犠牲
バードイーヴィルと対戦中、ヌブルー騎士団の1人が海の中へ落とされ、クロスボウの矢が刺さった身体で溺れかけていた。
私がどうするべきか悩んでいる一瞬のうちに、シーアに乗ったセノさんが助けに向かい、団員の身体を波の中から引き上げた。
「ゲホッ…ゲホッ…」
セノさんに支えられ、砂浜に横たわった団員の身体にはまだいくつもの矢が刺さっている。
「お嬢ちゃん、俺ドラゴンイーグル助けに行くついでにベナスたちのフォローするから、まだ矢は抜かずにそのままにしといて」
「はい、分かりました」
シーアと助けに向かうセノさんから団員に視線を戻すと、真っ赤な血が濡れた服にじわじわと広がっていくのが見えた。
出血が酷い…。早く止血をしたいけど、これだけの傷口を塞げるものが今ここには無い。セノさんが戻って来たら、騎士団本部の医療室に運ばなきゃ。
「大人しく渡しておけば、犠牲なく済んだのになぁ」
交戦中、赤髪の男がツマーサ騎士団長に平然とした口調で言う。
「…それはどちらのことを言っているんだ?」
「そんなのそっちに決まってる。あんなに矢が刺さって今にも死にそうだ」
「…捕らえられた仲間は犠牲ではないのか?」
「まだ生きてる。それにあんた達を倒せば取り返せるから問題ない」
「我々を倒せる…随分な自信だな。確かにお前達は想像以上に強い。しかし、この場で我々全員を倒すことは不可能だ」
「…?」
「なぜなら…」
「ぐわぁっ…」「ゔっ…」
「…!?」
ベナス副団長たちと戦っていたバードイーヴィルの内3人がドラゴンファルコンと共に砂浜に急降下していった。その様子をシーアに乗り、剣を持ったセノさんが空の上から見ている。
自分たちと互角に戦う相手に一瞬で傷を負わせたセノさんの技にベナス副団長は驚きを隠せていなかった。
「えぇー…たった1人で…」
そうだ。セノさんはいつだって1人で簡単に全部を成し遂げてしまう。
「ベナス、ここ俺が対応するから瀕死の団員とドラゴンイーグルの救護を優先してくれる?」
「あっ、はい。承知しました」
「あのおっさんなに?騎士団の奴じゃない気がする」
仲間の危機にも動じない赤髪の男からの問いかけにツマーサ騎士団長は力強く答える。
「あの人に倒せない相手はいない。…我々が最も敵にしたくない人だ」
「へぇ」
赤髪の男は静かに周りを見渡し、仲間に向け一言発した。
「撤収」
えっ…。
その一言を聞き、空にいる2人のバードイーヴィルは高速で海が続く方向へ去り、砂場に倒れる3人とドラゴンファルコンも傷のある身体を起こし、再び空へ飛び仲間の後を追った。
「仲間を置いて逃げるのか?」
ツマーサ騎士団長は矢を向けた状態で赤髪の男に問う。バードイーヴィルの青髪の男とドラゴンファルコン1頭は拘束されたままだ。
「逃げるわけじゃない。また来るから、それまで生かしておいて」
「何を勝手なことを…っ」
「じゃ、また」
赤髪の男も瞬く間に海の彼方へ飛び去っていってしまった。
「逃げ足早ぇな」
突然のことに呆気に取られる私の横へ戻ってきたセノさんは、夜空を見上げながら小さくなっていくドラゴンファルコンを見ている。
「追わなくていいんですか?」
「追わなくていいだろ。…え、追っちゃう感じ?俺、そんな元気ないんだけど」
セノさんは、空から砂浜に降りたツマーサ騎士団長に聞いた。
「お、追わなくて…大丈夫です」
キーサー君から降り、弓矢を手放したツマーサ騎士団長は、普段のおどおどした口調に戻っている。
「人質も…捕えることが、その、できましたし、負傷した仲間の命と手当てが最優先で…。セノさん…あの、本当にありがとうございました」
「礼言われるようなことしてねーよ。命が助かっとけばいいけどな…」
「はい…。ぼ、ボクもこの人を連れて、本部に戻ります」
ツマーサ騎士団長は、拘束された青髪の男をキーサー君に乗せた。ドラゴンファルコンも他の団員が運び始めている。
ずっと黙っていた男は、セノさんに顔を向けてボソボソと呟く。
「おじさんさえいきなゃ余裕で勝てたのに。こっちは殺して、そっちは生かしたまま…ほんと騎士団って嫌になるんだけど」
「悪りぃけど、俺は騎士じゃねーのよ。つまり君は、ただのおっさんに捕まったってことかもねぇ」
「……。」
✳︎
日付が変わった頃、私とセノさんはツマーサ騎士団長と一緒に、重傷の団員が運ばれた騎士団本部近くの医療施設にいた。今も手術室で治療が行われているからだ。
ベナス副団長は本部の医療室で団員の手当てに付き添っており、青髪の男は牢屋に収監されている。
「お嬢ちゃん、もう宿に戻って休みな」
「そっ、そうです。あとは、ぼ、ボクらが付き添うので、戻って大丈夫ですよ」
きっと、私がこの場に居続けても出来ることは何も無い。
「…わかりました。何かあれば言ってください。…お先に失礼します」
「うん、お疲れー」
宿へ向かう私は、静かな夜空を見上げた。
数時間前までの戦いが嘘みたいだ…。バードイーヴィル…最初から最後まで不気味な集団だったな。そして、恐怖を感じる強さだった。
「あの青髪の人を連れ戻しに、またヌブルーにやって来るってことだよね…」
その時、私に出来ることはあるのかな…。
†
2日後。ヌブルー州の教会では、葬儀が執り行われていた。
棺の中には、バードイーヴィルとの戦いで重傷を負ったあの騎士が安らかな顔で眠っている。
「…。」
医師達の懸命な治療も虚しく、尊い命は助からなかった。
棺が教会の外へ運び出された時、外で待機していた亡くなった騎士の相棒であるドラゴンイーグルが甲高く鳴き声を響かせた。
あの日、騎士と同じく瀕死状態だったドラゴンイーグルはなんとか一命を取り留めたのだが、共に戦ってきた騎士団員の死を知ってからずっと何も口にしていないらしい。
言葉では言い表わすことの出来ない深い絆があったんだよね…。
私は、自分の手のひらをぼんやりと見た。
目の前で血を流し苦しむ姿が今も鮮明に脳裏に焼きついている。私にあの出血を止める術があれば、あいつらと戦えるだけの力があれば、貴重な命は救われたかもしれない。
埋葬が終わり、人々が帰って行く中、ツマーサ騎士団長とベナス副団長は墓の前から動かない。セノさんと私はその様子をそっと見守っている。
「…死ぬべきは、ボクだった」
ツマーサ騎士団長の頬に一筋の涙が流れた。
「…団長、それは違いますよぉ。あの場に団長がいたからこそ、オレらは生きているんです」
「……死なないこと」
そう呟いた私の方をツマーサ騎士団長たちが見た。
「前にセノさんが教えてくれたんです。騎士団長として大切なことは、強さや統率力はもちろん、死なないことだって。仲間や市民を守るために最前線で戦うのが騎士団長。どんなにボロボロでも生きてさえいれば最前線に立つことが出来る。…ツマーサ騎士団長は、最後まで全ての命を守るために全力で立ち向かっていました。だから…ご自分を責めないで下さい」
「リアノさん……」
「お嬢ちゃんの言う通り!どんなに自分を責めても失った命は戻ってこねーし、バードイーヴィルのした過去の出来事は変わらねぇよ。…あいつらがまた戻って来ると分かってんなら、それに備えて万全の状態を作る。クヨクヨすんのは、全部終わった後でいいんじゃない?」
「…そうですね」
「セノさんのおかげで生きたまま捕えることもできてますしねぇ」
明日から尋問が行なわれると聞いた。あの男が簡単に情報を言うとは思えないけれど…。
「多分あいつら…キグアの人間だろうな」
セノさんの口から聞き覚えのない名前が出てきた。
キグア…?
「キ、キグア……あまり聞きたくない…言葉ですね」
よく分からないけれど、キグアには何か大きな問題があるんだろうな…。
バードイーヴィルの来襲に備える為、私とセノさんはヌブルー州の滞在を延期した。




