63 詰問
今回ちょっと長めです。
二人の兵士は、ディアンと向かい合ったまま身動きを取れずにいる。
敵か味方かを自ら判断して軽率に行動することはできないため、責任ある立場の者が到着するのを待っているのだろう。
ディアンは、相変わらずの笑顔を彼らに向けたまま、特に言葉を続けることはしなかった。
兵士たちの背中を眺めながらガオの背中をさすっていたリョウも同じく、黙ったまま場に展開が訪れるのを待っている。
わずかに張り詰めた空気の中で、木の葉が擦れ合う音のみが耳に入ってくる。
沈黙を破ったのは、落ち着きを取り戻したガオだった。
「なあ、リョウ、今、どういう状況なんだ?」
彼の囁き声は、しばらく続いていた静寂の中では、かえって鮮明に響いた。
リョウは、突然自身に注目が集まったことを認識しながら、ガオより少し大きな声で答える。
「ディアンさんは、アワルの大人たちから見ると敵か味方か分からないから、同行していた僕たち含め、簡単に街に案内することは出来ないはず。
多分今は、僕たちが本当にリョウとガオなのかを確認するための準備か、それより前の段階の報告が行われていて、指示を待っているってことだと思う」
リョウが話すと、兵士の一人が驚いたような表情を見せた。
リョウは内心で、自身の小さな作戦が功を奏したことに快哉を上げる。
(自然に僕が利発な子供だと思わせられれば、本人確認の手間も少し省けるかもしれないし、何よりこの後の証言の信頼度が上がるかもしれないしな)
そんな意図は露知らず、ガオは首を捻っていた。
「確認する? 俺はガオだぞ?」
発言の内容をある程度理解しているという点では、ガオも同世代の中では十分賢い部類に入るだろう。
リョウは、しゃがんでいるガオの背中に置いてあった右手を後ろ手に回して、詳しい説明を加える。
「森の中で僕たちを探してくれていた人たちは、僕たちの顔を知ってるわけじゃないだろ?
もし別の子供を間違って連れて帰ってきたりしたら、問題になるかも……あれ?」
リョウは、自身の発言に矛盾が生じていることにすぐに気がついた。
身体ごと目線を左に向け、驚いた表情を見せていなかった方の兵士に向かって問いかける。
「間違いじゃなければ、あなたと僕は会ったことがありますよね?
どうして僕たちはここで待っているんですか?」
その発言を受けて、その若い兵士は面食らったような表情を見せて固まった。
もう一人の兵士は、一度困惑したような様子を見せた後、ディアンに武装解除を迫った時と同じ口調で更問いをかけた。
「お前、この子供が今言ったことは本当なのか?」
若い兵士は、焦ったような顔のまま、浅く首を縦に振った。
それを受け、問いかけた兵士は、隠そうともせずにため息をついた。
「それなら、なんでさっき言わないんだ。お前はこの子たちより愚かなんじゃないか?
何のためにわざわざ少佐をお呼びするのか分からないじゃないか……」
きっと二人の兵士は上司と部下なのだろう。
ディアンに煽られていた頃の緊張は解け、内心ではもう既にディアンへの危険視が消え掛かっていることが、上司の態度からは見て取れる。
一方で、追い詰められた部下は、この世の終わりのような表情をしていた。
確かに、一兵卒にすぎない立場の彼の不手際で、わざわざ少佐を呼びつけることになるなんて、彼にとっては大変なことなのだろうとリョウは勝手に同情する。
(怖い人が来るんだろうな……ん?少佐?)
リョウの頭の中に、二人の顔が浮かぶ。
彼の父と、彼の師匠。
本人確認のために呼びつけるというなら、その二人が該当の人物である確率は必然的に高まるが、リョウは、父がベルッセとの交流に責任を持つ立場であることを知っている。
「少佐って、ガイさんのことですか?」
リョウは鎌をかけた。
最初に情報を聞き出す役割を担っているのが彼ならば、擁護的な解釈を含んでくれるのではないかという希望的観測も含んだその質問に、上司にあたる兵士は首を振った。
「ブスール少佐ならば、我々も少しはやりやすいのだがな。
いずれ分かることだからこの際言ってしまうが、少佐というのは、まあ、慣例としてそう呼んでいるだけで、お呼びするのは君の母だ」
リョウの頭の中に浮かんでいた二人の男の顔はかき消え、彼の母であるリンの顔が浮かんできた。
その表情は、自身が我が儘を言った日に、チンハオを詰めていたときのようなおっかないものとして思い起こされる。
彼女が来るなら、目の前の若い兵士が追い詰められたような表情を見せるのも理解できるわけで……。
端的に言うと、リョウも彼と同様に憂鬱に沈んだのだった。
リンは、五人の兵士を引き連れて登場した。
重装の兵士たちが草を踏み締めて歩く姿が近づくたび、リョウの心臓の鼓動は早鐘のように鋭く脈打つ。
リョウのそばにいる二人の兵士は、軽く腰を折り曲げた姿勢で、彼女の到着を待っている。
冷や汗に冒されている若い兵士の顔を見て落ち着きを取り戻そうとするリョウだったが、規則正しく耳に入ってくる鎧の擦れ合う音が、それを許さなかった。
「間違いありません。二人は私が後から連れて帰りますから、あなたたちはそちらの女性を先に連れ帰ってください。
スティベンとマウラナは、状況を聞くので、子供たち二人と一緒にここに残ってください」
リンは五人から数メートルというところで立ち止まり、てきぱきと指示を出す。
指示に従って、リンが連れてきた兵士たちがディアンを囲んでアワルに向かって歩くよう促した。
子供二人と兵士二人は、リンの次なる指示を待ち、森との境界であるこの場に釘付けになっている。
何となくリョウは兵士たちと同様に頭を下げ、それを見たガオも同じ体勢になっていた。
ディアンを囲んだ兵士たちの足音が徐々に遠くなっていくのが、はっきりと聞こえる。
「やっぱり、歩きながら話を聞きましょうか。私についてきてください。
私から質問を振りますから、考えたことや言い訳はいいので、事実だけを話すようにしてください」
そう言うと、リンは踵を返し、ゆっくりとアワルに向かって歩き始めた。
四人は、数メートルの距離を小走りで埋め、リンに付き従う。
「じゃあまずマウラナに聞きますが、なぜそんなに冷や汗をかいているのですか?」
リョウは、自分が最初の質問の対象でなかったことに安堵と恐怖という相反した二つの感情を抱きつつ、
(声が低い上司がスティベンで、可哀想な部下の人がマウラナ)
と、顔と名前を一致させて覚えようと反芻していた。
「実は、私とリョウさんは、以前外壁を登る際に接触したことがあったのですが、そのことをスティベン曹長に報告することを失念しておりまして……」
マウラナの話す声は、尻すぼみに小さくなっていった。
彼が続く言葉を発さないことを感じ取り、言葉を引き継いだのはスティベンだった。
「三人組を組む際に、前提を共有しきれていなかった私にも落ち度があります。
彼にも未熟な部分はありましたが、どうかご容赦ください」
二人の兵士の態度を見て、リョウは不思議な気持ちになった。
一体自分の父と母はどのような立場で、どうしてこんなに畏怖されているのだろうか。
(この二人が恐れすぎているっていう可能性もあるか)
リョウは想像力を働かせながら、リンの返答を待っていた。
「分かりました。今後は情報共有を怠らないように。
それよりもむしろ、おどおどした態度は戦略的なものでなければ、士気の低下を招くだけのものなので、今後は意識して控えるようにしてください。
こちらのほうが大事です」
リンは、一息置いて続けた。
「ではリョウ、あなたが落ち着かない様子だったのはなぜですか?」
リョウの傍観者的な意識は一瞬で消し飛んだ。




