握る手
セノさんが感染してから2日。病室のベッドに横たわるセノさんは、今だに意識が戻っていない。
窓から光が差し込むベッド横の椅子に座り、ただただセノさんの動かない手を握り続けている私。
「…。」
いつもと違うセノさんの小さな呼吸音に1人耳を澄ませていると、部屋のドアが開いた。
「リアノちゃん」
「…リルリ先生」
昨晩からリルリ先生も駆け付けてくれている。リルリ先生が来てくれたことで、私の心は落ち着きを少しずつ取り戻していた。
「お昼食べた?」
「いえ、まだです」
「あたしもまだだから、本部の食堂で一緒に食べましょ」
「…はい」
✳︎
食堂の隅の席で料理を食べ終わったリルリ先生は、私の顔を覗き込んだ。
「…ちゃんと寝てるぅ?」
「…多少は…」
「だめよぉ!リアノちゃんが元気じゃなきゃドロイヤも心配するわよ」
「…。」
「…今ね、クヤヤやテーディー達がこれ以上の感染を防ぐために、州内の各地で蛇探しを頑張っているみたいよぉ。他の州にまで被害が出たら困るものね」
本来なら私も、騎士の方々と一緒に動かなければいけない。しかし、ルアンカ騎士団長のご厚意でセノさんの側に居させてもらっている。
「…長い槍は蛇退治のためにあるのかって、他の騎士団に笑われそうだけどさぁ、病気の怖さ、命の尊さをどこよりも知っているユーイエロー騎士団だからこそ、自分達の手で終息させたいのよ」
「…。」
「騎士の中には知り合いが感染した人もいるみたい。……リアノちゃんは、ここで報告を待っているだけでいいの?」
「え…」
リルリ先生は、優しくも芯のある表情で問いかける。
「ドロイヤの側にいるだけでいいの?」
「…。」
騎士団長になりたいと偉そうに言っているくせに、都合の良い時だけ部外者面で周りに甘えて、騎士としてすべき事を後回しにしていた。国を守る為、市民を守る為、騎士団長達が今も必死に頑張っているのに……。
「……私、行ってきます!」
「うん、行ってらっしゃーい」
急いで食堂を出た私はシーアの元へ行った。
「シーア!私達も行くよ!!」
私は弓矢を手に持ち、シーアに飛び乗り、ルアンカ騎士団長達のいる町へ向かった。
✳︎
「ルアンカ騎士団長!」
町に着き、空の上から馬に乗ったルアンカ騎士団長に声を掛けた。
「リアノさん、どうしてここに…」
「私も蛇を探します!シーアの視力なら空からでも見つけられると思うので」
「協力感謝するよ!」
速度が人より遅い普通の蛇ならすぐに捕まっているはず。見つけることさえ苦戦しているということは、何か特別な種類なのかもしれない。
しばらくして、シーアが突然進むのをやめ、その場で翼を大きく羽ばたかせる。
「シーア?……あ!」
地上に視線を移すと、あの蛇が地面を這っている。
「シーア、追いながら少しずつ低空飛行に切り替えて」
指示を出した私は弓を構えた。
思ったよりもスピードが遅い。ヌブルー騎士団でのトカゲ訓練に比べれば簡単なはず……え!?
こちらの存在に気付いたのか、蛇はスピードを急加速させる。
速い……確かにこのスピードなら簡単に捕まらないし、人を襲いやすい。
低空飛行を続けながら追うが、速さに加えて左右へ不規則に動くため、狙いがなかなか定まらない。
1本射ってみたものの、数センチズレてしまった。
矢の数は限られている…どうするべき…。
その時1本の槍が蛇の頭を貫通し、地面に突き刺さった。
えっ…
少し先に、馬に乗ったルアンカ騎士団長の姿があった。
「リアノさん、追跡ありがとうございます」
地上に降りた私にルアンカ騎士団長が礼を伝える。
「いえ、私は何も。仕留めてくださりありがとうございました」
あの距離から槍で小さな標的を正確に刺さるなんて、さすが槍のプロだ。
「おそらくこの町の蛇は全て駆除出来たでしょう。陽が沈んでからの捜索は危険も伴うので、他の場所に行った団員含め、一度本部に戻ろうと思います」
「分かりました」
✳︎
夜、セノさんの病室にいる私の所へルアンカ騎士団長とチキメリ副団長が来た。
「あ…お疲れ様です」
「お疲れ様。今、大丈夫ですか?」
「はい」
外へ出ようと立ち上がった私に「ここで構いませんよ」とルアンカ騎士団長は言った。
「リアノさん!いくつか朗報があるんですよ!聞きたいですよね!?」
「あ、はい」
「ここに来た感染者全員が5日以内に意識を取り戻しています!つまり、ぼくらのデータが正しければ、あと3日以内にドロイヤさんは目を覚まします!」
「本当ですか!?」
「はい!」
「どの患者さんも後遺症は無く、元通りの健康な身体ですよ」
…良かった。
「そして!医療施設の研究チームが患者の血や捕獲した蛇の体内を調べ、昏睡状態にならずに済む薬の調合に成功したそうです!」
「こんなに早く…凄いですね」
「治療する医師だけでなく、薬のプロも集っていますからね。明日蛇の生存確認を終わらせ、入院中の患者全員が完治すれば、ユーイエロー州での問題は解決するでしょう。…しかし、まだ大きな問題は終わっていません」
「荷物を送ってきた他国にもあの蛇がいる…」
「そうです。まだ報告は来ていませんが、すでに他国で同様の被害が広がっている可能性が高いです」
「ユーイエローほどの医療技術と知識があれば、迅速に事態を抑えることが出来ますが、そうでなければ今ごろ…」
「メガクラスターが起きているかも…」
「そうなんですよ!対処が遅れて症状が進んでしまった人にも新薬が効くかは、まだ分からないんですけど」
「状況によっては医療班が他国に派遣されるでしょう」
「そうですか」
†
翌朝、病室でセノさんの手を握ったまま寝てしまった私の耳に声が聞こえた。
「…ちゃん。おい、起きろって」
あれ…セノさんの声が聞こえる。これは……夢?
目を開け、ゆっくりと顔を上げると、身体を起こしたセノさんと目が合った。
「……え。……嘘…」
「おはよ。すんげー寝た気がする」
夢じゃない。セノさんが目を覚ましてる!
勝手にボロボロと頬に涙の大きな粒がこぼれ出す。
「え!?お嬢ちゃん、どした!?」
数日間眠っていたとは思えないほど、ケロッとしているセノさんの胸に飛び込んだ。
「…うぉっ!」
「…良かった。ぐずっ…無事で本当に良かったです…。私のこと助けてくれて…ありがとうございました…ぐずっ…」
泣きじゃくる私の頭をポンポンと優しく撫でるセノさんは「あはは、そんな泣くなってー」といつもの調子で言ってくる。
その後、いくつかの検査を受けたセノさん。噛まれた脚や身体全体、脳への後遺症は何も残らず、次の日には無事退院する事ができた。
†
「うっめぇー」
朝、セノさんはチキメリ副団長におすすめされたフルーツジュース屋のテラス席で、搾りたてのオレンジジュースを飲んでいる。その横でバナナミルクを飲む私は、この平和な光景に安堵していた。
「つーかさ、せっかく視察来たのにお嬢ちゃんの訓練があんま出来なかったな。明日移動するし」
「仕方ありませんよ。昼食の後、チキメリ副団長が槍の扱い方を教えて下さるみたいですし、ルアンカ騎士団長の槍の技術も見れましたから少なからず得たものはあるかと」
「ふーん。まぁ、医療の大変さ、凄さを知れたことのほうが良かったのかもね。ユーイエローじゃなきゃ経験出来なかったことだろうし」
「そうですね。騎士団の医療施設との連携も知れたので良かったです。あと、セノさんが眠っている間に、団員の方が戦場で役立つ応急処置の知識を沢山教えて下さったんですよ。自分や仲間が負傷した際に、正しい手当てが出来るかどうかは大事ですから」
目の前の敵を倒すこと以外にも誰かを救える、色んな強さを持った騎士団長になりたい。
「…リアノさん?」
「…?」
突然聞こえた声の方を振り向くと、ジュネリサ卿が護衛2名と一緒に立っていた。




