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73 同類

リンの歩き去る方向を向いて口元を緩めているメイユの姿は、悪戯好きな子供のようにリョウの目に映った。


「メイユさんは、母さんとはどういう関係なんですか?」


リョウが聞くと、メイユは再び膝を曲げてリョウと目線の高さを揃える。

リンから受け取った硬貨を鞄に押し込んで、空いた右手でリョウの頭をぽんぽんと叩いた。


「おやおや少年、嫉妬しちゃったかな〜?

とりあえず店の中に入って、話はそれからにするってことでいいかい?」


そう言うとメイユは立ち上がり、リョウの返事も聞かずにさっさと店の中に入っていってしまった。

リョウは、久々に年相応に扱われたような感じがして、少しこそばゆい気持ちになる。


つい数秒前に鈴の音を響かせて勢いよく開けられた扉が、ゆっくりと閉じていく。

リョウは、小さな体を扉と壁の隙間に滑り込ませるようにして店内に入った。


「この付近の森に生息する魔物について詳細に書かれた本と、あと、できればメネムス山脈の大鷲についての専門的な書籍もあればって感じですね」


メイユは、冷静に店主に自らの要件を伝えていた。

リンやリョウと話していたときの口調とはスイッチが切り替わったような調子だ。

もっとも、リョウには一方的に煽っただけに過ぎないが。


「この辺りの魔物について纏めた資料は、兵士団から提供されたものがあるからこれを一旦確認してくれるといい」


店の奥から現れた痩身の店主は、メイユに束ねられた資料を渡し、玄関の方に出てくる。


この書店には、兵士団が公開した資料を市井に広げる役割があるらしい。

リョウは、自身が受け取った地図も同じような場所から取り出されたことを思い返していた。


「基本的に書籍は北から届くものばかりだから、あまりその大鷲について書かれたものはないかもしれないけど……」


店主は、扉の内側に立っているリョウに気付いて言葉を切る。


「やあ坊ちゃん、熱心だね。またお父さんのお手伝いかい?」


リョウがメイユにちらりと目を遣ると、彼女は真剣な眼差しで資料を精査しているように見えた。


「あの女の人と一緒に来ました。母の知り合いらしくて……とりあえず、先に彼女の用事を聞いてあげて欲しいです」


リョウは、まあまあ複雑な状況を子供の立場である自分から説明する気が起きず、概要だけを伝えてメイユを待つことにした。


「少年。私のことはメイユお姉さんと呼びなさい」


メイユは紙に目を落としたまま、当然のように口を挟んできた。

リョウと店主の会話にも意識を割いていたのだろうか。


メイユの一連の態度に、リョウは少しムッとしてしまう。


(今それどうでもいいだろ……そもそも僕のことは最初から少年呼びだし)


リョウは今まで出会ったことのないタイプの人間であるメイユにもやもやしながら、彼女の要件を待つことになった。


ところで、もし母親と最初から一緒に書店に来ていたら、先ほどの店主の発言から詰められて、ランの盗みまでもが発覚していたかもしれない。

そういう意味では、メイユはリョウの間接的な救世主とも言える。


リョウは、そう都合良く考えながら、「メイユお姉さん」と呼ぶための助走を心の中で始めたのだった。




結局、メイユは最初に手渡された資料のみを買うことにしたようだ。

その資料にあった大鷲に関しての記述は僅かだったものの、それ以上に有用な情報が他の書籍から見つからなかったらしい。


それほど店内が広くないとはいえ、メイユの注文によって右へ左へと歩かされる店主には、リョウも同情せざるを得なかった。


「じゃあ、今度は少年の話を聞こうか。買いたい本は決まったかな?」


メイユはリョウに尋ねる。

母の頼みをきちんと覚えていたらしい、とリョウは少し意外に思った。

先ほどまでのメイユには、資料探ししか頭に入っていなかったように見えたからだ。


自分の関心があることには、他のことを蔑ろにしてでもついついのめり込んでしまう。

リョウは、メイユも自分と似たようなものかもしれないと考えた。

リョウにとってのそれが魔法で、メイユにとってのそれが医療に対しての知識を蓄えること。

だとすると。


(……あれ? もしかして僕の方がタチが悪いのか?)


年齢を言い訳にせず、もっと謙虚に行動しようという自戒で、リョウの自省は締め括られた。


それはともかく、リョウはリョウで、もちろん自分の興味がある本にあたりを付けていた。

発行から間もないであろう『月刊 魔法と生きる 七月号』を含むそのラインナップに、メイユは首を傾げる。


「少年。私の記憶が正しければ、君は九歳になっていないよな?」


落ち着いたメイユの口調に、面倒なことになったなと、リョウはこの後の展開を察しながらも黙って頷く。


「この村では、幼い子供に魔法や魔物の存在はできる限り伏せるということになっていたはずなのに、どうして君の興味は魔法に偏っていて、さらに私たちの魔物の話を聞いて……いや、聞かせたのは私か……とにかく、どうなってるんだ?」


メイユの問いに対して、リョウは悩みながらも、正直に魔法や魔物を知るまでの経緯を共有することにした。


店主の耳もある場所でそのような経緯を話すと、今後様々なことの収拾がついた後で、石壁を超えた子供の話が兵士団によって公表され、店主の耳にまで届いた時、事件当日に地図と本を一人で買いに来ていたリョウと結びつけられてしまうかもしれないというリスクが存在する。

一方で、濁したまま話が進まずにリンが合流してしまった場合、リョウが一人で書店に来ていた事実が、話の流れ次第では直接リンの耳に入ってしまうかもしれない。

今回のリョウの判断は、後者を重く見てのものだったが、この判断の是非が問われるのはだいぶ先のことだ。


リョウが事情を話し終えると、メイユは感心したように何度か頷いた。


「そうか。じゃあ私が少年の前で魔物の話をしても特に問題なかったわけだ。良かった良かった。

それにしても、さすがはリンさんの息子だけあって、しっかりしてるね。

話がすごく分かりやすかったよ」


メイユは、リョウがピックアップした本を数冊手に取る。


「それで、将来は魔法に関わる職業がいいって感じか」


「はい。できれば、魔法そのものについて研究する仕事がしたいと思っています」


メイユは本を左手片手に持ち替えると、右手を銃の形にしてリョウの方に向けた。


「もしかして、誰かに止められた?」


自信がない様子が気取られたのだろうか。

リョウは首を縦に振る。


「止めた……訳ではないですが、おすすめはしないと」


今度会うのはいつになるだろうと、リョウは魔法の師匠の顔を思い浮かべた。


「ふーん。その様子だと、あんまり納得いってないんだ」


「そうですね。僕のことを考えての言葉だとは分かるんですけど……」


鈴の音がする。


リョウが振り返ると、買い物袋を手に提げた母が扉を丁寧に閉めている所だった。

リンは、リョウと目が合うとにっこりと笑いかける。


「店の前で待っててくれると思ってたのに、思ったより時間がかかったのね。

メイユちゃんに話は聞けた? 買いたい本は決まったのかしら?」


「それが……」


ほとんど何も聞けていないし、何も決まっていない。

リョウがそう言おうとした時、口を挟んだのはメイユだった。


「リンさん、ごめんなさい!

私が目当ての本を探すのに、すごく時間がかかってしまって……」


謝っている割に、その口調は弾んでいる。


「その代わりといってはなんですけど、リョウくんのお話を聞いて良いことを思いついたので、今度またリョウくんも連れてうちに来て下さいよ!

最近会えなくて寂しいってロクラ姉ちゃんも言ってますよ!」


リョウは、「ロクラ姉ちゃん」が誰なのかも、メイユが思いついた「良いこと」が何なのかも、どちらも分からなかった。


それでも、母親が「じゃあ、明日以降の三日間だったらどの日が行ける?」と言ったことで、リョウ自身とメイユとの交流がまだ続くことは理解できた。


付け加えると、それに対してメイユが「どの日でも、リンさんが来たい時にいつでも来て下さい」と語尾にハートマークがついたような口調で返答したことで、メイユが最初からリンと次の約束をしたくて行動していたのかもしれない、とリョウは邪推するのだが、ついぞそれを確かめることはできなかった。




見事、二日後の木曜日に約束を取り付けたメイユは、資料を自分の財布から出したお金で買い、リンに何枚かの硬貨を押し付けると、


「任務を遂行できなかったので謝礼は頂けません!」


と言い残して、ルンルンで店を出て行った。


店の中に、親子二人が立ち尽くしている。


「リョウ、メイユちゃんとの時間はどうだった?」


閉まった扉を茫然と眺めているリンが、リョウに問いかける。


「楽しかったけど、疲れた」


リョウは、正直な感想を言った。


「そうよね......あれでも落ち着いた方なのよ」


リンはそう言うと、再びリョウの方に向き直った。


「約束した雑誌だけ買って、あとはメイユちゃんの思いついたことを聞いてからにしましょうか。

それで良い?」


「そうしたい。ありがとう、母さん」


二人は、『月刊 魔法と生きる 七月号』だけを買い、店を後にした。


リョウはその日も眠気に負けて、せっかく買ってもらった雑誌も結局読むことができなかったのだった。

二話に分ける文字数ですが、まとまりがいいので一話にして投稿します!

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