成功と実戦
残すは実戦。
理論は完成した。
魔力弾。
魔力剣。
身体強化。
どれも単体で見れば十分すぎる性能だ。
だが、どれだけ机上で完璧な理論を作ろうと、実戦で通用しなければ意味がない。
実際の戦いでは何が起こるかわからない。
相手は動く。
反撃もしてくる。
恐怖や焦りで、自分の動きが鈍る可能性もある。
本当に僕の力は通用するのか。
それを確かめる必要があった。
「さて……どこで試すべきか」
七歳の子供が実戦経験を積める場所なんて、普通なら存在しない。
だが――僕には、一つ心当たりがあった。
リューガの街の西側。
コンガ街。
そこは、この国の汚点とも言える場所だ。
貧民、孤児、ならず者、盗賊崩れ。
表の街で生きられなくなった者たちが流れ着く掃き溜め。
前世でいうなら、スラム街に近い。
そこでは日常的に争いが起きている。
食べ物を奪い合い。
金を奪い合い。
時には命すら奪い合う。
弱者は搾取され、強者が奪う。
そんな場所だ。
法も秩序も、あってないようなもの。
誰かが消えても、大して騒ぎにはならない。
誰かが死んでも、明日には忘れられる。
醜く、汚く、救いのない場所。
……だが。
僕にとっては都合がいい。
「うってつけだな」
人を殺しても騒ぎになりにくい。
本気で力を試せる。
遠慮も、加減も必要ない。
相手もまた、こちらを殺す気で来るだろう。
それこそ実戦だ。
僕は静かに笑った。
「生きるか、死ぬか」
その極限状態でこそ、本当の力がわかる。
魔力弾はどこまで通用する?
魔力剣は人体をどう破壊する?
身体強化でどこまで反応できる?
知りたい。
確かめたい。
試したい。
その好奇心が、胸の奥から溢れ出してくる。
前世では、こんな実験は絶対にできなかった。
だが今は違う。
ここは異世界だ。
力が全ての世界。
弱ければ奪われる。
強ければ奪える。
単純明快で、実に素晴らしい。
僕は森を後にし、街の西側へ視線を向けた。
◇
あれから一度家に帰り軽い準備を済まし寝て次の日。
僕はコンガ街の入り口についた。
薄暗く、淀んだ空気が漂っていて、あそこに行けば、きっとすぐに獲物が見つかるとわかる。
口元が自然と吊り上がる。
「さあて、これが吉と出るか凶と出るかだね」
そう呟き、僕はコンガ街へ足を踏み入れた。
地面には、いつつけられたのかわからない血痕が黒くこびりついている。
壁には意味のわからない落書き。
辺りを見渡せば、布切れ一枚を身体に巻いただけの女が、通行人に食べ物を乞うていた。
だが、誰も見向きもしない。
無視。
あるいは罵声。
それだけだ。
「本で読んだ通りの場所だな……うーん、クソだね。ここは」
リューガの街とはまるで違う。
空気が重い。
匂いも酷い。
生ゴミと腐臭と汗が混ざったような、鼻にこびりつく嫌な臭いが漂っている。
ここに長くいたら、それだけで気が滅入りそうだ。
「さてと……まず何をすれば獲物は引っかかるかな」
僕は周囲を観察しながら歩く。
目つきの悪い男。
虚ろな目の子供。
何かを隠し持つ女。
誰も彼もが余裕を失っていた。
この街では、善人から死ぬ。
そんな空気があった。
「よぉ、坊主」
不意に後ろから声がかかる。
振り向くと、そこには一人の男がいた。
汚れた革ジャンのような服。
無精髭。
濁った目。
口元には薄気味悪い笑み。
いかにもチンピラだ。
「こんなとこ一人で歩いて、なにしてんだぁ?」
――来た。
僕は心の中で笑う。
チャンスだ。
「実は僕……お母さんとはぐれちゃって」
僕は目を潤ませる演技をした。
「気づいたら、こんなところにいて……」
男の口元が歪む。
ニチャァ、と嫌な笑み。
獲物を見つけた捕食者の顔だ。
「そうかぁ、迷子かぁ。それは大変だなぁ」
そう言いながら、男は僕の頭を撫でる。
気持ち悪い。
反射的に腕をへし折りたくなる衝動を抑える。
「お兄ちゃんが一緒に探してやるよ」
芝居が下手すぎる。
だが、こちらとしては都合がいい。
僕は満面の笑みを作った。
「えっ、本当!? ありがとうおじさん!」
男の眉がぴくりと動いた。
おじさん呼びが気に障ったらしい。
面白い。
「……ああ、ついてきな」
「うん!」
僕は騙されたふりをして後ろをついていく。
男は何度も振り返り、僕がちゃんとついてきているか確認していた。
やがて人通りのない、暗い路地裏へ入る。
光も届かない。
逃げ場もない。
最高の場所だ。
「さて、着いたぜ坊主」
男が振り返る。
またあの笑み。
醜悪な笑顔。
「おじさん……ここどこ? お母さんは?」
僕が怯えた声を出すと、男は腹を抱えて笑い出した。
「ケハハハハッ!! お母さん!? そんなもんここにいるわけねぇだろ!」
男の顔から優しさが消える。
剥き出しの悪意。
「お前は騙されたんだよ、坊主」
「え……?」
「今からお前は商品だ」
男は懐からナイフを取り出す。
鈍く光る刃。
「捕まえて売る。ガキは高く売れるからなぁ」
なるほど。
奴隷商か。
想像より小物だった。
「痛い目見たくなきゃ、大人しくしろ!」
男が駆ける。
速い――いや、遅い。
僕は身体強化を発動した。
魔力が全身を巡る。
視界がクリアになる。
世界が、遅くなる。
「馬鹿はどっちだよ」
僕は小さく呟いた。
そして跳ぶ。
男の頭上を軽々と飛び越える。
「……は?」
男の間抜けな声。
そのまま背後へ着地する。
「ど、どういうことだ!? 何しやがった!」
「ただジャンプしただけだよ」
「ふざけんなァ!!」
男が顔を真っ赤にして突っ込んでくる。
雑。
隙だらけ。
初動が丸見え。
ナイフの軌道も読める。
……弱い。
弱すぎる。
「せっかく戦えると思ったのに」
僕はため息を吐く。
「これじゃ、物足りなさすぎるよ」
身体強化。
一歩踏み込む。
男の懐へ侵入。
そして――
鳩尾へ拳を叩き込む。
ドゴッ!!
「ぐぼォッ!?」
男の身体がくの字に折れた。
口から涎が飛ぶ。
ナイフが地面に落ちる。
男は腹を押さえ、その場に崩れ落ちた。
「ねぇ、君」
僕はしゃがみ込み、男の顔を覗く。
「もう少し戦いがいのある人、知らない?」
男の顔が引きつる。
恐怖。
困惑。
理解不能なものを見る目。
「ぼ、坊主……お前、何者だ……」
「ただの七歳だよ」
僕はにっこり笑った。
男は歯を食いしばり、僕を睨む。
「ガキ……調子に乗るなよ……!」
震える声。
だが目だけは死んでいない。
「俺に手を出したってことは……ゴルンダさんに喧嘩売ったのと同じなんだぞ……!」
ゴルンダ。
初めて聞く名前だ。
「へぇ……ゴルンダ?」
僕は首を傾げた。
「誰、それ」
男の顔に狂信的な色が宿る。
「ゴルンダさんは、このコンガ街の支配者だ……!」
支配者。
その言葉に、僕の口角がゆっくり上がる。
少しだけ、期待が膨らむ。
「お前みたいなガキがゴルンダさんを怒らせたら……ただじゃ済まねぇ……!」
男が吐き捨てる。
「お前だけじゃない……家族もだ……!」
男は腹を押さえながら、それでも必死に凄んだ。
「父親も母親も兄弟も……全員、奴隷以下の扱いを受けることになるぞ!」
その言葉を聞いた瞬間。
僕の口角が、ゆっくりと吊り上がった。
「……へぇ」
男が一瞬、言葉を詰まらせる。
僕は一歩、男に近づいた。
「いいね」
さらに一歩。
「面白いじゃん」
男の顔が引き攣る。
おかしいと思ったのだろう。
普通なら、家族を人質に取るような脅しは効果抜群だ。
恐怖する。
怯える。
許しを請う。
そうなるはずだったのだろう
でも、僕は違う。
「な、なんだよ……お前……」
男の声が震える。
僕はしゃがみ込み、男と目線を合わせた。
「君さ、勘違いしてるよ」
僕は微笑む。
穏やかに。
優しく。
「僕にとって脅しっていうのは、恐怖を感じる相手から言われて初めて意味があると思うんだ」
男の喉がゴクリと鳴る。
「でも君、弱いじゃん」
その一言で、男の顔が歪んだ。
屈辱。
怒り。
そして、それ以上の恐怖。
「だから、君がいくら家族がどうとか言っても、正直ピンとこないんだよね」
僕は立ち上がった。
そして、にっこり笑う。
「でも、そのゴルンダってやつは違うんでしょ?」
支配者。
ボス。
このコンガ街の頂点。
そこまで言うなら、少しは期待できる。
少なくとも、この男よりは。
「ねぇ」
僕は男の胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げた。
男の足が地面から離れる。
「そのゴルンダってやつのところ」
僕は口元に笑みを浮かべ静かに言った。
「案内してよ」
男の顔から血の気が引いていく。
「ま、待て……お前、本気で言ってんのか……?」
「もちろん」
僕は即答した。
「だってさ」
胸が高鳴る。
鼓動が速くなる。
期待で、興奮で、身体が熱い。
「ようやく、まともな実戦相手に会えそうなんだから」




