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60 公達 

「……じゃあ、朝ごはんの用意をしましょうか。リョウくんとガオちゃんはここで待ってて。

アンダル!」


ディアンはアンダルに何かを指示し、台所へ向かった。

アンダルは頷くと、そのまま廊下へ出ていく。


部屋に残されたのはリョウとガオの二人だけ。

とはいえ、円卓の部屋とぶち抜きで繋がった台所では、ディアンが忙しなく動いている。


(そういえば、貴族でも料理するんだな。使用人も一人だけだし……)


ディアンは床下収納から取り出した葉野菜を手際よく刻んでいる。

その後ろ姿をぼんやり眺めていると、ガオが声をかけてきた。


「さっきの話、どういう意味だったんだ?」


リョウは少し考え、言葉を選びながら答える。


「アワルの人たちは、僕たちがここでどう過ごしてきたか知らないだろ?

本当は助けてもらって、ご飯ももらって、ユイの親の捜索も手伝ってもらって……信じられないくらい世話になってる」


一度言葉を切り、続ける。


「でも、それを知らない人から見れば、ディアンさんも、ユイの親をさらったかもしれないやつと同じ側に見える可能性がある」


ガオは眉をひそめる。


「でも、正直に話せば分かってくれるんじゃないか?」


「そうかもしれないけど、その場合別の問題が出てくるんだ」


リョウはゆっくり首を振る。


「ユイは一緒に帰ってこないし、僕たちの歳で結婚なんて普通はありえない。

正直に話すと、今度は僕たちが嘘をつかされてたり、騙されていたりするんじゃないかって疑われる可能性がある」


「……ああ」


「例えば、ユイはまだ捕まっていて、僕たちは脅されてるんじゃないか、とかは考えられてもおかしくないと思う」


リョウは、自分で話しながら、ケメルデ王国の歴史は、フータンの領域を狭めながら南進してきた侵略の歴史だ、という事実を伏せながら話すのは難しいと感じた。

ただ、このことについてガオに打ち明けようとするたびに、先日楽しそうに遊んでいたガオとフータンの子供たちの光景を思い出し、ガオに背負わせるべきではない、少なくとも自分の口から伝えるべきではないと思い返すのだった。


ガオはしばらく考えたあと、率直に言った。


「でも結局、最後は正直に話すってことになってたよな?」


「ああ。それは、その疑いを、ディアンさんが引き受けるってことだ」


リョウの声は静かだった。


「だから僕たちは、気にせず正直に話していい」


「うーん、ディアンさんはどうするんだ?」


今度は、リョウの本心からの言葉だった。


「僕も全く分からないけど、信じることにしたよ」


 


アンダルが戻ってきた。

茶色い植物繊維で編まれた籠を持っている。


それを目の前に置かれ、リョウが中を覗くと、森に入る前に持っていた荷物がそのまま入っていた。

地図、ディアンの自伝、そして一万三千ディストリー。


「……返してもらえるってことですか?」


ジェスチャーを交えて尋ねると、アンダルは素早く頷き、籠を押し出した。

そのまま何も言わず、ディアンが作業をしている台所へと向かう。


 


朝食は、肉入りの野菜炒めと、炙った平たいパンだった。


四人で食卓を囲んでいると、玄関の扉が開く音が響く。


「あら、早いわね」


ディアンの一言に、アンダルはパンを皿に置いて廊下へ出た。


廊下からは、数人の男女が賑やかに話している様子が聞こえていたものの、アンダルが廊下に出ていくと、自然とその声は収まった。


やがて、青年が何かを言う声が聞こえる。

それに対するアンダルの返答。


次の瞬間。


「はっ!?」


驚きの声が上がり、それはすぐに苛立ちを含んだ鋭い調子へと変わった。


(……長男が帰ってきて、状況を聞いて混乱してる、ってところか)


ガオは落ち着かない様子で、食べる手を止めている。


リョウとディアンの目が合った。

ディアンは小さく苦笑すると、静かに立ち上がり、廊下へ向かう。


青年の声は、ディアンに気づいた途端、わずかに弾んだ調子に変わった。

言葉は分からないが、状況は十分に察せられる。


「リョウ、あの声は……」


「多分ディアンさんの長男が帰ってきたってことだろうな」


部屋に残された二人は、ひそひそ声で話す。

リョウもガオと同様、食べ進める手は止まっている。


「じゃあ、この後すぐ帰ることになるのか?」


「どうだろう。すぐってことはないんじゃないか?」


突然、二人が残っていた部屋の扉が勢いよく開かれる。


リョウは右後ろ、ガオは左後ろを振り返る。

そこに立っていたのは、一人の青年だった。


トリオーノとは顔立ちはあまり似ていないが、その立ち居振る舞いと雰囲気から、この家の人間であることは明らかだった。


「エクェレーレーナリヴァサペップ、オクモットゼフボフネムフォーアヴェーゼ!?」


怒鳴るような声が、二人に向けられる。


(……久しぶりに、生のフータン語だな)


リョウがぼんやり考える一方、ガオは完全に圧倒されていた。


そのとき。


背後から現れたディアンが、無言で拳を振り下ろした。

ゴン、と鈍い音がして、青年は頭を抱え、顔を歪める。


「怖がらせてごめんね。ちゃんと話しておくから」


ディアンはそう言って扉を閉めた。


ガオとリョウは、呆気に取られたままその光景を眺めていた。


(……今のは、悪口とか侮辱的な発言だったってことか?)


リョウは閉じられた扉を眺めながら、そんなことを考えたのだった。

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