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空に墜ちる -帰投は迷い家のあとで-  作者: 琉斗六


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17/21

5-2:温泉

 マップに立てたピンの位置には、小さな泉があった。

 赤く染まった岩に囲まれている。

 肩から降りた真壁は、傍に駆け寄ろうとして、べちょっと転んだ。


「おい、大丈夫か?」

「岩がぬるっと滑りました」

「どっか打ってないか? 怪我は?」

「ちょっと手のひらを擦りむきましたけど、それだけです」


 若桐はしゃがんで、真壁の手足を細やかに確かめた。


「うん。手のひら以外は、格別大きなキズはないな。よし……」

「すっごいぬるぬるします」

「そもそも、おまえはいま靴のサイズがあってないからな。もっと用心深く歩け」

「はい……」


 しょぼんとした真壁の頭を撫でてから、若桐は改めて泉のふちに屈む。


〝弱アルカリ性・ナトリウム鉱泉・飲料可〟


「都合いいな〜……」


 呆れたような声で、若桐が呟く。


「守さん。温泉って言ってませんでしたっけ?」


 隣で膝をついていた真壁が、泉に手を入れて言った。


「温泉だよ?」

「だって、冷たいですよ?」

「27度つってたからな。あったかかねぇだろ」

「ほかほかのお風呂を想像してました」

「だったら、上空から湯気が見えただろ」

「じゃあ、これ沸かしたら温泉ですか?」

「まぁ、お肌ツルツルになるんじゃね?」


 掬って、口に含んでみる。


「スポドリそっくりの味……」

「え〜、酸っぱいんですか? じゃあお肉の味付けにならなくないです?」

「おまえは食欲ばっかりだな」

「だって、守さんがクマは美味しいって言うから」

「クマはクマ味って言っただけだろが……」


 頬を丸く膨らませている真壁を、若桐は目尻を下げて見ている。


「守さん、一応しょっぱいわけですから、これから塩とれませんかね?」

「どんなもんでも、煮詰めりゃ塩になるだろうが……。その〝煮詰める〟道具がねぇじゃんか」

「あ、そっか。……あれ? それで守さん、あんなにサバイバルキットの話してたんですか?」

「いや、正直あれには鍋釜は入ってないからな。火起こしだの、浄水だのは、ぶっちゃけ今はさほど必要ない」

「そっか……。海上での一人用ボートとかばっかりですもんね」

「まぁ、ナイフがありゃよかったんだが……」


 真壁が泉に手を付けると、いきなり水面が数センチ下がった。


「あ、ホエールに吸い込みやがったな」

「えっ? 駄目でした?」

「いや、駄目じゃないけど……」

「なにか、問題ですか?」

「いや、海上で吸水出来るか、試してみたかったんだ」

「あ、そうか! じゃ、戻します?」

「どっちにしろ使うだろ。いいからあっちに行こう。ここは足場が悪いから、おまえをブン投げる前に転びそうだ」

「はい」


 二人は、泉から少し離れた位置に立つ。


「じゃ、これ持って」

「パラシュートのライン? 何に使うんですか?」

「先端に水を掬うものを繋げたら、回収出来るかなって……。まぁ、時間掛かるけど……?」

「ああ、なるほど。井戸みたいにってことですね」


 真壁は肩に束ねたラインを持った。


「オッケーです」


 若桐は足場を確認してから、真壁を抱き上げる。


「いくぞ」

「……V2……離陸します!」


 パッと若桐が手を放すと、真壁はシュパッと空中高くに飛び上がった。


「無線クリア!」

「よし、ゆっくり降下してこい」


 降りてきた真壁は、やっぱりイーグル戦闘機の機影をしている。


「ライン、降ろせる?」

「そっか……、肩からラインを降ろさなきゃ……ですよね?」


 真壁は、ほぼ独り言のように「あれ?」やら「こうして……」やら言っている。

 空中に停止しているF-15という、実にシュールな絵面を見上げながら、若桐はジッと待っていた。

 すると、機体の後部からどう見てもラインとは全く違うものが出てきた。


「百合緒。それ……、アレスティング・フックだぞ?」

「え〜? ちゃんとラインを降ろしてるんだけどなぁ……?」


 そも、さほどの長さがないはずのアレスティング・フックが、するするする……っと伸びている。


「シュールを通り越して、ナンセンスだな、こりゃ……」

「守さん、ラインの先っぽ、水面につきました」

「うん。俺から見ると、アレスティング・フックが伸びてて……。なんかこう……フィギュアスタンドみたくなってるけども」

「先っぽに桶とか釣って、掬えれば海水も確保出来ますよね。じゃあ、ラインをホエールに格納しま……」


 水面が、またしても数センチ下がった。


「百合緒さん? 今、なにしたの?」

「……ラインの先端が触ってると、僕が触った認定されるっぽいです! これなら海水も、たっぷり持って帰れますね!」

「いや、たっぷり持って帰られても、鍋がないちゅーの」


 きゃっきゃと真壁がはしゃぐと、こころなし飛んでるイーグルの翼が揺れたようだった。



アレスティング・フック:垂直着陸が出来ない戦闘機が、空母に着艦する時に使うかぎ針状の棒。1.5メートルぐらいの長さしかない。

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