76 歓談
旧友二人は賑やかに話しながら、邸宅の立ち並ぶ路地を東へ歩き始めた。
メイユとリョウは少し間隔を空け、その後ろをついていく。
「ロクラさんは、メイユさんのお姉さんなんですよね?
二人は一緒に暮らしてるんですか?」
リョウの問いに、メイユは前を向いたまま答えた。
「今のところって感じだけどね。
できれば私も早く家を出たいと思ってるんだけど……」
そう言って、ぽんとリョウの頭に手を置く。
「その前に、呼び方戻ってない?」
「メイユ……お姉さんは、どうして出て行きたいって思ってるんですか?」
「それでよし。少年の質問に答えると……」
要するに、ロクラの仕事相手が頻繁に屋敷を訪れるため、家の中でもなかなか気が休まらないことが一番の理由らしい。
これから向かう場所は、姉妹の生家であるアワルライン家の屋敷であり、現在は二人の両親と兄、それから何人かの使用人が暮らしているという。
メイユいわく、アワルライン家はアワル家を「ずっと前から、なんか色々支えてきた」家で、歴代当主は領主から重用されてきたらしい。
中でも父親は現領主と同い年で、特に親しい間柄だったという。
近隣領主家との交流も多く、その縁でロクラとアッタース子爵家の一人息子との縁談が持ち上がった。
婚約はとんとん拍子にまとまり、ロクラはアワルにいながら既にアッタース村の統治に関わる仕事を始めている。
その結果、様々な人間が絶えず屋敷を訪れるようになってしまったのだと、メイユは肩を竦めた。
「最近アワル村へ戻ってきた私の方が、むしろ余所者だから文句を言う資格なんてないんだけどね。
長々と話してごめんね。
こんな話、少年にしてもどうしようもないよね」
メイユが自嘲気味に話を締めくくる。
前を歩く二人と同じ速さで歩いていたはずなのに、いつの間にかメイユとリョウは足を止めていた。
それも当然だった。
「メイユちゃん、小さい子にはいっぱい話すのね。
お姉ちゃんが聞こうとしても全然答えてくれないのに」
いつの間にかロクラたちも立ち止まり、こちらを振り返っていたのだ。
リンはにっこり笑うと、握った右手から親指だけを立て、その親指で一軒の邸宅を示す。
「ホストのメイユちゃんには、日が暮れる前に案内してもらえると嬉しいわ」
白い壁は夕日に照らされ、玄関前に広がる芝生の緑との対比が美しかった。
顔を赤くしたメイユに先導され、一行は順番に大きな扉をくぐっていった。
リョウがリンとともに案内された部屋には、長辺が短辺のおよそ二倍ある長方形のダイニングテーブルが置かれていた。
鏡のような漆黒の天板を支える脚には、蔦を模した精巧な彫刻が施されており、一目で高級品だと分かる。
自然と体を強張らせていたリョウの背中を、リンがそっと押す。
リョウは、促されるままに奥の席へ腰を下ろした。
(上座とか下座とかはないのかな)
椅子は長辺に四脚ずつ並んでいる。
リョウは入口から最も遠い席に座り、その隣へリン、正面にはロクラが腰掛けた。
リョウの正面だけを空けたまま、メイユは「ちょっと取ってくるね」と言って部屋を出ていってしまう。
どういう集まりなのかもよく分からないまま、リョウは母親とその同級生に挟まれ、三人きりという少し気まずい状況で取り残された。
「メイユちゃんから聞いたわよ。
私と会えなくて寂しそうにしてたんですって?」
「どっちかというと、あの子の方よ。
三年間でこの屋敷も色々変わっちゃったし、帰ってきてからは目に見えて落ち込んでるように見えるわ」
「治癒所の仕事が忙しいんじゃないの?」
「それもあるとは思うけど、それにしてもね……。
それよりリンは?
兵舎勤めに変わったんでしょう?
最近は兵士団も忙しいらしいじゃない」
リョウは一言も発さず、空気のようにその場に座っていた。
雰囲気を壊したくないという気持ちも確かにあった。
だがそれ以上に、ロクラの溌剌として自信に満ちた雰囲気に圧倒されていた。
それでも今回は少しだけ興味があった。
兵士団の忙しさの一端は、自分たちの一件が原因である。
リンはそれをどう説明するのだろうか。
兵士団はどこまで情報を伏せているのだろう。
「メイユちゃんの忙しさにも通じるけど、やっぱり最近は森の様子がおかしいらしいのよね。
大鷲の影響だとしても、不穏だわ。
何かの予兆じゃないといいんだけど」
(大鷲って何度も話題に出るけど、結局詳しい話はまだ聞いたことないんだよな)
「不吉なこと言わないでよ。
ますますアッタース行きが遠のいちゃうじゃない」
「今アッタースが落ち着かないのは分かるけど、早く結婚しちゃえばいいのに。
もう私たちだって若くないんだから。
ほら、リョウなんてもう七歳になるんだよ?」
リンは右手をリョウの左肩へ置く。
話のだしに使われたことを察しながらも、リョウは小さく礼をするように上体を傾けた。
鋭角から見れば漆黒だった天板も、真上から見ると白い粒が星のようにきらめいて見える。
「まあ、あなたたちみたいな熱々の恋愛だったら、そうしたかもね。
あの頃のリンときたら、口を開けば惚気話ばっかりで……」
次の瞬間、リンの右腕が伸びた。
リョウの頭を引き寄せ、その身体を自分の前へ抱き込むようにして両耳を塞ぐ。
彫刻の施された幕板の向こうにロクラの白い脚が見え、反射的にリョウは目を閉じた。
「うるさいうるさい!
子供の前でそんな話する必要ないじゃない!
それを言うなら私だって色々言えるわよ。
捨てられて泣きじゃくってた頃の話を、メイユちゃんに教えてあげてもいいのよ?」
骨伝導のように、リンの声が耳を塞いだ手越しにリョウの頭へ響いてくる。
普段は見られない母親の一面を目の当たりにし、リョウはどこか微笑ましい気持ちになった。
その時だった。
バタン、と勢いよく扉が開く。
「私に何を教えてくれるんですか?
あれ、リンさん? リョウくんに何してるんですか?」
戻ってきたメイユが、不思議そうに質問する。
こうしてメイユが部屋へ戻ってくるまで、結局リョウは一言も口を開かなかったのだった。




