別人格
約1週間のオレンジブラウン州滞在は、大きな問題も無く無事に終わった。
「セノさん、色々ご指導いただきありがとうございましたっ!またお会いできるのを楽しみにしておりますっ!」
「本当にありがとうございました。次にお会いする時には、今回ご指摘いただいた点を改善しておきます」
朝、本部の正門で見送りをしてくれているニッハ騎士団長とニーハー副団長は、セノさんに感謝を伝えた。
「いやいや、こっちこそ沢山ご馳走になってありがとねー。どれも美味すぎて、絶対太ったわ」
視察中のセノさんは、騎士達に厳しく指導するわけではなく、時折アドバイスをする程度だった。手合わせを一日だけしていたが、ソノワン兄弟でさえ敵わない強さを見せつけて終了した。そのほかの時間は街の観光や食事を楽しんでいた。
結局、この騎士団に自分は必要だと判断したんだろうか。
「では、お二人とも気をつけて!」
「ありがとうございます。失礼します」
ソノワン兄弟に別れを告げた私とセノさんはシーアに乗り、次の目的地ヌブルー州へ飛び立った。
✳︎
「このオレンジクッキーうまっ。……どうだったー?オレンジブラウン騎士団は」
移動中、私の後ろでクッキーを食べるセノさんに聞かれた。
「そうですね…全ての団を見たわけじゃないのであれですが、ニッハ団長が言っていたようにすごく団結力があって、全体の雰囲気もとても良いと感じました」
「ほんとみんな仲良しだったよなぁ」
「はい。…ソノワン兄弟の連携技は、本当に凄かったです。双子だから出来るわけじゃなくて、これまで築き上げたものがあるんですよね。ベテランの騎士の方もレベルが高かったですし、実戦経験の少ない方々の力が上がれば、大きく成長すると生意気ながら思いました」
「だねぇ。俺、誰かと連携しながら戦うの少ないから勉強なったわ」
セノさんでも、まだ学ぶ事があるんだ。
✳︎
夕方、ヌブルー州の宿に着き、セノさんと一緒にシーアから荷物を下ろしていると「…お、お久しぶりです」と男性の小さな声がした。
振り向くと、眼鏡をかけた騎士らしき男性が緊張した面持ちで立っている。
誰だろ?
「あ、ラクリカじゃん。久しぶりー。元気?」
「あっ、はい。げっ、元気にしてます。セノさんはお元気…でしょうか?」
「あはは。相変わらず普段はおどおどしてんねー。元気元気ー。わざわざ挨拶に来てくれたの?」
「そ、そうです」
2人のやりとりを見ている私にセノさんが紹介をする。
「あ、こちらヌブルー騎士団長のラクリカ・ツマーサ。いい歳してこんな頼りない感じだけど、今この国で1番弓使いがうめーのはコイツだから」
ツマーサ騎士団長は、恥ずかしそうに私に会釈した。
この人がヌブルー騎士団、別名ブルーバードの騎士団長。弓使いのスペシャリストが集まる騎士団を率いる人なんだ。
「こっちのお嬢さんは、グリーンメアの前騎士団長、ヒューアルさんの娘ね。訓練も兼ねて視察に同行してるから、弓使いとか教えてやってよ」
「えっ、あ、ヒューアルさんの…。ならボクが教えることなんて…何も」
「リアノ・ヒューアルです。よろしくお願いします」
「あ、よろしく…お願いします…」
さっきから目が合わない。…失礼だけど、本当に強いのか不安になるなぁ。
†
翌朝、ヌブルー騎士団の本部に移動した私とセノさんは、副団長のピンユ・べナスさんと挨拶を交わしていた。ツマーサ騎士団長も一緒だ。
「初めましてぇ、副団長のピンユ・べナスでぇす」
男性にしては小柄で、ふわふわのパーマがかったヘアスタイルのべナス副団長は、おっとりした喋り方をする。
「ドロイヤ・セノです。よろしくー」
「初めまして、リアノ・ヒューアルと申します。どうぞ宜しくお願いします」
「会えるのを楽しみにしてましたぁ」
「で、では早速、その…見学を…」
「そうですねぇ。見てもらいましょー」
「……。」
おどおどした騎士団長とおっとりした副団長…。団を引っ張る2人がこの様子だと団員達の士気やまとまりが低いんじゃ…。
✳︎
初めに向かったのは、ドラゴンイーグルがいる大型の禽舎。
ズラリと横並びに整列するドラゴンイーグル達の姿は圧巻だ。大型から小型まで様々なドラゴンイーグルがいる。
「わぁ、すごい…」
「ご存知かもしれないですけどぉ、うちは基本的にドラゴンイーグルに乗って戦うんですー。馬に乗るのは従士や騎士候補生ぐらいかなぁ」
「ドラゴンイーグルの数は、ほっ、他の団に比べて、圧倒的に多いと思います…。そ、そのためヌブルー州は、ドラゴンイーグルの繁殖に力を入れています」
ドラゴンイーグルの繁殖は簡単なことではない。グリーンメア騎士団にいるドラゴンイーグルもヌブルー州から買い取ったものが多い。
「数が多いということは、団長や副団長以外の方も専用のドラゴンイーグルがいるということですか?」
「そうですぅ。だからみんな、自分のドラゴンイーグルの世話をしてるんですよぉ。日頃から自分で世話をすることで、一緒に戦うドラゴンイーグルとの意思疎通を強めるんですー。ちなみにオレのドラゴンイーグルはぁ、この子。トリトアちゃんでぇす」
べナス副団長は、一頭のドラゴンイーグルの前で立ち止まった。頭を撫でられるトリトアちゃんは、シーアと同じくらいの大きさだ。
「で、横にいるのが団長の相棒、キーサー君ですぅ」
シーアよりも大きくて立派なキーサー君は、凛としていて堂々とした姿だ。
「キーサー君とトリトアちゃんは、夫婦なんですよぉ」
「あ、そうなんですね!」
夫婦で団長達を支えてるなんて凄く素敵だ。
「お2人もドラゴンイーグルで来たんですよねぇ?」
「はい」
「お嬢ちゃんのシーアちゃんもなかなか立派で、お利口さんだから後で会ってみなよ」
「そうなんですねぇ。ぜひ、トリトアちゃんと仲良くしてやってほしいでーす」
✳︎
屋外の訓練場へ移動した私達。
ドラゴンイーグルに乗った騎士数人が空中から弓を構えている。狙いの先にいるのは、地面を走り回る無数のトカゲ。
ビュンッ…、1人の騎士が矢を放った。
…っ!!
矢の先端、矢尻はトカゲの胴体に突き刺さった。
「…すごい…」
あの距離から動き回るトカゲを仕留めるなんて…。
トカゲを仕留めたのは1人ではない。他の騎士も次々とトカゲの胴体や頭に矢尻を命中させた。
「すげーな」
感心するセノさんと私にべナス副団長が説明を始める。
「百発百中まではいかなくても、全騎士が命中させられるんですよぉ。尻尾切りが出来るのはごくわずかですけどねぇー」
「尻尾切り…ですか?」
「頭や体じゃなくて、トカゲの尻尾を狙うんですー。ほら、トカゲって捕まった時に尻尾を自切りするじゃないですかぁ?それをこっちがするって感じですねぇ」
「あの細い尻尾を狙うってことですよね?…すごい技術が必要そう…」
「ラクリカや君は出来るんでしょ?」
「はい、もちろん出来ますよぉ。むしろ団長は尻尾切りしかしませんねー。ね、団長」
「えっ、あっと…そ、そうですね」
命中させるだけでも凄いのに、尻尾切りしかしないのは凄いどころの話じゃない。
「あの!ぜひ、尻尾切りを見せていただきたいです!」
私の前のめりなお願いにツマーサ騎士団長はオロオロし始める。
「あっ、いや、そんなお見せするほどのものでは…なくて、あの…」
「いいじゃん、見せてあげてよー。お嬢ちゃんは今、弓使いが上手くなりたいのよ。最高峰の技を肌で感じるって大事じゃん?」
「……わ、わかりました。キーサーを連れて来ますので、す、少しお待ちください…」
「ありがとうございます!」
キーサー君を連れて来たツマーサ騎士団長は、弓矢を持ちキーサー君の大きな体に飛び乗った。
国一番の弓使いを見られることにワクワクする私に横に立つセノさんが言う。
「いつも挙動不審なくせに、弓を持つと別人になるんだよなぁ、あいつ」
「え、別人ですか?」
「ほら」
セノさんに言われ、高く空に飛び立ったツマーサ騎士団長を見た。
その表情は遠目からでも分かるほど、堂々としている。さっきまでのオドオドした様子はどこにもなく、キーサー君と共に空中を優雅に移動しているのだ。
ほんとに同じ人…?
そして、ツマーサ騎士団長は、激しく走り回るトカゲに向かって弓を構えた。
ビュンッ…ビュンッ……
連続して5本の矢を放ったツマーサ騎士団長。
「…え、嘘……」
全ての矢がトカゲの尻尾に刺さり、切れている。尻尾の無くなったトカゲたちがバタバタと逃げていく。
私は今、初めてセノさんの弓使いを見た時と同じ、いや、それ以上の衝撃を受けている。
これが、国一番の弓使い。この人が、ブルーバードの支柱。




