責任とは
ヌブルー騎士団の視察初日。
屋外の訓練場で、国一番の弓使いであるツマーサ騎士団長の技を目の前で見た私は、あまりの凄さに放心状態になっている。
キーサー君から下りたツマーサ騎士団長は、おどおどした状態に戻っていた。
「えっと、こ、こんな感じです。おて、お手本になりましたかね!?」
「……あ、はい!とても!…凄すぎて、吸収するよりも先に感動がきたぐらいです」
「あはは。お嬢ちゃんには悪りぃけど、死ぬほど努力してもこの2人のレベルには数年じゃなれねーよ」
「と、と、とんでもないです」
「有難いお言葉ですー。…ドラゴンイーグルのいない時代から、弓だけは他の騎士団に負けなかったですから、オレ達の代でレベルを低下させるわけにはいきませんからねぇ」
「しっかり技術が受け継がれてんね。…騎乗や剣の練習は、あんましねーの?」
「そうですねぇ。割合としては少ないかもしれません」
「せっ、せっかくセノさんにお越しいただいたので、その…剣術のご指導をおね、お願いしたいです」
「えー。いくら弓使いを得意とする団でも、騎士団長と副団長の君らは剣術だって優秀でしょ」
どの騎士団でも、団長と副団長になる人は剣術、弓使い、武術、どれも人並み以上の実力者だ。
「オレ、剣術は感覚で覚えたんでー、上手く言葉で伝えられなくてぇ」
「ボクは、技を見せることは、でき、出来るんですが、具体的なアドバイスが、その苦手で…。弓なら出来るのに…」
「え、まじで?まぁ、俺も教えるのとか無理だから気持ち分かるけどさぁ」
「……。」
やばい。この3人、強いのに剣術を教える技術が伴っていない…。
いくら弓使いが段違いでも、教え方や普段の様子を知れば知るほど、団長として慕われているのか疑問に思ってしまう…。
†
翌日の午前中。
私とセノさんは、べナス副団長と一緒にヌブルー州の街中を視察も兼ねてパトロールをしている。
「悪りぃね、副団長にパトロールさせて」
「いえいえー。最近はオレや団長もパトロールしてるんでぇ」
騎士団長や副団長になると街のパトロールをしないことがほとんど。メラブラックのように騎士団長が日常的にパトロールしているのは稀だ。通常、騎士団長がパトロールするのはトラブルや重要な出来事が起こる前後…。
「それって“バードイーヴィル”の件が関係してる?」
セノさんがべナス副団長に訊ねた。
バードイーヴィル…?何のことだろう。
「はい、そうですー」
「あの…それは…?」
「この数ヵ月、様々な国で金品や食料の強盗、拉致…殺人をしている凶悪集団ですよぉ」
え…そんな集団がいるなんて知らなかった。
「まだアートビ国での被害は出てねーみたいだけど、そいつらの移動手段聞いた?」
「はい。…ドラゴンファルコンに乗って移動してるって聞きましたぁ」
ドラゴン…ファルコン…?
初めて聞くワードが続き、私は黙って2人の会話を聞いていた。
「……数年前、ヌブルー騎士団のドラゴンイーグルがパトロール中に2頭何者かに拉致されたんです」
そういえば、前にそんな話を父さんから聞いた覚えがある。
「多分、そのドラゴンイーグルの血を使って生み出したのがドラゴンファルコン……戦闘用のハヤブサなんですよ。体はドラゴンイーグルより小さいですが、スピードが段違いだと聞きましたぁ。……ツマーサ団長は、バードイーヴィルの件を知って以来、騎士団の失態が凶悪集団を作り出したんだと責任を感じています」
「……。」
悪いのは、そのバードイーヴィルという集団なのに…。それでも、騎士団長は責任を負わなければならない立場なんだ…。
「…なるほどねぇ。…バードイーヴィルがどこの国の奴らか分かってる感じ?」
「いえ、そこまでの情報は得られていません。現時点で被害にあった国や地域は武力の弱いところが多く、一方的にやられてしまい、尋問のために捕えることすら出来ない状況だったそうですぅ」
つまり、ある程度の武力を持った国の人間か、独自に強くなった集団か…。どちらにせよ、無意味に人や町を傷付けるなんか許せない。
「厄介な集まりってことかぁ…」
セノさんは遠くを見つめ、何か考えているようだった。
✳︎
午後は約束通り、セノさんが剣術の指導をする時間が設けられた。
屋内の訓練場に集められたのは、若手の騎士十数名。
ツマーサ騎士団長、べナス副団長、セノさんが前に立ち、私は邪魔にならないように横の壁際に立っている。
「今日はぁ、みんなの苦手な剣術の練習をしまぁす。ここにいるセノさんは、とーっても剣が上手なのでぇ、しっかり技術を学んでねぇ」
べナス副団長ののんびりした喋りに対し、騎士達は「はっ!」とキレの良い返事をした。
「セッ、セノさん、ご指導よろしくお願いします」
ツマーサ騎士団長に言われ、木剣を持ったセノさんは、若干面倒くさそうな顔で半歩前に出た。
「どーもー、セノです。別にね、俺の剣術は普通なのよ。もっと凄い剣士たくさんいるから、俺の技は良いなと思うとこだけ真似したら十分なんで」
相変わらず自分の凄さを理解していないな、この人は。そもそも真似したくても簡単に出来ないほどのレベルだから、弟子として私は困っているんだ。
「んー、じゃあ、俺の前に縦一列に並んでー。……一人一人のレベル知りたいから、俺に向かって本気で攻撃してきてみて。1人5振りしたら、すぐに後ろの人が斬りかかってくる感じでよろしく。俺は基本的に避けるか守備しかしねーから」
若い騎士達は戸惑いながらも列を作った。
「いつでもどーぞ」
軽い口調のセノさんに対し、先頭に立つ騎士は真剣な顔で木剣を構え「ではいきます!!」と言い、セノさんに向かって走り始めた。
「おりゃぁぁーーー!」
勢いよく迫ってきた剣をいとも簡単に避けたセノさん。速いスピードで切りかかっても、セノさんが剣で捌くことすらなく、次の騎士の番になった。
全ての騎士が攻撃を終えたが、セノさんが剣で守備をしたのは3回ほど。騎士達は渾身の一撃を身軽に避けられ、まるで弄ばれているようだった。
息を切らし肩を揺らす騎士達と呼吸一つ乱れていないセノさんの対照的な姿が横から見守っていた私の目に映る。
攻撃を一切していなくても、セノさんの剣術の凄さは確実に伝わったと思う。
「ま、ちょっとずつ練習してこー」
†
2日後の夜。本部の大衆食堂で夕食を食べ終えた私とセノさんは、宿に戻るため夜道を歩いていた。
今夜は、ツマーサ騎士団長含む数人の騎士がパトロールをするらしい。
「夜は冷えますね」
「なぁ。州全体の緯度の範囲はオレンジブラウンと同じくらいだけど、こっちのほうが主要部分が北にあるからねぇ」
あと数日でヌブルー州の視察も終わる。今だに騎士団長、副団長のリーダーシップを発揮する場面は見ていないけれど、団全体の弓使いはやはりトップレベルで、見るたびに刺激を受けた。
「今のところモンスターの出現もないですし、軽犯罪も起こらず、平和で良かったです」
「うんうん、平和が1番!明日は、南の方に行ってみたいんだよなぁ。ラクリカにお願いしてみよーっと」
宿が近づいた時「セノさぁーん!」と後ろからトリトアちゃんに乗ったべナス副団長がやって来た。
「どした?」
トリトアちゃんから下りたべナス副団長は、ひと呼吸して口を開いた。
「…バードイーヴィルが現れました」
えっ!?
「一緒に来てもらってもいいでしょうか」
「もちろん」
✳︎
シーアに乗った私とセノさん、トリトアちゃんに乗ったべナス副団長が着いたのは、州の最北端にある海。
空には、キーサー君に乗り弓矢を持つツマーサ騎士団長、その他のドラゴンイーグルに乗った騎士達が飛んでいる。
そして、その向かいにドラゴンファルコンに乗ったバードイーヴィル7人の姿。全員、鼻から下の口元を大きな黒い布で隠し、手にはクロスボウを持っている。
そのなんとも言えない薄気味悪さに身体が強張りそうになる。




