56 猪目
リョウは、一目でそれを地図だと認識すると、その机に駆け寄った。
「約束したから、広めの地図を用意したわ。
ガオちゃんも見ていいけど、ここで知ったことはあまり言いふらさないようにして欲しいから約束ね」
リョウに数歩遅れて、ガオとディアンが机を囲む。
ガオは地図自体を初めて見るようで、首を様々な方向に傾けながら紙を凝視している。
「ケメルデ王国はこの範囲で、アワルがここで、トンジョランがこの辺りかな?」
ディアンが長い指で地図上をなぞるようにして説明する。
地図にはハート型の島が中心に大きく描かれており、世界地図というよりは周辺の地理を示したもののように見える。
ハート型の島の右側には、影で覆われた陸地が描かれており、巨大な大陸がそこにあることを示している。
ディアンがケメルデ王国として示したのは、ハート型の島の左上の一角に過ぎなかった。
島の左半分の中央を走る山脈は急峻なようで、まばらに存在する土色で示された居住地は、それを避けるように点在している。
ここトンジョランは、その山脈の最北端付近に位置しており、帯状のピータ大森林から上に突き出たような格好になっている。
その周囲を蹄鉄型に囲むのがケメルデ王国であると認識した瞬間、リョウは世界の見え方が僅かに変容したような感覚を覚えた。
「大体左側の中央あたりがフータンの居住地域で、右側を含む大半がジャヌトゥ帝国の領域ね。ユイちゃんたちは、このあたりに行っていると思うわ」
ディアンは、フータンの居住地域として示した茶色の領域を指差して説明した。
(ケメルデ王国が南部に開拓を進めているって、普通に侵略すぎないか?)
南には広い領域がある認識だったリョウだが、地図を参照すると南部にも別の国が存在しており、フータンの居住地域は上下から挟まれている形になっている。
ケメルデ王国とフータンの居住地域はほぼ同じ大きさだが、ディアンがジャヌトゥ帝国として指し示した領域は、その四倍ほどの広さを持つ。
三勢力が割拠するこの島において、ケメルデ王国が南進を続けるということは、フータンや帝国と利益相反の関係になることを意味しているようにリョウには思えた。
「じゃあ俺はこう来たってことか……この青いのが海ってやつだよな?」
ガオが質問する。
アワルの石壁に囲まれて生きてきた子供たちは、水が自然に広がっている様子を見たことがない。
アワルの西側には川から引いた水路があるものの、それを見たことがある者すら少数だ。
今まで歩いてきた森の景色や泉の周りの光景が、ガオやユイにとって得難い経験だったのだということを、リョウは改めて認識した。
「そうね。海には行ったことがないの?」
「アワルの子供たちは、九歳まで壁の外に出ちゃいけないんです」
リョウはガオに代わって説明する。
「そうなのね……じゃあ、そういう意味でも勝手な行動をしたってことなのね」
ディアンとの間に認識の齟齬があったことに、リョウは気付いた。
(帰ったら、今まで起こったことだけじゃなくて、アワルの事情も共有しておかないといけないな)
その後しばらくの間、リョウは覚えておきたいと思った地名を、ガオは地図の読み方を、それぞれディアンに聞き尽くした。
二人が満足したところで地図の鑑賞は終わり、扉の近くで待機していた老婆が歩み寄り、地図を畳んで片付けに行った。
地図に意識を奪われていたリョウは、この部屋が図書室のような場所であることに、その時になって初めて気付いたのだった。
この後に付録の地図を置けば良かったとも思ったのですが、今後それぞれの地名がより頻繁に登場する予定なので、そのタイミングで再度付録として投稿します。(ハート型の島は一旦は心の目で見て下さい)




