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68 狼狽

来た道とは反対側に廊下を進むと、リョウにとっては見覚えのある景色が目に入る。

普段とは入り方が逆ではあるが、そこは間違いなくリョウが通っている託児所だった。


真っ先にオレンジの部屋に目が向くリョウだったが、扉が閉められていたため、室内の様子を窺い知ることはできなかった。

それでも、外から見て分かる範囲に大きな損傷は見当たらなかった。


被害はそこまで広がっていないのだろう。


そう判断したリョウは、安堵の息を吐いた。


「......外で話すには微妙な内容もあるから、とりあえず家に帰りましょうか」


リンの提案により、二人の帰路は比較的落ち着いたものになった。

もっとも、その内容は親子の会話というより、淡々とした情報共有に近い。


この日は応急的な処置として、カイが自宅謹慎となり、それに伴いシャオユーが部屋を離れたこと。

ランは別の教室に預けられていること。

そうした状況を、リョウは順番に説明された。


「火事で怪我をした人はいなかったの?」


「特に聞いてないわ。

そもそも、兵士が到着する頃には火は消されていたそうよ」


「良かった......」


リョウは再び胸を撫で下ろす。


「さっき部屋の扉を見た時も安心してるようだったけど、それは、自分の指示でカイくんを加害者にしてしまわなかったことへの安心かしら?」


母親の指摘に、リョウは見透かされたような気持ちになる。

自分の醜い所を目の当たりにされたような気分になり、思わず俯く。


「......ごめんね、さっきまでディアンさんと話してたから、その時の癖が抜けてないみたい」


リンは一拍置いてから、努めて声色を明るくして続けた。


「そういえば、どうして壁を越える作戦を考えたの?」


「どうしてユイの親の捜索が止まりそうなことを知ったかってこと?」


リョウは下を向いたまま問い返す。


「それもそうだけど......」


ふと、リョウの右側を歩いているリンの足が止まる。

つられてリョウは振り返る。

リンは右手を口元に当て、お手本のような驚きの表情を浮かべていた。


そんな母親を見るのは初めてだった。

その姿に、リョウの気持ちは少しだけ軽くなる。


「えっ? なんで知ってるの?」


考えてみれば、機密事項に値するはずの情報だ。

兵士団としても、漏れているとは考えていなかったのだろう。

それでも、その情報を得ていなければ、子供だけで森に突入するなんて無謀なことはしなかった、とリョウは考える。


本当にそうだろうか?


ユイの兄の状況や、カイから伝え聞いたユイの憔悴する様子などを鑑みれば、実行時期の多少の前後はあれ、リョウが同じような考えに至っていた可能性はある。

ただ、リョウにとっては、ガオのもたらしたその情報が大きな後押しになっていたのも事実だった。


今、そんな自問自答は全く行っていないリョウは、母親の驚きに当惑している。

リョウからすれば、その情報を知らないとされている方がむしろ驚きだったのだ。


「兵士が話してるのを、ガオが聞いちゃったんだよ。

それに、不自然にユイのお兄ちゃんと遠ざけられたのもあるし」


リンはまだ完全には納得していない様子だったが、再び歩き出した。


「そうね......ガオくんが、それをいつどこで聞いたかは分かる?」


「ベルッセから来たタオさんと、そのお母さんと三人でおやつを買い出しに行った時だったと思う。

並んでる兵士が話してたんじゃなかったかな?」


リョウは、朧げな記憶を辿って答える。

十日も経っていないのに、随分前のことのように思えた。


「ガオに聞いたらもっと詳しく分かるかも」


「ありがとう。そうさせてもらうわ。

その上で、どうして森に行けばリョウたちが助けられると思ったのかを......まずは家に入りましょうか」


気付けば、見慣れた黄緑色の壁がすぐそこにあった。




「ガイさんの授業で、南の森に森人と呼ばれる人たちが暮らしているのは教えてもらったんだ。

その上で、父さんと書店に行った時に、森人とコミュニケーションをとるようなことが書いてある本があった気がしたから、可能性はあると思って計画を立てた。

武装して森に入る兵士なら無理でも、子供の僕たちなら話を聞いてもらえるかもと思った」


リョウは、母親の向かいに座って、ゆっくりと計画について話す。


できるなら、ランの盗みは露見しないように。


足取りを追われ、書店への聞き込みが行われればおしまいだが、自ら墓穴を掘るようなことは避けたい。


「三人で行くのは、リョウの判断?」


「最初は魔法が使える僕が一人で行こうと思ってたんだけど、兵士の話を聞いちゃったガオと、薄々気づいてたユイが行きたいって言って、どうしてもって感じだったから、連れていくことにした。

カイとランの二人には後で伝えて、シャオユーさんの気を引いて抜け出す手伝いを頼んだ。

でも、カイがあんなに重く捉えるとは思わなくて……ごめんなさい」


「それに関しては、リョウが悪い部分も当然あるわ」


リンは静かに言った。


「まあ、これに関しては後で話します。続けて?」


「続けてって?」


「三人が抜け出した後よ。

石壁は、リョウの魔法だけで乗り越えられたの?」


どうやら、まずは全てを聞き終えてから話をするつもりらしい。

リョウは少し憂鬱になりながらも、しっかりと自分の言葉で話し続ける。

失言をしないように、慎重に。

けれど嘘はつかないように。


「僕の魔法と、あと、ガオが誕生日プレゼントの木刀を持っていたのが役に立った。

ある程度まで登れば、引っかけたり、引き上げたりできるから。僕の魔法だけだと、登り切れたかどうかは分からない。

結局、マウラナさんだっけ? 兵士の人が来ちゃって、ギリギリで登り切れるぐらいだったから、難しかったかも」


「その後は、どうやってディアンさんに合流したの?」


「水場に行けば会えるかもと思って、森の中を進んでいったら、小さな湖みたいになってる場所は見つけられたんだけど、そのタイミングで大鷲に襲われたんだ。

その時、必死で水魔法を振り回したら、僕は気絶しちゃったんだけど、命は助かったみたいで、気付いたらディアンさんたちの屋敷で保護されてた」


リョウが話し終わると、リンは頬杖をついて、


「ディアンさんの証言と矛盾はないわね……」


と呟く。


リョウは戦々恐々としながら、次の母親の発言を待つ。

いよいよ本題が来るのだろう。


リンは、しばらく考える様子を見せていたが、やがて、宙に浮いていたその視線はリョウをまっすぐ捉える。

しかしその目はリョウが想像していたような咎めるものではなかった。

むしろ優しかった。

だからこそ、リョウは背筋に冷たいものを感じた。


「フータンのお友達はできた?」


想定外の質問に、リョウは二の句が継げなかった。

日曜日は、二話投稿or別視点の話を予定しています。

応援よろしくお願いします。

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