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61 薄明

アンダルが分身している矛盾を解消するべく、第39話「発途」を修正しました。


ディアンが戻ってくるまでの間、リョウとガオは、アンダルが置いていった書籍を読んだり、魔法について話したりしながら、ゆっくりとした時間を過ごしていた。


「ユイもこういう風に勉強することになるのかな?」


ディアンが過去に使っていたノートの模写を見ながら、ガオが呟く。


「うーん、そうなんじゃない?

昨日行ったみたいな所に通うことになるんじゃないかな」


「やっぱりそうだよな。アリフに色々頼んどけばよかったかな……」


「アリフって、ガオと同じチームにいた人のこと?」


リョウの問いに、ガオは本から目線を外し、腕を組んで答える。


「そうそう。あいつ、言葉通じるし強いんだよ。

ユイが来るなら、俺の代わりに守ってもらわないと……」


ふと見せるガオの適応力の高さや真っ直ぐさは、リョウにとって羨ましくもあり、好感の持てるものだった。


「いや、トリオーノ……さん? が婚約者ってことになるなら、僕たちが言わなくてもみんな優しくしてくれるだろ」


リョウは、トリオーノをどう呼べばいいのか困惑しながら言った。

考えてみれば、彼と直接意思疎通した経験は少ない。

それでも、ユイの、ひいてはリョウと同室の子供たち全員の目的のために一生懸命頭を捻り、協力してくれているという事実だけで、リョウの彼に対する好感度は高止まりしていた。


「そういうものなのか?」


ガオはいまいち腑に落ちていないようだったが、二人の会話はそのまま別の話題へと移っていったのだった。




ディアンは、一時間ほど経ってから一人で部屋に入ってきた。


「二人とも出発できる?

アンダルは残ることになったから、二人さえ良ければもう行けるわよ」


リョウは、にわかに緊張を感じ始めた。


「すぐにですか?」


ディアンは首を縦に振る。


「ええ。親御さんを心配させないほうがいいでしょ?」




一度屋敷の奥に戻ったディアンは、手提げカバンと杖を持って現れた。


玄関のそばでディアンを待つリョウの右手には、アンダルに返してもらった籠が提げられている。

ガオの持ち物は、アワルの託児所から持ち出してきた木刀だけだった。


「行きましょうか」


ディアンが二人に笑顔で告げる。

しかしリョウは、その笑顔の裏に僅かな緊張が隠れていることも読み取っていた。


「ディアンさんは……その、道は分かるんですか?」


ガオが敬語で問いかける。

彼も彼なりに緊張を感じ取っているのかもしれない。


「何となく方向は分かるわ。

それに、運のいいことに早い時間から出られるから、二人を探している人たちにも出会えるかもね」


(確かに、自分たちが探されててもおかしくないよな。

ユイの両親だって、一ヶ月ぐらいはずっと探されていたってことになるし。

カイとランがどう言ってるか次第ってこともあるか?)


特にガオと自分の父親は兵士であるため、比較的熱心な捜索が行われているかもしれない、そう考えるリョウに、ディアンは言葉を続けた。


「実は、既に捜索隊が森に入っていることは把握しているわ」


リョウは驚きを覚えつつ、その情報を簡単に共有するディアンに対して、改めて信頼を感じた。


「確認? 誰かが見たってことですか?」


それでも好奇心を抑えきれず、詳しい情報を聞き出そうとするリョウに、ディアンは指を口元に当てて言った。


「そうだけど、これ以上は言えないわ。もしかしたら、アワルの人たちの秘密を話してしまうかもしれないもの」


後半部分は明らかに後付けの理由だと、リョウには感じられた。

それでも詳しく聞くことはやめた。


その言いぶりからして、リョウがガオに伝えまいとしている部分をディアンが察しているのは明らかだったし、これから森を抜けるにあたって、雰囲気は和やかなほうがいいのもまた事実だったからだ。




三人は靴を履いて屋敷を出る。


先頭を歩くディアンは、森との境目で立ち止まり、二人に注意を促した。


「昨日みたいに歩きやすいところではないけど、歩きやすい場所を探したりして、私の後ろからあまり離れすぎないでね。

離れすぎると、森の動物に襲われる可能性が高くなるわ。

縦一列で歩くことになるけど、リョウくんとガオちゃんはどっちが一番後ろを歩く?」


リョウが遠慮がちに右手を挙げ、ガオは頷く。


ディアンはそれを確認すると、右手に持った杖を高く掲げて森の中へ入っていった。


杖の先には赤く光る石がついており、松明を掲げているようにも見える。

そのすぐ後ろを、ガオとリョウは足元に気をつけながらぴったりとついて歩いた。


朝の森はひんやりと涼しく、澄んだ空気を湛えている。

しかしその薄暗さはどこか不気味で、進む先を見通すことを拒んでいるようだった。




足場の悪い森を歩くことは決して容易ではなく、アワルから抜け出し、足を痛めたユイを庇いながら進んだ往路は、極度の興奮状態だったからこそ進めたのだと痛感させられる。


リョウは世間話を挟む余裕もなく、ディアンの持つ杖の光と足元を交互に見ながら、必死に足を前へ出していた。


集中し続けるせいか、呼吸が浅くなっているような感覚がある。

体力が尽きているわけではないのだが、それでも視界は狭まり、前へ出す足は重かった。


ガオも同じようで、規則正しく聞こえてくる呼吸音は、僅かに上擦っている。


ディアンは時折後ろの様子を確認するものの、歩みを止めることは決してなく、一定の速度で前進し続けていた。

その毅然とした歩みは、森で培ってきた経験の深さを感じさせる。


(これ以上速度を落とすと、襲われる危険が高まるんだろうな)


リョウもディアンの振る舞いの意図を読み取り、暗闇に包まれるような感覚を必死に払いのけながら、ひたすら前に進む。


目に入るのは、上下に揺れながら進む赤い光と、自分たちの足元を含む僅かな地面だけだった。


そんな行軍がしばらく続く。


ふと、辺りが明るくなったような気がして前を見ると、赤い光の他に白い光が見えた。


(太陽の光か? もうすぐ森を抜けるのかな?)


気持ちが浮き上がったリョウが左肩越しに後ろを振り返ると、前方と後方とでは明らかに森を包む暗闇の濃さが違っていた。


森を抜けるのは近い。


そう思った瞬間。


静寂を切り裂く怒号が、耳をつんざいた。


それと同時に、リョウの背中が強く押される。


つま先を軸につんのめるように倒れ込むリョウ。

顔には、濡れた草と土の感触。


暗闇に閉ざされたリョウの思考回路は停止し、右頬を土で汚したうつ伏せの姿勢のまま、ただ土埃とちぎれた草が舞う様子を眺めていた。

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