命を守る者
騎士団本部内を見終わった私達は、連結された渡り廊下を通って医療施設内へ移動した。
「リアノさん、騎士団本部と医療施設が何故同じ敷地内にあるのか分かりますか?」
ルアンカ騎士団長からの問いかけに考える。
「…うーん、負傷した騎士達の治療を早急にするため、でしょうか」
「それも間違いではありませんね。…ご周知の通り、ユーイエローは国内で1番医療技術が発達している州です。それは医療現場で働く人間だけが凄いから成り立っているわけではありません。実は、一般市民の医療知識も高いんです」
「え、そうなんですか!?」
「はい。そして、わたくし達騎士も治療行為が出来るレベルの医療技術を持っています。他の騎士団と違い、武器の技術と同時に医療知識や技術も求められるのがユーイエロー騎士団です。おかげさまでユーイエローは治安も良く、モンスター出現も少ないので、医療施設が忙しい時、困っている時は騎士達が助っ人にいくようにしているんですよ」
だから同じ敷地内に…。州の全員で協力し合って人々の命を守っているなんて、本当に素敵だわ。
「あ、ちょうどいいところに」
ルアンカ騎士団長は、資料を立ち読みしている男性に声を掛け、その男性をこちらへ連れて来た。
男性の頬には大きな傷痕がある。
あれ、この傷のある顔どこかで……
「こちら、副医療長のトマイヤさんです。トマイヤさんは、わたくしの前に騎士団長をされていた方なんですよ」
あ!父さんとの集合写真に写っていた人だわ。髪型は少し違うけど。
「ドロイヤ、久しぶり。去年の視察では会えなかったからな」
「お久しぶりでーす」
「…君か、サドラーンの娘は」
「あ、はい。リアノ・ヒューアルと申します。よろしくお願いします」
「よく似ている。…しかし、あれほど溺愛していた娘をドロイヤに頼むとは、サドラーンの考える事はいつも想像の遥か上だな。…クヤヤ、施設内を案内するのは構わないが、特別処置室へ連れて行くのはやめておけ。先ほど3名の患者が運ばれてきた」
「またですか…。承知しました。では、また後ほど。…さ、次の所へ行きましょう」
何かあったのかな?
†
翌朝、私とセノさんはチキメリ副団長、騎士2名と幌馬車に乗り、遠くにある村の見回りに同行した。
離れた場所への見回りに幌馬車を使用するのは、緊急の患者がいた際にスムーズに運べるからとのこと。また、長い槍を置いて移動しやすい点もあるみたいだ。
「つっきましたよー!」
幌馬車から出た私の前には田畑が広がり、農作物を育てる人々の姿が見えた。
「この村は農作物を中心に生計を立てている方がほとんどです!モンスターが出た事はありませんが、ここ数日畑を荒らしたり作物を食べたりする野生動物が急増という深刻な問題が起きているんですよ!!」
「へー」
「原因を調べるために本日は山へ行き、動物たちや木々の様子も確認しようと思っております」
村の中を見回りをするチキメリ副団長達は、道行く人や畑を耕す人はもちろん、一軒ごとにしっかり挨拶をして簡単な世間話をしていた。
「こんな村の人間とも密なコミュニケーション取ってて、ほんと尊敬すんね」
副団長達のやりとりを後ろから見ているセノさんと私。
「そうですね。本部と物理的距離があっても、普段からコミュニケーションが取れていれば、問題が起きた際にすぐに動くことが出来ますよね」
「だなー」
✳︎
村の人々との交流と見回りを済ませた私達は、近くの山へ徒歩で移動した。
奥へ進みながら5人で周りを確認していく。
「山の食料が無くなったことが原因かと考えていましたが、木の実などが減っている様子はありませんね」
「うんうん!じゃあ、他に原因があるってことだな!?」
わざわざ人里に出てくる理由……。
「木の実はあるけど、動物どこいんの?」
セノさんの言葉に私は周囲を見渡した。
確かにさっきから何の動物も見ていない。どこかに隠れている?それとも、この山から立ち去った?うーん…
…カサッ…
「リアノさん!危ない…っ!」
「え…」
チキメリ副団長の声が響いた時には、私はセノさんに抱えられ、身体が浮いた状態で1、2メートル移動していた。
「ドロイヤさん!大丈夫ですか!?」
チキメリ副団長達は、私を地面に下ろしたセノさんに駆け寄る。
「うん、大丈夫大丈夫ー」
…何が起こったの?
「大丈夫じゃないです!!さっきドロイヤさんの脚に噛み付いたのは…いや、説明は後です!すぐに本部に戻るぞ!」
慌ただしく村へ戻り、幌馬車を騎士団本部へ走らせる途中、セノさんの脚を診ているチキメリ副団長が真剣な口調で説明を始めた。
「ドロイヤさんに噛み付いたあの蛇は、最近問題になっている蛇だと…思います」
え、蛇…?もしかして、蛇に噛まれそうになった私を助けて、セノさんが脚を噛まれたってこと…?
「…実は現在、ユーイエローのとある町で感染症が流行しています。先週1人目の感染者が医療施設に運ばれて来て以来、日に日に患者の数が増加している状況です」
昨日ルアンカ騎士団長とトマイヤ副医療長が話してたのって…。
「その感染症の原因が、あの不思議な模様をした蛇だということが先日判明しました。話によると先週、町に他国から輸入物が届いたそうで、その荷物の中に蛇が数十匹紛れ込んでいたらしいです。ただ、他の町や村ではまだ蛇の生存確認はされていませんでした。人から人への感染がないにも関わらず、感染者が増え続けているので、行動範囲を広げているのかもしれません」
山から動物がいなくなっていたのは、蛇から逃げるためだったのね…。
話を聞いているうちにもセノさんの脚には不思議な模様が浮かび上がり、セノさんは痛みに耐える表情を浮かべた。
✳︎
騎士団本部に着くと、セノさんはすぐさま医療施設へ運ばれた。
「……。」
本部に取り残された私の元へルアンカ騎士団長が来た。
「大変でしたね。大丈夫ですか?」
「はい。……あの、感染した人は、どんな症状が出るんですか?」
「噛まれた部分や回数によりますが…投薬するまでは、激しい痛みに襲われる方がほとんどです」
「…っ」
「そして、痛みが治った後に半昏睡状態になります。意識が戻るまでの時間には個人差がありますが…」
「…え」
「これまで何度か別の感染症治療を経験してきました。どの感染症もきちんとした処置や治療をしなければ身体の一部が壊死したり、意識不明になったり…最悪の場合、死に至ることもあります」
「……。」
死ぬ…?セノさんが…死…ぬの?
「ですが、きちんと対応すれば命や身体に別状は…っ」
「ルアンカ騎士団長…!セノさんを助けてくださいっ!あの…私の、私のせいでセノさんは噛まれたんです…だから、死ぬなんて…。セノさんの脚は戦うために必要なんです…セノさんはこの国に必要な人で…なので、あの…」
「リアノさん」
「もし意識が戻らなかったら…私、えっ…」
ルアンカ騎士団長が取り乱す私の両肩を掴んだ。
「リアノさん!落ち着いてください」
「…はぁ…はぁ…」
「ゆっくり深呼吸して」
「……すーーっ…はぁーー…」
「ここはユーイエロー州です。医療のスペシャリストが集結する場所ですよ。…先ほどお伝えした最悪のケースの話は、ここへの到着が遅れた患者や正しい治療を受けようとしなかった者の事例です。言葉足らずで申し訳なかったです」
「…本当…ですか?」
「はい。…このユーイエローにいる限り、ドロイヤさんのような優秀な方を死なせはしません。後遺症さえ残らない状態で帰すことを約束します、必ず」
今は、真っ直ぐな目で私を見るルアンカ騎士団長を信じるしかなかった。
どうか、どうかセノさんが無事でありますようように…。




