帰省
翌朝、宿までサータシ騎士団長とマミアー副団長が見送りに来てくれた。
「セノさん、リアノちゃん、短い期間だったけれど本当にありがとう。刺激的な毎日で楽しかったわ。また会える日を楽しみにしているわね」
「いえいえー」
「こちらこそ色々とご指導いただきありがとうございました!」
「次に会う日までお互いに成長していよう」
「はい!」
✳︎
シーアに乗って上空を移動中、私の後ろにいるセノさんは、帰り際にサータシ騎士団長から頂いたマーマレードを今朝買ったパンに塗りたくっている。
シーアに乗りながら塗るなんて…無駄に器用なんだから。
「おぉ、美味そう。……んっ!これ、すんげぇうめーんだけど!お嬢ちゃんも食ってみろって」
興奮するセノさんからマーマレードがたっぷり乗ったパンを片手で受け取った。
「ありがとうございます。……ほんとだ、美味しい!」
「だろ?…うわぁ、もう一瓶貰えばよかったなぁ」
食べ終わった頃、シーアが突然嬉しそうな鳴き声を響かせた。
どうしたんだろう?…あっ!
私の視線の先に懐かしい光景が広がった。
グリーンメアだ…!
「もうこのままお家に帰ったら?俺の視察もあと半分だし、十分修行出来たと思うしさ」
久しぶりの故郷に心躍らせる私にセノさんは弟子を卒業させるかのような発言をした。
「何言ってるんですか!全ての州の視察に同行させてもらいますし、まだまだ私の修行は終わっていません」
今の私は、仮に目隠しをして片手で戦うセノさん相手でも負けてしまうほど弱い。そんなレベルで弟子を卒業するわけにはいかない。
太陽が沈みかけた時、空から見える我が家の門前には父と母の姿があった。
「父さん!母さん!」
「リアノ!」
シーアから降りた私は父と母に駆け寄り、幼い子供のように勢いよく抱きついた。
「…おかえり」
「ただいま」
「リアノもシーアも元気そうで安心したよ。…久しぶりだね、セノ」
父はシーアの横に立つセノさんに声を掛けた。
「お久しぶりでーす」
「娘のことを引き受けてくれて本当に感謝しているよ。ありがとう」
「いや、ほんとっすよ。無茶振り過ぎるでしょ」
「ははは。立ち話もなんだ、さぁ中へお入り」
グリーンメア州での視察中、セノさんは騎士団の手配した宿ではなく、我が家へ泊まることになっている。
✳︎
数ヶ月振りに我が家へ入ると、食欲をそそる香りが広がってきた。
この香ばしい匂いって…
夕食が準備されたテーブルの上には、数種類のソーセージが皿に乗って置かれている。
「これって、タムさんの…」
「あぁ、そうだよ。以前くれた手紙にセノが食べたがっていると書いていただろう?だから今夜のメインに用意したんだよ」
「まじっすか。さすがヒューアルさん!仕事が早い!」
上機嫌になったセノさんは、当たり前のように椅子に座り「いっただきまーす!」と手を合わせてフォークをソーセージに刺した。
人の家なのに何の遠慮もないわ、ほんとこの人は…。
よっぽど美味しかったのか、セノさんはソーセージをほぼ1人で完食した。他の種類も食べてみたいからと、滞在中にタムさんのお店へ買いに行くと意気込んでいる。
「あ、そういや……もう把握されてるかと思いますけど、大切な娘さんに怪我を負わせたことお詫びします」
夕食の後、使用する部屋を案内しようとした父にセノさんが頭を下げた。予想もしなかった行動に私は驚きを隠せない。
「セノ、頭を上げておくれ」
ゆっくりと顔を上げたセノさんに父は優しく伝える。
「怪我を負わせたのは君じゃないだろう?」
「行動を共にしていて防げなかったのは、俺の責任なんで」
「そんなことありません!未熟な私の実力不足が招いたことです」
「リアノの言う通りだ。セノのせいではないよ。…騎士として生きていく以上、怪我や命の危険は付きものだ。その覚悟を持った上で騎士団長を目指している。そうだろう?リアノ」
「はい」
「リアノ、傷痕を見せてくれるかい?」
父に言われ、負傷した脚を見せた。
「…どこにも傷痕なんて無い。凄腕の医者に処置してもらったおかげだろう」
リルリ先生のおかげで、傷痕も痛みも残らず元通りの脚で過ごせている。
「セノさんがユーイエロー州の立派なお医者さんの所へ連れて行ってくれたの」
「そうか。…お礼を言わなくてはいけないのはこっちだね。娘のことを守り続けてくれてありがとう、セノ」
「いえ…」
✳︎
「リアノ、あなた顔が赤いわよ?」
シャワーを浴びてきた私の顔を見て母が言った。
「え、そうかな?シャワー後だからじゃない?」
「…こっちへいらっしゃい」
母は近寄った私のおでこに手を当てた。
「わ、熱いじゃない。きっと熱ね」
夕食途中から少し身体がふわふわしていたのは熱のせいか…。
「お薬持って行くから、先に部屋で休んでなさい」
「…うん」
リビングに残っていた父は私に「ゆっくり休むんだよ」と言い、ソファに座っているセノさんの横へ移動して話を始めるようだった。
「久々にヒューアルさん達に会えたから、緊張の糸が解けて疲れが一気に出たのかもしれないスね」
「そうかもしれないね。…セノは疲れていないかい?」
「ソーセージ食ったんで疲れゼロです、今は」
「相変わらず体力も桁違いだなぁ。…娘を各州への視察に同行させてくれて感謝しているよ。あの年齢でそんな経験が出来るなんて普通は有り得ない」
「俺が勝手に決めたんで、むしろ付いて来てくれて助かってますよ。1人で回る方がつまんねーだろうし」
「迷惑を掛けていないなら安心したよ。…リアノはどうだい、セノから見て」
「それはどーゆー意味で聞いてます?」
「そうだなぁ、強いて言うなら弟子として、かな」
「うーん、今まで弟子がいたことないんで、比べる奴いないからあれですけど…良い弟子だと思ってますよ俺は。本人が気付いてるかは分かんないけど、基本的に物事を冷静に考えられるタイプかなと。多分、そーゆーとこヒューアルさんに似てるんでしょ」
「ははっ、そんな事初めて言われたよ」
「あとー、騎士団の中で訓練はしてても、外での実戦経験が無かった子が、凶悪集団との戦いやモンスター討伐の場で逃げ腰にならず、自分のやるべき事を的確に判断して行動出来たのは称賛ですねー。…剣術はまだまだ団長レベルには程遠いけど、ここを出てからは確実に成長してるんじゃないかなぁ。若いだけあって吸収力抜群だし」
「そこまで言ってもらえると親としては嬉しいよ。技術面で強くなったのは、セノの元で修行をしているおかげだろう」
「えっ…いやいや、俺何も教えてないっスよ!?俺が教えんの下手くそなの知っててお願いしてきたんですよね!?」
「あぁ、知っているとも。だが、セノの技術を間近で見ることに大きな意味があるんだよ」
「…?」
「自分の目で見て、肌で感じたからといって、すぐに上達するわけではないが、神のような技を間近で見続けると自然と意識やモノの見え方が変わってくるものさ」
「神って…。今の俺は従士でもない、ただのおっさんですよ」
「そんな事を言っていたら、今もなお現役で活躍するオムラに叱られるよ」
「残念ながらもう言われました」
「ははっ。……16年前といい、娘の件といい、セノには助けられてばかりだ」
「別に、助けたって感覚は今も昔もありませんよ。ま、あの赤ん坊だった子が弟子になるんて想像はしてなかったですけどねー」
「そうだね。本当に月日が経つのは早いな…」




