが起きているという報告があり、医療チームと騎士団から数名ずつ派遣されることになったそうだ。事態の終息には時間を要するだろうが、短期間で感染症を乗り越えたユーイエロー州の経験と知識があれば必ず多くの人が救われるだろう。
✳︎
次の目的地が近づくにつれ、私の緊張は少しずつ増していく。
そんな私の後ろで、セノさんは呑気にあくびをしている。
この人が緊張することなんてあるのかな…。
レッドキン州の中心部、以前視察に行った騎士団本部から少し離れた場所にあるのが、国王達が住む大きな城だ。そこから数百メートル離れた所に王族直属の近衛兵専用訓練場が建っている。
最後の視察相手である近衛兵の方々と明日から2日間交流し、3日後の最終日にシュアタス王子とセノさんが面会予定だ。
「シーア、お疲れ様」
訓練場の門前に着いた私とセノさんがシーアから降りたタイミングで、1人の男性が門から出てきた。
「お待ちしておりました」
ビシッと整えられたヘアスタイルにすらっとした体型、そして威厳に満ちた態度。
この人はきっと……
「元帥のイヅチャと申します」
王族を護る近衛兵のトップだ。




