冷徹
オレンジブラウン州でのモンスター討伐の翌日。
ニッハ騎士団長とニーハー副団長は、昨晩の件で報告書作成や現地調査で午前中は忙しいため、私とセノさんは2人でシーアに乗って州内を移動していた。
オレンジブラウン州にモンスターが現れたのは3ヶ月振り、あの個体レベルが一度に20体以上出てきたのは3年前以来のことらしい。
つまり、複数のモンスター退治を経験したことのある騎士が少ないということだ。それはモンスターが少なく平和だと言えるが、いざ実戦になった時に力不足や判断ミスが起こりやすい。
私の住むグリーンメア州も同じような環境だけど、騎士団の練習はここよりもモンスター討伐を意識したものかもしれない。
「あ、そこ降りてー」
降り立ったのは、広大な墓地。
シーアから降りたセノさんは、墓に近づきながら私に話し始めた。
「…オレンジブラウン州はさ、16年前のドラゴン襲来で1番犠牲者が多かったんだよ」
…知らなかった。
「当時からでけぇモンスターが出てくるようなとこじゃなかったし、モンスター相手の実戦経験が少ない騎士や従士が多かったんだろうな。……目の前の敵を倒す事だけに必死じゃ、守れるもんも守れねーよなぁ」
そう言ったセノさんの表情は切なくて、後悔が滲んでいた。
「……。」
✳︎
午後になり、騎士団本部に戻った私とセノさんはニッハ騎士団長、ニーハー副団長と団長室で合流した。
「急きょ予定を変更してしまい申し訳ありません」
「柔軟に対応していただきありがとうございますっ!…本日はここで今後についてお話をさせていただき、その後訓練場へ移動する予定です!……まず、昨晩はモンスター討伐にご協力いただきありがとうございました!」
「改めてお礼を伝えさせてください」
ニッハ騎士団長とニーハー副団長は、セノさんに深く頭を下げた。
「いやいや、モンスターいたら倒すっていう当たり前のことしただけだから。礼とか要らんのよ」
「いえ、セノさんがいらっしゃらなければもっと負傷者が出たはずです」
「うちの団の実力不足をカバーしていただき感謝しておりますっ!」
「人数が少ないわけではないのですが、正直、私たち兄弟に並ぶ力や経験を持っている者が年々少なくなっているのが現状です。数年前に大量のモンスターの相手をした時は、実力のある者が対応したので今回のように苦戦はしませんでした」
もしかしたら、ソノワン兄弟は騎士団内の力の格差に悩んでいたのかもしれない。
「んー、騎士団全員のレベルをおんなじにすんのは難しいけど、一人一人のレベルを上げることは可能なんじゃない?…つーか、君らが優しすぎんのかもね。前の団長と副団長、すげぇ厳しくなかったっけ?」
ニッハ団長とニーハー副団長は無言で同時に頷いた。
オレンジブラウンの前の団長、副団長って…
私は頭の中で、父たちの寝室で見た前騎士団長達の写真を思い出していた。
たしか、写真の右側あたりにいたニコニコ顔の2人だったよね?優しそうに見えたけど。
「お2人とも表情はずっと笑顔なのですが…」
「地獄のようなトレーニング、実戦並みの訓練内容、徹底した食事管理……を常に我々にも求めてくるんです」
あ、スパルタの方々だったんだ…。
「あはっ。オレンジブラウン騎士団の別名“冷徹な太陽”ってのにぴったりな2人だったもんなぁ。…別に君らにそこまでの厳しさを求めてるわけじゃねーけど、あの2人に育てられた君ら世代が強いのは事実だよな」
セノさんのような練習しなくたって強い天性の持ち主はほんの一握り。その他大勢は、日々の訓練や実戦を繰り返し、強くなるしか方法はない。
✳︎
外の訓練場に移動する際、セノさんに言われシーアを連れてきた私。
訓練場に集められた騎士や従士は、私のように10代や20代前半の若い人が多い。
彼らは木剣を持ち、横には馬がいる。
「リアノさん、こちらどうぞ!」
ニッハ騎士団長に先端部分がゴム製の矢を渡された。
「…え?」
「お嬢ちゃん、シーアちゃんに乗って空中から攻撃よろしくー」
セノさんが呑気な口調で言ってくる。
「えっ!?私が訓練の相手ですか!?」
「うん。まだ脚治り切ってねーけど、シーアちゃんに乗りながらならいけるっしょ?訓練の相手っつーか、お嬢ちゃんの訓練にもなるしねぇ」
「あ…」
そうか。視察をしながら修行を続けるって、セノさんが直接指導するだけじゃなくて、他の騎士団と手合わせすることも含まれているんだ。
視察に付き添うだけじゃなく、訓練に参加出来るなんて、どれだけ貴重で糧になることか。
「はい!分かりました!」
ニッハ騎士団長が訓練内容の説明を始めた。近くにニッハ団長のドラゴンイーグルがやって来た。
「リアノさんと俺が敵として相手をする!皆んなはドラゴンイーグルがいない、弓矢のない状況で、剣と馬のみで空からの敵と戦う練習をしてほしい!」
「では、各々位置へ」
ニーハー副団長の指示で位置へ動く中、セノさんがドラゴンイーグルに乗ろうとするニッハ団長に耳打ちをするのが見えた。
「開始!」
ニーハー副団長の合図で訓練が始まった。
私はシーアに乗り空へ飛び立つと、地上にいる騎士に向かい弓を構えた。騎士達は得意の連携配置を取っている。
まだ直接セノさんから弓の指導はされていないけど、何度も狩りで使う姿を見てきた。それに、キーヤス副団長の綺麗なフォームも間近で見た。毎晩、剣の振りに並行して構えの練習もしている。弓使いが苦手なんて、そんな言い訳もう言わない…!
ビュンッ…、放った矢は騎士の1人の肩に命中した。
…よしっ!
シーアより少しだけ体の小さなドラゴンイーグルに乗るニッハ騎士団長が騎士達の頭上をぐるぐると飛び回りながら、次々と矢を放つ。
全ての矢が騎士の頭や足、手元に当たり、ニッハ騎士団長の弓使いの上手さが目に見てわかった。
…すごい。やっぱり団長レベルになると弓使いが上手いのは当たり前なんだ。……それにしても、訓練を開始してからのニッハ団長の目つきが明らかに違う。
馬に乗っている騎士達は、空からの攻撃を避けることに必死で、自ら攻撃を仕掛ける余裕がないように見えた。
空中から矢を放ちながら、頭の中で考える。
もし、私が向こう側の立場だったらどう動く?どうやって相手に一撃を与える?……セノさんならどう戦う?
✳︎
約30分後、全ての騎士に矢が刺さったと判断され、対戦は終了した。ニッハ団長と私、ドラゴンイーグルに攻撃できた者はいなかった。
「皆んなお疲れっ!攻撃は出来なかったが、上手く乗りこなしながら避けることは出来ていたと思う!」
ニッハ騎士団長は、いつも通りの明るい表情に戻っている。
「どのようにすれば、空中の敵にダメージを与えられたか、皆で一度話し合ってみてほしい」
ニーハー副団長が話している中、少し離れた所にいる私とシーアの元へセノさんが来た。
「シーアちゃんお疲れー。ほんと、お前は優秀だねぇ、偉いぞ!……お嬢ちゃんもお疲れ。弓、良い感じだったじゃん」
「…ありがとうございます。…あの、対戦前にニッハ団長に何を指示したんですか?」
「え?…あぁ、敵役をする時だけでいいから冷徹になってごらんって言っただけ」
「なるほど…」
「別にさ、何から何まで前の団長みてーになる必要はなくて、今のみんなの明るく楽しい雰囲気はソノワン兄弟だからこそ作れたものだし、壊す必要もない。ただ、命を懸けて命を助ける人を育てるためには、明るいだけの太陽じゃだめなのよ」
前の騎士団長と副団長が冷徹で厳しかった本当の理由は分からないけれど、ドラゴン襲来で多くの犠牲者が出た事への大きな責任を背負っていたのかもしれない。
「次の世代が同じ後悔をしないように……か」




