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78/82

74 倍率

母に叩き起こされ、寝ぼけ眼のうちに朝食を詰め込んだ今日もまた、リョウはカイの家に預けられることになっている。


行く場所がオレンジの部屋からカイとシャオユーが暮らしている場所に変わったことと、女子二人が顔馴染みの兵士に置き換わったこと。

その二つを除けば、リョウの生活には脱走以前との特筆すべき変更点は今のところない。


オレンジの部屋に戻れるのはいつなのか。

ディアンが今どうしているのか。

大人たちの中で、ユイを含む自分たちの扱いはどのような議論になっているのか。


様々な疑問を抱えながら過ごしているリョウだったが、それをリンやチンハオにぶつけることはしなかった。

それは、必要な情報は伝えてくれるという信頼を、リョウが身の回りの大人たちに持っているということの表れだった。


ガオの迎えよりも先に、リンが部屋の扉を叩く。

三日続けば、それも日常のように思えてくる。


前の二回と違うのは、この日のリョウは浮き立つような心持ちだったということだ。


家に帰れば、新しい魔法の知識が載っているであろう雑誌が読める。


本来は少し早起きして読み始める予定だったのに、睡眠はなかなかコントロールできないものだ。

フレッシュな気持ちで読み始められるという点では、結果的には良かったのかもしれない。


家に帰る道でのリョウの足取りは非常に軽やかなものだった。




家事や仕事を行っていない時間、リンは家では本を読んでいることが多い。

読んでいる本は次々と新しいものに変わっている一方で、家には大きな本棚などはないので、リョウは中央の役場か南の兵舎のどちらか、つまりリンの職場の付近には図書館のようなものがあると睨んでいる。


リョウも何度か読んでみたいと思ったことはあるが、どうやら借りている本はいつも一冊ずつであるらしいこと、そしてタイトルが難解な小説っぽいことから、リョウ自身が言い出すことはなかった。


例えば、今リンが手に取った本の題は『逆さの箱入り娘』というものだ。

この一つ前に読んでいた本は確か、『マンゴスチン・パラドクス』というタイトルだったはずだ。


(微妙にエッセイとかビジネス書の可能性もあるか......?)


しかし今や、リョウは母親の読んでいる本に興味を持つことはなかった。


ベッドに横になったリョウの手には、昨日買ってもらった『魔法と生きる』の七月号がある。


美術品のような装丁の表紙を捲り、目次を確認すると、先月号で『初心者のための魔法絶対成功ガイド』とされていた特集テーマは、今回は『独自取材! ヘルリーズ第三王子の気になる進学先は?』となっていた。


リョウは少しだけ期待を裏切られた気分になったが、この雑誌で取り上げられている以上、魔法というテーマから大きく外れた話ではないのだろうと前向きに考え、とりあえず頭から雑誌を読み始めることにしたのだった。


ケメルデ王家に生まれた王族は、ほとんどがオルトドクス学園という学園に通い、帝王学を学ぶという。

そんな中、直系の王族であるヘルリーズ第三王子が、難関である国立魔法学園の受験を突破して入学を決めたというのが、この国では大きなニュースになるらしい。


特集記事によると、ヘルリーズ王子は、「この国の産業の礎たる魔法を最大限安全に活用し続けていくことこそ、発展への最も短く、最も有効な道である」と記者に話したとされている。


(学園入学ってことは十歳だよな? 本当にこんなこと言えるのか?

まあ、王族だったら言えるの......かな......?)


リョウは、不思議に思いながらも読み進める。


ヘルリーズ第三王子は、教育係が魔法事故によって片腕を失った人物であったことで、魔法活用における安全性の確保や事故後の補償について強い関心を示したらしい。


教育係の来歴を知ると、王子の言葉には彼の成分が色濃く反映されているような感じがするが、リョウは王子本人と話したわけではないので、どこからどこまでが王子の言葉でどこからどこまでが教育係の言葉なのかは分からない。


次のページには、『国立魔法学園合格への道のり』として、受験勉強の苦労が綴られていた。


付録として、今年度の学園ごとの受験倍率が載っていた。

七月が新年度の始まりであるこの国では、この時期に学園特集が組まれるのも不思議ではないということにリョウは気がついた。


オルトドクス学園は筆記試験の倍率が一・二倍、面接試験の倍率が三倍とされていた。

その一方で、国立魔法学園の倍率は全体で十三倍とされている。

受験に挑む前段階のハードルの高さの違いもあるだろうが、確かに国立魔法学園は難易度が高いようだ。


「母さんは何ていう名前の学園に通ってたんだっけ?」


「ジュジュール学園だけど......それがどうしたの?」


リンは顔を上げると、立ち上がってリョウの近くまで歩き、ベッドに腰掛ける。

リョウはそっと次のページに移ったが、上から摘んで雑誌を引き抜かれてしまった。


「どれどれ......このページで倍率を調べてたのね。

それならそうと言ってくれれば良いのに」


静止したままのリョウの手に、再び雑誌が差し込まれる。


『ジュジュール学園 倍率六・三倍』という文字がリョウの目に入った。


「母さんも父さんもまあまあ勉強できたんだから、リョウも頑張れば何にだってなれるわよ」


その言葉が嫌味っぽく聞こえないのが凄いなあと感心して、リョウは一旦雑誌を閉じると仰向けになって伸びをした。


「そろそろご飯にする? 今日はすぐ出来ちゃうから、言ってくれたら作るけど」


「食べる。夜ご飯なに?」


「パンと塩漬けのお肉と野菜炒め。一応お米もあるから、遅くなってもよければそれでも良いよ」


「パンの方にしようかな。

明日疲れるなら、早く寝たほうがいいだろうし」


リンが立ち上がると、ベッドがかすかに揺れて、天井を見つめているリョウの視界が左右に振れる。


「本当にすぐだから手を洗ってきなさい」


母親の言葉に、リョウはゆっくりと腰を起こしたのだった。

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