57 余熱
「あっ、ごめんなさい」
リョウとガオは、ディアンに連れられて森の中を歩いていた。
先頭にディアン、それからガオ、リョウと続く縦一列の行進である。
すっかり日は落ち、空は暗く青みがかっていたが、ディアンは迷いなく森の中を進んでいく。
どうやら、ガオがディアンの足を踏んでしまったようだ。
薄い革の靴にかろうじて守られている足は、踏まれる角度によっては強く痛む。
「大丈夫よ。それより、見失わないようにしっかりとついてきてね」
それほど痛くはなかったようだ。
辺りは暗く、リョウからはディアンの髪の色すら認識できないほどだが、絶えず声を掛けてくれるため、迷う心配はないように思える。
ただ、暗闇は思考を良からぬ方向へ進めていくものだ。
「野生の生き物が襲ってくることはないんですか?」
リョウが少し声を張って尋ねる。
よく考えると、往路ではそういったものの姿さえ見ることはなかった。
「危ない生き物が棲む場所からは離れた所に道を作っているし、目が慣れないと見えないと思うけど、今歩いている道には比較的強い魔物の牙や角を削った粉が撒かれているのよ」
リョウは足を進めながら、目の前の道に目を凝らす。
「確かに、よく見たらきらきらしてるのが見えるな」
リョウが目線を上げると、直前の自分と同じように少し前屈みになっているガオの姿が目に入った。
「強い魔物の気配を感じ取った他の動物は、積極的に近づいてこないようになっているの」
しばらく歩くと、急に目の前が開け、屋敷が姿を現した。
障害となる木がないため、月光が眩しく差し込み、リョウの瞳孔が収縮する。
リョウとガオがディアンに続いて扉の中に入ると、アンダルが玄関のそばで出迎えていた。
ディアンが持っていた荷物を受け取り、両手で抱えたまま、アンダルは廊下の奥へと消える。
「もう用意してあるそうだから、先に体を拭いてきて。夜ご飯はそれからにしましょう」
この屋敷だけの習慣なのかは不明だが、風呂の代替として濡れタオルでの清拭が行われており、リョウたちは昨晩も同じことをしている。
地図を見る限り、近くの水場はリョウたちが発見された泉であると考えられるため、水はある程度貴重な資源なのだろうとリョウは想像していた。
左奥の部屋に入り、服を脱いだ後、金だらいのお湯に浸けられたタオルを手に取る。
「リョウ」
「ん?」
リョウがタオルを広げながら振り返ると、ガオは金だらいの上でタオルを絞っていた。
蒸気によって、部屋の温度と湿度はやや高くなっている。
「魔法の話の続きしてくれよ」
リョウは頭の上に広げたタオルをのせ、左手で頭皮を揉むようになぞる。
右手を手のひらを上にして突き出すと、その上で複数の緑色の光が明滅する。
「結局、この世界全体にあるこの粒を固めたり動かしたりするのが魔法ってことみたいだ」
光の粒子は放射状に広がって消えた。
「なんで粒が硬い矢になったり、強い足場になったりするんだ?」
ガオもリョウと同じように頭の上にタオルを置く。
(確かに、原子説を知らないとそういうことになるか……)
リョウは、どこか他人事のような記憶の中から化学の教科書を引っ張り出して考える。
「魔法の素みたいなものが、見えないけどたくさん浮いてるって思ってくれればいいよ。実際、こんな風に」
リョウは再び空中の粒子を活性化させ、その軌跡が分かるようにゆっくりと移動させたのち、魔法土のブロックを作り上げる。
「硬い魔法土ができるでしょ?」
魔法の素って、文字通り魔素ってことだよな、などと下らないことを考えながら、リョウはガオの前で魔法のデモンストレーションを見せる。
魔法土を細かい粒子に戻したり、一部だけ液体のようにしてみたり。
リョウは自由自在に目の前の粒子を操ってみせた。
えてして、自由には責任が伴う。
いつの間にか上達していた自身の魔法制御に気を良くしたのか、それとも刺激的な一日の疲労が出たのか、あるいは単に蒸し暑さにのぼせたのか。
リョウは頬を真っ赤に染め、木目の美しい壁にぐったりとその身を委ねたのだった。
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