新たな戦術
夕方、ユーイエロー州にあるリルリ先生の自宅に到着した私とセノさん。今夜はここで過ごさせてもらい、明日の朝に騎士団本部へ向かう予定だ。
「みんなお疲れさまぁ。シーアちゃんはこっちのスペースを使ってねぇ」
✳︎
「リルリ先生、この間は本当にありがとうございました」
家の中にお邪魔した私は深々と頭を下げた。
「いいのいいのぉ。あれから痛みはどうかしら?」
「おかげさまで、大きな木剣の訓練を出来るまで復活しました!」
「え!?大きな木剣!?…もぉ、ドロイヤ!治ったばかりの身体に無理させたらだめじゃなぁい」
「仕方ねーじゃん。グレースアの視察だったし」
「リルリ先生、私は本当に大丈夫ですから。ただ……手のひらに大量のマメができてしまって、塗り薬などあればいただきたいです」
「もちろんよぉ。この前はゆっくり話せなかったから、今日はたっぷり話しましょうね」
✳︎
夕食の後、セノさんはソファで寝てしまった。
「シャワーも浴びずに、おっさんみたいな格好で寝ちゃって…ってもうおっさんか」
気持ち良さそうな顔で眠るセノさんをダイニングテーブルの椅子に座り、ハーブティーを飲みながら見ている私とリルリ先生。
「どう?それぞれの騎士団の視察は」
「はい、どの騎士団も強さの個性があって、学びのある濃い毎日を過ごさせてもらっています。騎士団長、副団長も素敵な方ばかりで、憧れの人が増えました」
「うふふ、それは良かったねぇ。ドロイヤと一緒に行動してて、大変な事や困っている事はない?大丈夫?」
「そうですねぇ……普段はすごく適当ですし、すぐふざけるのでヒヤヒヤしたり、呆れたりすることはありますけど、戦いの場においては絶対的な信頼を置いています。何度も助けてもらいましたし、セノさんの強さを肌で感じる瞬間が自分の成長に繋がっているなって思います」
「あのドロイヤがそんな風に思ってもらえるなんて、なんだか泣けちゃうわー。…あ、小耳に挟んだんだけど、ジュネリサ卿に口説かれてるんでしょ?今回の視察中にお会いするのぉ?」
「えっ」
もぉ…セノさんが誤解を招く伝え方をしたに決まってる。
「口説かれていませんよ。護衛に推薦していただいただけです。視察中にお会いする予定もないですし」
「あら、そうなのー?」
「セノさんが勝手に面白がっているんです」
「うーん、面白がるってゆうか、俺の弟子に簡単に手出すなよって感じがしたかなぁ」
「え…」
「案外ドロイヤも過保護なのかもねー、ふふっ」
†
翌朝、リルリ先生お手製の朝食を頂いていると、ドアをノックする音が聞こえた。
リルリ先生がドアを開けた瞬間、大きな声が響き渡る。
「おっはよーごさいまーす!ドッロイヤさーん、お迎えにあがりましたよーー!」
色黒の男性騎士が元気いっぱいに入ってきた。
…え、誰!?
「迎えなんて頼んでねーけど。俺らドラゴンイーグルで移動するし」
セノさんの冷静な対応に男性はハイテンションに答える。
「えー!せっかくでっかい幌馬車で来たんですから、一緒に行きましょうよーー!ぼくだけで戻るの寂しいんですけどーっ!」
少年みたい…。
男性は私に視線を向けた。
「あっ!あなたがリアノさんですね!!はっじめましてー!ユーイエロー騎士団、副団長のテーディー・チキメリでーす!」
あ、この人が副団長…
「初めまして、リアノ・ヒューアルと申します。よろしくお願いします」
「リアノさんも幌馬車で行きたいですよね!?」
「あ、えっと…、私はシーアで行くので、チキメリ副団長はセノさんと幌馬車で向かって下さい」
「お嬢ちゃん、俺を裏切んの!?」
「いや、そういうわけじゃ…」
「わっかりました!では、ドロイヤさん行きましょー!!」
セノさんはあっという間にチキメリ副団長に連れて行かれてしまった。
「…。」
シーアの方が早く着くだろうから、私はもう少しゆっくりさせてもらってから出よう。
「うふふ、テーディーも相変わらずねぇ」
「リルリ先生、副団長のことよくご存知なんですか?」
「うん、こんな田舎町まで定期的にパトロールに来てくれるのよぉ。それにほら、あの子人懐っこいから、会うたびに声を掛けてくれてね」
「そうなんですね」
「テーディーはね、他国とのハーフなの。といっても、生まれも育ちもユーイエローだから遺伝子以外はアートビ国の人間そのものね」
アートビ国出身だとしても、他国の血が流れる人間が副団長になるのは初めてだと思う。
✳︎
「あ…あそこだ」
騎士団本部を空から見下ろし、想像以上に広大な敷地に驚いてしまう。
それもそのはずだ。騎士団本部と同じ敷地内には国最大規模の医療施設があり、州内外の患者が入院したり、治療を受けたりしている。一部の王族や貴族も利用しているのは有名な話だ。
私とシーアが本部の西門前に着いてから10分後、セノさんとチキメリ副団長を乗せた幌馬車が到着した。
「おっまたせしましたー!」
元気よく出てきたチキメリ副団長の後ろからダルそうなセノさんが降りてきた。
「俺もシーアちゃんで来ればよかった…」
シーアを団員の方にお願いして、私達は団長室へ案内してもらった。
「しっつれいしまーす!」
チキメリ副団長を先頭に入室すると、肩より少し伸びた髪をハーフアップにした騎士団長の姿があった。微笑んだ目尻は垂れ下がり、顔から優しさが溢れ出ている。
「ドロイヤさん、お久しぶりです」
「久しぶりー」
「リアノさんですね。ユーイエロー騎士団の団長を務めるクヤヤ・ルアンカと申します」
「リアノ・ヒューアルと申します。よろしくお願いします」
「お2人が来て下さるのを楽しみにしていましたよ」
雰囲気も喋り方も穏やかで優しい人だなぁ…。
「早速ですが、騎士団本部内と医療施設内の案内をさせていただきますね。ドロイヤさんは、去年お越しいただいた際と説明が重複してしまいますが、リアノさんにも色々と知っていただきたいので、お許しください」
「全然いーよー」
「お気遣いありがとうございます!」
「では、みんなでいっきましょーう!」
✳︎
「こちらが弓と槍の訓練場です」
「…槍…ですか?」
中へ入ると、練習用の槍を持った騎士団員が手合わせをしていた。
「わたくし共の騎士団は基本的に槍で戦います。他の騎士団で槍を使用しているところは確か無かったと思いますよ」
「槍も色んな種類があるんですよー!あと、上級者になれば対戦に応じて2本同時に使うこともありますよ!すごいでしょー!?」
「はい、とてもすごいですね。槍を使用するのは昔からですか?」
「えぇ、そうですよ。槍には接近戦が不向きというデメリットがありますから、短剣や体術で対応することも稀にありますけどね。先ほど、弓と槍の訓練場とお伝えしましたが、空中にいる敵に対しても、弓より槍を使う方が得意な騎士がほとんどです」
「え、空中にも槍で対応するんですか?」
「びっくりしちゃいますよねー!ほら、あそこ見てくださいよ!」
チキメリ副団長の指差した方向では、天井に吊られた的に向かって槍を片手で投げている団員が数名いる。
ビュンッ!と勢いよく投げられた槍の軸はブレず、そのまま真っ直ぐに的に命中した。
「……すごい」
「クヤヤとテーディーは、もっと遠くの標的にもブレない軌道と落ちない速度で当てられるからね」
「セノさんは出来ますか?」
「俺?んー、どうだろ」
この返答…多分出来ちゃうな。セノさんに出来るか聞くことが愚問だったよね。…それでも、弟子として見ておきたい。師匠の凄技を。
「セノさん、1本だけ投げてほしいです」
「お!いいですねー!ぼくも見たいです、久しぶりに!!」
「えぇー、肩上がる気しないんだけどー」
面倒そうなセノさんは、チキメリ副団長から渡された槍を持ち、深呼吸ではなくため息をつくとすぐさま的に投げた。
ふっ…さすが私の師匠だ。
槍は綺麗に的へ命中した。




