表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/4

支配者と実戦

僕はゴルンダ――コンガ街の支配者と呼ばれる男に会うため、まだ回復しきっておらずフラつきながら歩く男に案内されていた。


「あとどれくらいで着く?」


僕が問いかけると、男は苦しそうに息を吐きながら答える。


「も、もうすぐだ……」


腹を押さえながら歩くその姿は、いかにも情けない。

あの程度の一撃でここまで動けなくなるとは、やはり大したことはない。


それから少し歩くと、一つの建物が見えてきた。


周囲のボロ家とは明らかに違う。


木材と石で作られた二階建ての建物。

完全に綺麗とは言えないが、このコンガ街では異様なほど整っていた。


何より目立つのは――壁に落書きが一切ないこと。

この街では、汚されていない建物の方が珍しい。


それが意味することは一つ。

誰も、この建物に手を出せない。


つまり、ここが支配者の縄張り。


「着いたぜ……ここがゴルンダさんの拠点だ」


男が震える声でそう言った。

やはり、僕の予想通りらしい。


「俺は約束通り、居場所を教えた……もう帰るぞ……」


そう言って男は踵を返そうとする。

だが、僕はその服の裾を軽く掴んだ。


ビクッと男の肩が跳ねる。


「な、なんだよ……」


僕はにっこり笑った。


「僕はゴルンダのところに案内しろって言ったんだ」


男の顔が青ざめる。


「君が案内したのは、居場所までだよね?」


「……っ」


「まだ、“本人の前”まで案内してない」


男の顔が恐怖で歪んだ。

今にも泣きそうな顔だ。


「わ、わかった! わかったよ! 連れていけばいいんだろ!」


男は半ば叫ぶように言い、震える手で扉を開けた。


ギィィ……。


嫌な音が響く。


僕は男の後ろについて建物の中へ入った。

中は薄暗かった。


明かりがほとんどない。


壁際に置かれた木箱。

転がる酒瓶。

床には乾いた黒い染み。


血か。


なるほど。

実にこの街らしい。


僕たちは奥へ進む。


静かだ。


不気味なくらい静か。


やがて、廊下の先に一つだけ明かりの漏れる部屋が見えた。


オレンジ色の灯り。

ゆらゆらと揺れている。


おそらく、あそこだ。

そう確信した瞬間だった。


――臭い。


強烈な悪臭が鼻を突いた。


腐った肉。

酒。

汗。

血。


あらゆる不快な臭いを煮詰めたような、最悪の臭気。


「……ひどいな」


思わず眉をしかめる。


部屋に近づくほど、その臭いは濃くなる。

そして、ついに部屋の中が見えた。


「よぉ、グリィ。なんの用だぁ?」


低い声。

腹に響くような重い声だった。


そこにいたのは――大男。


まるで熊だ。


横幅が広いなんてレベルじゃない。

座っているだけで圧迫感がある。


腕は丸太のように太く、首は岩のように太い。

顔には無数の傷跡。


片目には古い切り傷。


机には酒瓶が何本も転がっていた。


男は酒を浴びるように飲みながら、こちらを見ていた。


「ゴ、ゴルンダさん……お疲れ様です!」


男が慌てて頭を下げる。


僕は黙ってその大男を見る。


(へぇ……)


口元が少し上がった。


(こいつがゴルンダか)


今まで会った連中とは違う。

ただ太いわけじゃない。


全身が鍛え上げられている。

脂肪の下に、明らかな筋肉の塊がある。


そして何より――


強い。


少なくとも、さっきの雑魚とは比べ物にならない。

身体強化を使っていなくてもわかる。


こいつは、人を殺し慣れている。

僕の胸が高鳴った。


期待。

興奮。

好奇心。


身体が熱を帯びていく。


(いいね)


ようやく。


ようやく、まともそうな相手に会えた。


(少しは楽しませてくれるかな?)


僕が期待に胸を膨らませていると、ゴルンダの視線がゆっくりと僕に向いた。


鋭い。

獣に睨まれたような圧力。


「おい、グリィ」


低い声が部屋に響く。


「そこのガキはなんだ? ……攫ってきたのか?」


ゴルンダが太い指で僕を指す。

その瞬間、グリィの顔から血の気が引いた。

額に汗が滲む。


「ち、違います……!」


グリィは慌てて首を振る。


「こ、こいつが……ゴルンダさんのところに案内しろって言うんで……仕方なく連れてきたんす……」


その言葉を聞いたゴルンダは、一瞬ぽかんとした。

そして――


「……は?」


数秒の沈黙。

次の瞬間。


「ガハハハハハッ!!」


爆笑。

腹を抱えて笑い出した。


「おいおい、お前ら聞いたか!?」


ゴルンダが周囲の手下たちに叫ぶ。


「あのグリィが、面白ぇ冗談を言いやがったぞ!」


周囲の男たちも一斉に笑い始める。


「聞きましたよ、ゴルンダさん!」


「グリィの奴、笑いの才能あったんすね!」


「ガキがゴルンダさんに会いたいだぁ!? そんなわけねぇだろ!」


下品な笑い声が部屋に響く。

僕はふと横を見る。

グリィは怒りと屈辱で顔を真っ赤にしていた。


……なんというか、少し可哀想だ。


僕は小さくため息をついた。


「この人が言ってること、本当だよ」


笑い声が止まる。

一瞬で空気が冷えた。

全員の視線が僕に集まる。

僕は淡々と続けた。


「僕はゴルンダっていう男に興味があって、ここまで案内してもらったんだ」


沈黙。

ゴルンダの笑みが消えた。

目だけが、鋭く細くなる。


「……おいガキ」


声が低い。

さっきまでの笑い声とは別人のようだった。


「今、なんて言った?」


ゴルンダが椅子に座ったまま僕を見下ろす。


「俺に興味がある、だと?」


空気が重い。

部屋中の男たちが息を呑む。


「それがどういう意味か……わかって言ってんのか?」


僕は首を傾げた。


「意味?」


少し考えるふりをしてから、答える。


「知らないな」


僕は真っ直ぐゴルンダを見る。


「僕はただ、君と戦いたいだけだよ」


数秒の静寂。

そして――


「……ぷっ」


ゴルンダの肩が震える。


「……ガハハハハハッ!!」


再び大爆笑。

今度はさっきよりも大きい。

床が揺れるほどの笑い声。


「おいおいおい!!」


ゴルンダが立ち上がった。


巨大な体が完全に起き上がる。


……デカい。


座っていた時以上の圧迫感。


まるで壁だ。


「ガキが、この俺様と戦うだと!?」


ゴルンダの笑顔が消える。

そして、そのままグリィを見る。


「おい、グリィ」


低い声。

グリィの体が跳ねた。


「お前みてぇな小悪党が、こんなガキに舐めた態度を取らせるわけがねぇ」


ゴルンダの目が細くなる。


「負けたんだろ?」


グリィが震える。


「……このガキに」


「っ……!」


グリィの喉が鳴る。

逃げ場はない。


「は、はい……」


か細い声。


「負けました……それで、ここに案内しろと……」


その瞬間。

ゴルンダの額に青筋が浮かんだ。


「グリィ」


静かな声。

だが、それが一番怖い。


「ここの掟は知ってるよな?」


グリィの顔が青白くなる。


「は、はい……」


声が震える。


「この場所では……強い奴が正義……負けた奴は……死ぬ」


ゴルンダはゆっくり頷いた。


「よくわかってるじゃねぇか」


一歩前へ。

床がミシッと鳴る。


「だったら聞くぜ」


さらに一歩。


「お前、なんでまだ生きてんだ?」


絶望。


グリィの顔が死人のようになる。

足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。


「ゴ、ゴルンダさん……ま、待っ――」


「俺の手で終わらせてやるよ」


ゴルンダが右腕を振り上げる。

丸太のような腕。

あれを食らえば頭ごと潰れる。


「死ね」


振り下ろされる。

その瞬間。


「君の相手は僕でしょ」


僕は身体強化を発動した。


僕は床を蹴った。


バンッ!!


石床が砕ける。


一瞬でゴルンダの懐へ潜り込む。


ゴルンダの目が見開かれた。


「――なっ」


遅い。


僕は腰を落とし、全身の力を掌へ集める。


そして。


ゴルンダの顎へ向かって、掌底を叩き込んだ瞬間――


ゴッッッ!!


鈍く重い衝撃音が部屋中に響いた。


「ぐぼォッ!!」


ゴルンダの巨体が大きく仰け反る。

顎が跳ね上がり、口から血混じりの唾液が飛び散った。

だが、僕はそこで止まらない。


「まだだ」


僕はすぐさま地面を踏み込み、右足に全身の力と身体強化の魔力を集中させる。


筋肉が膨れ上がる感覚。

魔力が脚部を駆け巡る。


そして――


ゴルンダの腹部へ、渾身の蹴りを叩き込んだ。


ドゴォォン!!


爆発したような轟音。

ゴルンダの巨体が宙に浮く。


「がぁッ!?」


二メートルを超える大男が、まるで木の葉のように吹き飛んだ。

そのまま背後の壁へ激突。


バキバキバキッ!!


石壁が砕ける。


壁に大穴が空き、瓦礫が崩れ落ちる。

土煙が舞い上がった。


静寂。


一瞬、部屋の全員が固まった。


誰も理解できなかったのだ。


七歳の子供が。

ゴルンダを。

正面から吹き飛ばした。


あり得ない。

常識が否定された瞬間だった。


「ゴ、ゴルンダさん!?」


「おいガキ!! 何しやがった!!」


周囲の手下たちがようやく騒ぎ始める。


怒号。

困惑。

恐怖。


僕はそんな声を無視して、土煙の向こうを見つめた。


そして静かに言う。


「……流石に、こんなので終わらないよね?」


期待を込めた声だった。

もしこれで終わりなら、正直がっかりだ。


コンガ街の支配者。

その程度では困る。


数秒後。


ガラッ――


瓦礫が動く音。

崩れた壁の奥から、一つの影が立ち上がった。

土煙を掻き分け、ゴルンダが姿を現す。


口元から血が垂れている。

顎は赤黒く腫れ、腹部にも確かなダメージが見える。


……効いている。


だが。

倒れていない。


むしろ。

その目は、さっきまでとは完全に別物だった。


激怒、殺意、憎悪。


それら全てが煮えたぎっている目をしている。


ゴルンダがゆっくり口を開いた。


「……殺す」


低い声。

空気が震える。


「ぐちゃぐちゃに潰して」


一歩、前へ。

床が軋む。


「手足をもいで」


また一歩。

殺気が濃くなる。


「ペットみてぇに飼って」


さらに一歩。

手下たちが後ずさる。


「最後に殺してやる」


その声には、純粋な殺意しかなかった。


……いい。


実にいい。

僕は自然と口角が上がる。


胸が高鳴る。

鼓動が速くなる。

身体が熱い。


これだ。

僕が求めていたのは。


世界を壊す目的とは別の、命を賭けた本物の殺し合い。

前世では絶対に味わえなかった感覚。


最高だ。


「いいね」


僕は笑う。

抑えきれない。

楽しくて仕方ない。


「そっちの方が、やりがいがある」


ゴルンダの額に青筋が浮かぶ。


次の瞬間――


ドンッ!!


床が砕けた。


ゴルンダが消える。


いや、違う。


速い。


巨体に似合わない速度。


身体強化だ。


一瞬で僕の目の前にいた。

巨大な拳が振り下ろされる。

空気が唸る。


「死ねぇぇぇぇッ!!」


僕の頬が吊り上がった。


――ようやく、本当の実戦が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ