安心と甘さ
オレンジブラウン騎士団を視察中のセノさんと私。
簡単に訓練を見学した後、ニッハ騎士団長に感想を聞かれたセノさんは、いつもと変わらない口調で答えた。
「… この団で気になる部分は、個人個人の甘さかな」
予想していなかった答えにニーハー副団長は、冷静に聞き返す。
「甘さ…ですか?それは、どういう意味での甘さでしょうか」
「んーとねぇ、戦い中に背中を預けられるってことは、目の前の敵に集中できるすげぇ良いことじゃん?周りを気にせず、自分の前にいる相手に集中しなきゃ勝てない時があるし。……たださ、練習中は全方位に意識持ってた方がいいんじゃねーかなって」
「周りが見えていないということですか?」
「周りが見えてないわけじゃねーのよ。多分だよ?多分、背後や横から攻撃されそうになっても他の奴が対応してくれるっていう安心、悪く言えば甘さを感じたんだよなぁ。当たり前だけど、いつでも誰かと一緒に戦えるわけじゃないし、1人で立ち向かわねぇといけないことだってある。だから常に自分1人で全方向からの攻撃に対応できる意識と実力が必要なんだよ」
昨日の私だ……。大勢に囲まれた時、全方向を意識はしたけれど、対応出来るだけの実力が無かった。
セノさんはあの森で敵が何人、何体いようがいつも1人で対応している。仲間に頼る以前に、個々の強さの大切さを知っているからこそのアドバイスだろうな。
「君らソノワン兄弟の戦うとこは見たことあるから、背中預けつつもちゃんと意識持ってることも、1人で対応できる実力者なのも知ってる。他の一人一人もそこに近づければ、団が一気に強くなんのにもったいねーなって」
セノさんは適当に見ているようで、実は深くまで見ている人だ。セノさん自身に実力があり、相手の良さや改善点を瞬時に見抜く力も備わっているため、的確なアドバイスをする事ができる。
「セノさん!素晴らしい助言ありがとうございますっ!…俺、みんなの士気を高めるために良いとこばっか見て伝えてたんですけど、強くなるためにはそれだけじゃだめですよね」
「確かに1人対複数人の練習は、これまでしたことがありません」
「色んな練習方法考えんの大変だよなぁ。ま、俺まともに練習したことねーけど」
…はぁ、せっかく指導者っぽかったのに…。
✳︎
その日の夜、ソノワン兄弟に案内してもらい、町の洋食屋へ来た。
「わぁー!賑わってますね」
店内に入ると席はほぼ満席状態。各テーブルでお客さんが楽しそうに食事をしている。
予約をしてくれていたようで、すんなり席に座ることができた。
「この店は何を頼んでも絶品なんで、好きなのじゃんじゃん頼んでくださいっ!」
テーブルに並べられた料理の美味しさに感動しながら、セノさんとソノワン兄弟の会話を聞いていた。
どうやらソノワン兄弟は、セノさんの実力を知らないみたいだ。しかし、王子から認められた人ならきっと凄いのだろうと、疑いの気持ちは持たなかったらしい。
ある意味心の広い兄弟だと思う。
「セノさんの実力を疑う気持ちは一切ありませんが、明日はぜひ団員達と手合わせをしていただきたいですっ!」
「まーじでお手柔らかにお願いねぇ。おっさん、若い人みたいに体力ねーから持久戦とか勘弁で」
何を言っているんだこの人は…。どんな時だろうと、息切れひとつしない体力があるくせに。
✳︎
「ニッハ団長、ニーハー副団長、ご馳走様でした。本当にどれも美味しくて感動しました」
店を出た私とセノさんは美味しいものでお腹が満たされ、幸せな気分になっている。
「いえいえ。満足いただけたようで良かったですっ!」
宿に帰り着いたら、シャワーを浴びる前に素振りをしようかな。
そんなことを考えていた時だ。
「うわぁーーーー!!」
…っ!?
どこからか男性の叫び声が聞こえた。
「向こうだっ!」
4人で声が聞こえた方へ向かった。
悲鳴の元へ着くと、ハイエナ型のモンスターが群れで現れていた。10…いや、20体以上はいる。
まだ人への被害は出ていないようだけど、早めに討伐しなきゃ危ない。
今、セノさんとニッハ騎士団長は剣、ニーハー副団長は弓矢を持っている。
「モンスターの出現は久しぶりだな、ニーハー!」
「だね。…夜間パトロール中の団員がこちらへ向かっていると思いますが、それまでは私達で対応です。セノさん、大丈夫でしょうか?」
「はいよー」
この数に対して3人で対応するのは難易度が高いが、ここにいるのは団長と副団長、そしてセノさん。確実に倒せる。
私は脚が治りきっていないから、下手に参戦すれば足手まといになるだけだ。ここは周りの人達への被害を防ぐことに専念するべき。
「私、避難誘導を行います!」
「リアノさん、ありがとうございますっ!」
私は周りにいる人達を安全な場所へ誘導していく。セノさん達は、モンスターへ向かい攻撃を始めた。
✳︎
避難誘導と安全確保を終えた私が現場に戻ると、他の騎士達が駆け付けたタイミングだった。
最前線ではセノさんとソノワン兄弟が次々とモンスターを倒していた。
セノさんは相変わらずの軽い身のこなしで、斬りかかっている。
ニッハ騎士団長とニーハー副団長は、お互いの剣と弓を上手く利用し、息の合ったコンビネーションで攻撃をしていた。
すごい…。掛け声がなくても、目線一つで…いや、それすらなくても息ぴったりだ。もはやこれは連携なんかじゃなくて、1人の人間が分身しているかのような感覚になる。
それにしても、この数のモンスターが一度に現れるなんて、この州では想定外だったろうな。
ハイエナ型のモンスターは、動物のハイエナと同じで、群れで行動をするらしい。そのため、複数で攻撃してくるのが当たり前で、厄介な相手だと、前にセノさんが言っていた。
…駆け付けた騎士は6人。3人ずつに分かれて戦っているけど、モンスターの数が上回っていて、訓練の時に見た連携態勢が崩れているような…。
「ぐわぁっ…!」
モンスターが鋭い牙で、騎士の太ももあたりに噛み付き離れない。
「離れろーー!」
すぐさまニッハ騎士団長がモンスターに斬りかかり追い払ったが、噛み付かれた騎士は立ち上がれないようだ。
「大丈夫かっ!?」
「…ゔっ…」
「…リアノさん!救護お願いしますっ!」
「あ、はい!」
私は負傷した騎士に肩を貸し、離れた場所へ移動した。
どうしよう、出血が激しい…。…あ、そうだ。
昨日セノさんに応急処置をしてもらった時のことを思い出し、自分の服を引き裂いた私は、その布を太ももへ巻きつけた。
✳︎
負傷者の手当てを終えた私は周りを見渡した。
1人抜けたことで、騎士達5人は防御で精一杯の状況になっていた。
「はい、そこどいてー」
そんな危機を救うように、セノさんが騎士達を取り囲むモンスターを一気に斬り倒した。
「君ら、団長達のフォローまわって。ここ、俺がするから」
「えっ、あ、承知しました」
騎士達をソノワン兄弟の援護に行かせたセノさんは、騎士達が苦戦していたモンスターをいとも簡単に倒していく。
あぁ、やっぱりこの人は別格だ。本能的に攻撃をしているが、頭はいたって冷静に周りを見ている。
セノさん、ソノワン兄弟の活躍で、20体以上のモンスターは無事に全て討伐された。
「セノさん!本当にありがとうございましたっ!お一人であの数を次々と倒していくなんて…感服いたしました!」
「ぜーんぜん。つーか、怪我した奴大丈夫?」
「はい。先ほど他の騎士達が病院へ連れて行きました。……ご指摘いただいた点がこんなに早く露呈するとは…」
ニーハー副団長が珍しく複雑な表情を見せた。
「……。」
今回のように沢山のモンスターと一度に出会すことは決して多くはない。しかし、全くないわけではない。
もし、私も戦える状態だったら上手く動けていただろうか。……きっと、無理だったと思う。
安心が生んだ“甘さ”の裏にあるのは、個人の弱さ。私も他人事ではないと痛感する。




