エメラルド騎士
翌日、目覚めた私はベッドの上で身体を起こした。時計の針は12時を指そうとしている。
やばい、寝過ぎた…。だけど身体が楽になってる、良かった。
身支度を整えリビングに行くと、キッチンには昼食を作っている母がいた。
「おはよう」
「おはよう、リアノ。体調はどうかしら?」
「うん、もう大丈夫。…あれ、セノさんと父さんは?」
「2人で市場に出掛けたわよ」
「そうなんだ」
ガチャ…、ちょうどセノさんと父が外から帰って来た。
「おかえりなさい」
「リアノ、寝ていなくて大丈夫かい?」
「もうすっかり良くなったから大丈夫よ」
✳︎
昼食を済ませた私とセノさんはそれぞれ馬に乗り、父と一緒にグリーンメア騎士団の本部へ向かった。
セノさんが馬に乗る姿、初めて見た。意外と似合う…。
到着した私は、久しぶりに嗅いだ本部の匂いに心が落ち着いた。
中へ入り見覚えのある後ろ姿を見つけ、思わず駆け寄ってしまった私。
「ペンラ副団長!」
「…おっ、リアノじゃないか!」
振り返ったペンラ副団長は笑顔を見せた。
「ご無沙汰しております」
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
「はい!」
グリーンメア騎士団のナイトスク・ペンラ副団長は面倒見が良く、騎士候補生や従士への指導も率先して担ってくれる優しい人だ。
「それは良かった。…もしかして、そちらの方は…」
ペンラ副団長はセノさんに視線を向けた。
「あぁ、本日より視察をしてくれるセノ君だよ」
父からの紹介を受け、ペンラ副団長はセノさんに対して姿勢を正した。
「グリーンメア副団長のナイトスク・ペンラと申します。セノさんとお会いできることを心待ちにしておりました。どうぞ宜しくお願いいたします!」
「セノでーす、よろしくねぇ。君のことは、お嬢ちゃんから話聞いてるわ」
「ご存知いただいており光栄です。…ヒューアルさんに本部の案内をしていただいた後、団長と改めてご挨拶に伺いますので、よろしくお願いいたします」
✳︎
本部内を父と私で案内中、セノさんに訊ねられた。
「全然団員がいねーけど、今日は練習休みの日?」
「明日の収穫祭に向けた準備で、ほとんどの団員が今日のうちから西部へ行っているんだよ。だから訓練の様子を見てもらうのは明後日以降になる」
「収穫祭って2年に一度あるやつだよな?」
「はい、そうですよ。一般市民だけでなく、各州から侯爵や伯爵の方々も来られるので、当日は騎士団総出で警護、警備に務めるんです」
「へぇ」
「せっかくだし、セノにも警備を手伝ってほしいんだが、いいかな?」
「えぇー、俺じっとすんの苦手なんだよなぁ」
「セノはじっとしていなくていいさ。リアノと一緒に祭りを楽しみながら見回りをしてくれたら十分だよ」
「おっ、それなら引き受けてもいいスよ」
父さん、セノさんの扱いが上手だわ…。
ひと通り案内が終わったタイミングで、騎士団長と副団長がやって来た。
「セノさん、ご無沙汰しております」
「そうか、ミリレはセノに会った事があったね」
「はい。10年ほど前にメラブラック騎士団の方と来られた際にお目にかかりました」
10年前って、まだ父さんが騎士団長だった頃よね。
「ハラーさんが、団長を退く前に挨拶に来てくれた時か」
「セノさん、改めてご挨拶をさせてください。…グリーンメア騎士団長のミリレ・キオジャと申します。短い日数ではありますが、セノさんから多くの事を学び、吸収し、グリーンメアの平和と強さに繋いでいきたいと思っておりますので、手加減抜きでご指導のほど宜しくお願い致します」
「うわぁ、真面目だねー」
そう、キオジャ騎士団長は真面目な人だ。完璧な七三分けヘアや服装の着こなしを見て分かる通り、テキトーなセノさんとは正反対の性格をしており、訓練や業務中以外の時間も一切手を抜かず、規則的に行動する。もちろん、キオジャ騎士団長が冗談を言っているところを見たことも聞いたこともない。
訓練中はともかく、普段のセノさんとキオジャ騎士団長は絶対仲良くなれないタイプだろうなぁ。
†
次の日の早朝。私とセノさんは騎士団が用意した幌馬車にキオジャ騎士団長、ペンラ副団長と乗り込んだ。
騎士候補生がこのような形で騎士団長達と移動することは前代未聞だが、今の私はセノさんの弟子という立場で扱われているため、同乗の許可を得た。
ちなみにシーアは、父と騎士団本部で留守番をしている。
「開会式は12時を予定しております。開催時間は午後9時まで、各店の片付けや搬出作業が終了するまで我々騎士団の警備は続行します」
移動中、キオジャ騎士団長の説明を聞き、まだ眠そうなセノさんは明らかに面倒くさそうな顔をした。
「食料や食品だけでなく、装飾品や武器など様々なお店が多く出店するため、多方面から大勢の人が訪れるんです。なので、毎回必ず盗難や人的トラブルが発生します。また、公爵や伯爵、そのご家族を狙った事件が発生したことも過去にはありました」
「ですので、私とペンラ、数名の団員は特定の方の警護を担当いたします」
「え、自分らで護衛連れて来ねーの?」
「もちろん、護衛の方が付き添っていますよ。ただ、祭り事なので急に誰かが離れたりするんです。大勢の護衛を引き連れているわけじゃありませんから、そういった場合に自分達が対応できる連携を取ります」
「ふーん、大変だねー」
✳︎
催事会場に到着したキオジャ騎士団長の前に騎士達が整列した。少し離れたところからセノさんとその様子を見ている私は、全団員が揃ったグリーンメア騎士団の迫力に感動している。
深緑のマントに身を包み、整然とした姿はまさに別名“エメラルドナイト”そのものだ。
あぁ、やっぱりかっこいいなぁ。
説明を受けた騎士達は、各自配置へ移動していく。私とセノさんは閉会式を後方から見張る為、増え始めた人混みの中を歩いていた。
「リアノさん!」
見るからに高級な品のある装いをした若い男性が声をかけてきた。
「…ジュネリサ卿。ご無沙汰しております」
「ご無沙汰しております。お会いするのは前回の収穫祭以来ですね。お変わりはないですか?」
「はい、おかげさまで元気にしております」
「それは良かったです。本日はリアノさんも他の方のように警備をされるのでしょうか?」
「私は見回りをしながら祭りに参加する予定です」
「そうですか。…失礼ですが、そちらの方は…?」
ジュネリサ卿は、私の斜め後ろに立っているセノさんに視線を向けた。
「こちらは私の師匠で、一緒に見回りをさせていただきます。セノさん、このお方はユーイエロー州のジュネリサ伯爵のご子息で、前回の収穫祭の時にお話しする機会があったんです」
「へぇ。…初めまして、ドロイヤ・セノです」
「初めてお目にかかります。ロッエ・ジュネリサと申します。リアノさんに師匠となる方がいたのは初耳です」
「師弟関係になってまだ数ヶ月ですので、騎士団関係以外で把握されてる方はほとんどいませんよ」
「そうですか。リアノさんの師匠ということは、グリーンメア騎士団の方ですか?」
「いえ、セノさんは普段メラブラックに住んでいます」
「メラブラック…」
ジュネリサ卿が呟いた時、もうすぐ開会式が始まる鐘の合図が鳴り響いた。
「そろそろ開会式ですね。ジュネリサ卿、どうぞ楽しんでくださいませ」
「…はい、ありがとうございます」
前方へ進んでいくジュネリサ卿を見届けた後、後方で立ち止まった私にセノさんが聞く。
「なに、さっきの伯爵息子、お嬢ちゃんの彼氏?」
「えっ!?何言ってるんですか!そんな関係じゃありませんよ」
「ふーん。でも向こうはお嬢ちゃんに気があるって感じしたけどなぁ。ま、お嬢ちゃんにはヒルイがいるし、金持ちには揺らがねーか」
「…あの、勝手にキーヤス副団長との関係を複雑にしないでもらえますか?」
「あはは、若いっていーねぇ」
もぉ…こういうところ、ほんとおっさんなんだから…!




