64 帰還
先週の約束を破る形になって申し訳ありません。
十分な時間が取れず、一話投稿です。可能なら明日明後日にでも投稿するので、あまり期待せずにお待ちください。
「母さんが来るとは思ってなかったからです」
リョウは、必死に頭を回して回答を弾き出した。
母親が何を聞きたいのか分からなかったため、上っ面の回答によってひとまずは地雷を回避することを優先したのだ。
「私が来ると何か都合が悪かったってこと? どうしてそう思ったの?」
リンはリョウの方向に顔を向け、さらに質問を投げかける。
その表情は柔和で、責める様子ではなく、むしろ息子の話を聞きたい母親の笑顔のように見えた。
裏腹に、質問の内容と口調は鋭く、曖昧に逃げることを許さないという尋問官めいた圧力が伝わってくる。
リョウは、どこかのタイミングで既に地雷を踏み抜いていたことを察し、罪悪感というよりも、観念したというような感覚で、母親との話し合いに応じることにしたのだった。
「ごめんなさい。母さんは厳しいから、いっぱい怒られると思ったんです」
「……シャオユーさんに我が儘言った時、母さんがなんて言ったか覚えてる?」
リンは進行方向に視線を戻し、世間話のようにリョウに問いかける。
リョウからは表情は見えないものの、その口調は確実に和らいでいて、幾度も繰り返してきた託児所からの帰り道の会話を思い起こさせる。
それは、母が息子に少しずつ愛情や社会哲学を教えてきた記憶でもあった。
もちろん、リンの教えは、リョウの心に刻まれていた。
「判断には、責任が伴う……?」
それでも、合っているかどうかは少し不安で、リョウの語尾がわずかに跳ね上がる。
(というか、七歳児にこんなこと伝えて、理解されるものなのか?
この危険が隣り合わせの世界では、当たり前の感覚なんだろうか……いや、普通に「勝手な行動するな」ってだけの意味だった可能性もあるか)
リョウは口に出して初めて、自分の「行動は自己責任で行え」という解釈が少しずれているかもしれないと感じたのだった。
リンはそう、と首を縦に振り、リョウがまさに今感じたことを見透かすように、言葉を続けた。
「あなたは、自分が責任を取り切れる範囲で今回の行動を行ったと思っているかもしれないけど……」
しかし、その言葉は途中で止まる。
言葉だけでなく、足も止まり、リンは直立不動になる。
そのすぐ後ろを歩いていた兵士二人は、困惑している様子を見せる。
(どうしたんだ?)
突如として、リンは後ろを振り返り、兵士たちを押し除けて数歩踏み込んだかと思うと、リョウとガオを両腕に抱えるような姿勢でしゃがみ込んだ。
「ごめん。こんなこと話してる場合じゃなかった。
……ユイちゃんはどうしたの?」
保護されている二人に加え、足取りのわからない子供がもう一人いることを思い出したのだろう。
その声は、今までの意図的に発された鋭いものとは一線を画す、真に迫った迫力のあるものだった。
その剣幕に怯えたガオが、小さな声で「……まだ森の中で」と言ったのを聞くや否や、リンは立ち上がり、兵士たちに何かを伝えようとする。
リョウは必死に母親の裾を引き、ユイはひとまず無事なので安心して欲しいことを伝える羽目になったのだった。
結局、アワルに辿り着くまでの会話は事実関係の整理に食い潰された。
ユイと現地の貴族の三男が婚約することによって、貴族のみが参加可能なイベントに参加しようとしている、という事実については、リョウとガオが騙されているのではないかと疑われたが、二人の話す内容が一致していること、その婚約相手の母親にあたるディアンが先に連行されていることなどから、判断は保留として、その情報の取り扱いに関してはこの後兵士団で話し合うことになるようだ。
リョウとガオは、それ以外の部分についても、壁を超えた後の行動について逐一確認された。
リョウはそこで初めて、ガオとユイが早い段階で目が覚め、リョウよりも先にトリオーノやディアンとある程度の交流を持っていたことを知ったのだった。
ディアンの人物像については、スティベンとマウラナも加わり証言をした。
意思の疎通がかなり高いレベルで可能であることをリンが繰り返し確認していたことから、自らの母親は今後何らかの形でディアンの取り調べなどに関わるのだろうとリョウは想像した。
最初は石壁に向かって垂直に進み、いざ村が近くなってから、壁を左手にその外周に沿うような針路をとったリョウたちは、やがてアワル村の南門に辿り着くことになる。
リョウは南門に比較的近い領域で生活をしていたわけだが、兵舎の裏に門が位置する関係で、その門を見るのはこれが初めてだった。
(まさか、内側より先に外側を見ることになるとは思わなかったな)
南門は、リョウの想像よりもずっと簡素な、石壁の隙間に鉄格子の扉が設置されているだけのものだった。
扉の下には溝があり、内側から開閉できる片引き戸になっているようだ。
門の内側には常駐しているであろう兵士がおり、扉越しにリンが声を掛けると、ゆっくりと金属が擦れる音を立てて扉が開いた。
扉が完全に開いたことを確認して、リンが中に足を踏み入れる。
それに付き従って四人が門の内側に入ると、すぐさま扉は閉まり始める。
内側から見ると、扉の開閉は人力で行われており、さらにそれがかなりの重労働であることが分かる。
先ほどリンに声をかけられた兵士が、力一杯重い扉を押しているのだ。
「ここでマウラナは本来の割り当てに戻ってもらっていいですが、申し訳ないけど、スティベンはこの子たちを例の家に案内して下さい。
私は直接兵舎に向かいます」
そう言い残すと、リンは兵舎に向かって足早に去っていった。
マウラナは、スティベンの様子を伺うような素振りを見せたが、スティベンが左手で早く行けというようなジェスチャーを行うと、少し遅れて兵舎の方向に向かって走り出した。
扉が閉まる音が鳴り止むと、スティベンは小さく「ついてこい」と言い、兵舎とは逆の方向に歩き出した。
リョウとガオは、むしろ新鮮にも思える石壁の中の世界で、スティベンに従って歩き始めた。




