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75 旧友

仕事を早めに切り上げてきたというリンに連れられ、リョウはアワル村の北部を訪れていた。


中央広場から伸びる北の通りは緩やかに左へ弧を描いており、その先を中央広場から見通すことはできない。


道を進むにつれ、南部で見られた画一的な造りの家々が姿を消していく。

中央から北部にかけては、それぞれの建物が独立して建てられているように見えた。


行き交う人々の装いも南部とは明らかに異なっている。

かつてチョウガンが着ていたような鮮やかに染められた服を身に纏う者もいれば、そうでない者であっても上質な布で仕立てられた服を着ているようにリョウには見えた。


物珍しい北部の景色を観察しながら歩いていたリョウだったが、すれ違った男性と目が合い、すぐに逸らされたことで、急に自分が場違いな場所にいるような感覚に襲われる。


右手を繋いでいる母親へ目を向けると、リンは何か考え事をしているようだった。


(母さんは普段から歩き慣れてるのかな?)


ぼんやりと眺めていて、リョウはようやく気付く。

リンが着ている黒いワンピースは、普段着ている服よりも幾分かフォーマルなものだった。


(そういえば、カイの家を出る前に肩の糸くずを払われたっけ……)


北部、特に大通りの近くでは、アワル村でも比較的裕福だったり、身分の高かったりする人々が暮らしているのだろう。


母親の行動は、最低限恥ずかしくない格好でここを歩くためのものだったのだとリョウは理解した。

突発的な予定だった以上、リョウの服を新調する時間まではなかったのかもしれない。


リョウはそう理屈の上では納得しても、結局この道を歩く居心地の悪さまでは解消することができなかった。


「母さん、あとどれくらいで着く?」


耐えかねてリョウが尋ねると、リンは足を止めた。

まるでここが見知らぬ土地であるかのように周囲を見渡し、それから再び北へ視線を向ける。


「次の角を右に入ったところよ。

母さん、ちょっとぼーっとしてたから、リョウが話しかけてくれて助かったわ」


リンは笑い、再び歩き始めた。

リョウも手を引かれるままついていく。


(母さんが上の空なんて珍しいな)


そう思いながら、自分が話しかけなかったら通り過ぎていたのではないかと想像し、少し恐ろしくなった。


「何の考え事してたの?」


少し間を置いて、リンが答える。


「ロクラに会うのが久しぶりだから、緊張してただけよ」


これまでの様子を見る限り、それだけではないようにも思えた。

しかしリョウは追及せず、別の疑問を口にする。


「ロクラさんと母さん、それからメイユさんってどういう関係なの?」


「あら、聞いてなかったの?」


リンは意外そうな顔をした。

メイユとリョウが書店で二人きりになっていたため、そこで説明されたものと思っていたのだろう。


(もっと早く聞いても良かったな)


昨日も一昨日も時間はあった。

もっとも、その頃のリョウは新しい魔法雑誌に夢中だったのだが。


「お店ではメイユさんが本探しで忙しかったから、聞くの忘れてた」


「そうなのね。

簡単に言うと、ロクラと私は同級生。

それから、ロクラの妹のメイユちゃんに私が勉強を教えてたの」


リョウは、メイユがリンに懐いていた様子を思い出した。

教師と生徒の関係だと言われれば納得できる。


「じゃあロクラさんも母さんと同じ、その……」


「ジュジュール学園?」


「そう。ジュジュール学園で勉強してアワル村に来た人ってこと?」


「いや、それは……」


リョウの右腕が軽く引かれる。


「その前に、ここで曲がるわよ」


右を見ると、五メートルほどの幅の道がまっすぐ伸びていた。

突き当たりには無骨な石壁が見えている。


一方で、道の両側には邸宅と呼ぶに相応しい白塗りの建物が並び、大通りとはまた違う空気を醸し出している。


(ここで合ってるの!?)


リョウは思わず、振り返ってリンの顔を見る。

リンは、脇道へ数歩入ったところで立ち止まっていた。


「さっきの話だけど」


リンは声を落として話し始める。


「ロクラはアワル家に代々仕えてきた名家の生まれなの。

だから家族みんな、元々アワルに住んでたのよ」


この路地を目にした時に、なんとなく予想はできた。


だが、本当に身分の高い人物に会いに行くのなら、多少予定を先延ばしにしてでも、もう少し良い服を用意した方が良かったのではないか。


そんな考えを飲み込み、リョウはリンの言葉の続きを待つ。


「それで……」


その時だった。

リンの言葉を掻き消すように声が響く。


「リン、そんなところでだらだらリョウくんと立ち話してるくらいなら、早くうちに入りなさい!」


声はリョウの後ろ、つまり東側から聞こえた。


リンとリョウの後に、この脇道へ入ってきた人はいない。

つまり最初からここにいた人物だ。


リョウはもう一度振り返る。


そこには、淡い桃色のチューブドレスを着たメイユと、暗い藍色のハイネックドレスを纏った女性が立っていた。


声を発したのはメイユではない。

恐らく、もう一人の女性がロクラなのだろう。


メイユとは対照的な長身の女性がこちらを見下ろすだけで、リョウは思わず背筋を伸ばしてしまう。


「はぁ」


リンが小さく息を吐く。


「人には人のペースがあるって、何度も言ってきたと思うんだけど。

それとも、早く入りなさいっていうのは命令かしら、ロクラ?」


そして嫌味っぽく続ける。


「もしかして、ロクラ・アッタース子爵夫人とお呼びしないといけませんでした?」


しかしロクラは少しも動じなかった。


「あらあら。

じゃあこれからはそう呼んでもらおうかしら。

道の真ん中でぼんやり立っているように見えたから声をかけただけよ。

それがあなたのペースなら、私も尊重するわ」


リンとロクラが軽口の応酬を続ける中、メイユがそっとリョウの隣へやってくる。


「ロクラ姉ちゃん、リンさんと会うのが久しぶりで張り切っちゃってるんだ。

あの二人はあれで仲良しだから、リョウくんは怖がらなくて大丈夫だよ」


「うん」


リョウは頷いた。


分かっていた。

二人が本気で言い争っているわけではないことくらい、すぐに理解できる。


本当に仲が悪いのなら、メイユが「最近会えなくて寂しいって言ってました」などと言うはずがない。


本当に冷静さを失っているのなら、わざわざリョウのために「ロクラ・アッタース子爵夫人」と間接的にロクラの素性を紹介する配慮が働くわけがない。


本当に憎み合っているのなら、こうして会うために足を運んだり、待ち切れずに家の外へ出てきたりすることもないだろう。


リョウには分かっていた。

久しぶりに再会した友人たちの時間に水を差すことが、どれほど野暮なことなのかを。

六月中にリョウ七歳編(村落編)を終える予定でしたが、少しはみ出すかもしれません。

内容は薄いものにはしませんので、是非お付き合い下さい。

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