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69 常識

「母さんたちもフータンって呼んでるの?」


リョウからすれば、ディアンがどこまで話しているのかは分からないので、ひとまず学校の話は伏せる方針で母親に質問を返した。


「ディアンさんがそう名乗ってるからそう聞いただけよ。

母さんたちもって言ったってことは、リョウも聞いたことがあるのね?」


リョウには、母親が少し嫌な顔をしたように見えた。

フータンに対して何か特別な感情を持っているのだろうか、と考えながらリョウは答える。


「聞いたというか、そういう自己紹介をされたというか。

ここでいう森人と、呼び方が違うだけじゃないの?」


「難しいわね……。

でも、リョウなら納得してもらえると思うから話す、よく聞いてね」


リョウは喉を鳴らす。

目の前の母親は、真剣な顔をしていた。


「アワル、というかケメルデ王国では、南の森を支配する人々の存在を認めていないの。

それどころか、フータン族を同じ人類としては見ていないわ」


母親の言葉の前半は、リョウにもスムーズに理解できた。

開拓を続ける以上、森を誰かの領土だとは認められないのだろう。


しかし、後半の部分は言葉の意味がうまく解釈できなかった。

フータン族の存在自体を知らないのか、知っていて政治的意図の下で無視することにしているのか、それとも別の要因で無視しているのか。

そもそも、人類という言葉の捉え方が、リョウの持つ前世に由来する価値観とずれているのかもしれない。


リョウは前世の記憶を持っているが、既に大部分が新たな両親や、友人や、生活の記憶に押し流されている。

今なお引き継いでいるのは、価値観や一般常識などの手続き記憶の一部のみで、エピソード記憶の類は抜け落ちているものがほとんどだ。

この世界で成長する中で、いつの間にか自分の前世の記憶を思い出そうとすらしなくなっている一方で、価値観や知識の部分は前世と通底するものを持っている。


「同じ人類としては見ていないってどういうこと?」


そんなリョウには、母親の発言を素直に受け入れることは難しかった。


「リョウに渡したものには載ってなかったみたいだけど、本によっては魔物の欄に掲載されていることもあるくらいなのよ」


リンは諭すように言う。

しかし、母親の補足説明を受けたリョウの頭には、再びクエスチョンマークが浮かんだ。


「魔法を使える生物を魔物とするなら、当たり前なんじゃない?

そういう決め方になってるなら、たとえば父さんも僕も魔物ではあるんじゃないの?」


リョウの発言に、リンの顔が驚きに固まる。


「いや、そうは……」


反駁する理由を探すが、見つからないようだ。

リンは考え込むように目を瞑ったが、二秒後に再び目を開いた時には、瞳からは動揺の色は消えていた。


「今のところ、そういう風に考えてる人はいないのよ。

リョウの意見も確かに面白い考え方だけど……常識的には、人間は魔物ではない。

そして、フータン族は人間とはされていない」


常識という言葉を口にするのに葛藤があったようで、リンは絞り出すような話し方をした。


「人間って何?」


リョウには、母親の話が見えなかった。

納得するしない以前の問題として、前提が共有できていなかったのだ。


「人間って何って?

それは、神から祝福されて、魔法と知性を与えられた……」


リンはそこで言葉を切り、


「そうよ。人間の魔法は神から与えられたものだから、魔物とは違うのよ。

体の外で魔法を使えるのは人間特有の特徴だわ」


と堰が切れたように早口で語った。

先ほどのリョウの意見に対する反証が見つかったのだ。


しかし、リンの論理は破綻していた。


(それなら、フータン族はどう考えても人間だよな)


リョウは、ヌルールが土魔法のブロックを発現させるのを見ていた。

多少得意不得意があるのかもしれないが、フータン族だからといって体外魔法が使えないわけではない。


よって、人間が魔物でないという説明と、フータン族が人間でないという説明は、矛盾していることになる。


しかし、学校について伏せることにしたリョウは、


「そうなんだ」


とだけ反応し、これ以上話を脇道に発展させない選択肢を選んだ。


「そう。だから、何が言いたいかと言うと、ディアンさんはもちろん、交流を持ったリョウやガオくん、さらには婚約したらしいユイちゃんについても、たかが地方の兵士団にすぎない私たちの立場では、今後の対応を判断できないということを言いたかったの。

とりあえず、ディアンさんだけはユイちゃんを迎えに行くためにもう一度森に入ってもらうことになるけど、あなたたちは対応が正式に決まるまで大人しくしていないといけないわ」


リンは椅子に座り直し、一呼吸空けてから続けた。


「これで、あなたの行いが重大な事態を招いているということは分かってもらえたかしら?」


叱責ではなく、落ち着いたままの口調だった。


(先走って学校について話さなくてよかった)


リョウは神妙に頷きながらも、内心では胸を撫で下ろしていた。

ガオやディアンも黙っていればではあるが、学校のことが知れるかどうかによって、リョウが行ったフータン族との交流の度合いが変わってくるからだ。

好奇心主導な行動によって、フータンの子供たちから魔法を教わり、そして教えたと知れれば、今後のリョウへの対応は変わってしまうかもしれなかった。


「ユイちゃんの気持ちに寄り添えてなかった私たち……兵士団にも問題はあるけど、それでも、行動に移す前に相談して欲しかった。

あなたにはもっと、大人を信頼してほしいわ」


「はい」


リョウの行動はむしろ、大人を信頼していることの証でもあった。

両親に相談しても、子供たちの感情論によって組織が動くことはないだろうというリョウの想像は、二人の職業人としての倫理観を信頼していたからこそできたものだった。


従って、同じ状況に陥った時にどう判断するかは分からないものの、リョウは肯定の返事をした。

母親としてのまっすぐな思いが伝わってきたからだった。


「それに、あなたならもっと上手にできたんじゃないかしら?」


「え?」


それは、リョウの予想していた言葉ではなかった。


「賢いあなたなら、私や父さんを使って、兵士団を動かすくらいのことは考えられるんじゃないかなって話よ。

この家には、絶対的なあなたの味方が二人いるんだから、もっと安全な選択肢を選びなさい。

あなたが思ってるよりも、私も父さんもあなたが幸せに生きることを願っています」


リョウの絶対的な味方の一人は、にっこりと笑って続けた。


「親は、子供の責任を借り受けることが幸せなのよ」

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