52 外力
その後、リョウはアユの指導を受けながら何度もボールを投げ、左側に曲げるボールをある程度操れるようになった。
最初の数回は全く曲がらなかったものの、更なるアユのアドバイスによってリョウはボールを曲げるメカニズムをある程度理解したのだった。
アユのアドバイスは、「曲げてから投げる」というものだった。
ボールを空気抵抗のない質量のみの点だと考えると、軌道に影響を与える力は真下の方向に働く重力のみとなり、投げた後は放物線を描いて飛ぶ。
球技で軌道を曲げる技術が存在するのは、ボールに回転を掛けることによって生まれる周囲の空気の速度の差が密度の差を生み、空気の密度差によって生まれた圧力差の結果として軌道を曲げる力が働くからである。
特に野球ボールは、特徴的な縫い目によってさらに不規則な変化が生まれるという。
その一方で、サッサランにおいて投げられる変化球は、明らかに重力に反したような挙動をしていた。
魔法によって、直接物体に干渉することが可能となっているからだ。
リョウがそれを液体だと感じたように、ボールの中心部と周辺部は多少の癒着はあるものの、ある程度独立して動く余地があるようだ。
その中心部に魔法で指向性を持たせることで、投げたボールに重力とは別の法理を与えることができている。
当初リョウは、投げてから曲げることを意識したため、ボールに与える魔法由来の力が十分大きくなる前にボールが飛んでいき、満足に制御することができなかった。
アユの助言は非常に真っ当なもので、ボールを曲げる前の段階で、曲げたい方向への力を十分に与えておくことが重要だと、数度投げるうちにリョウは理解したのだった。
魔法による外力を斜め上方向に与えることによって、完全に真横に曲がるボールを投げられたところで、リョウはある程度満足した。
「ありがとう。とても分かりやすかったです。今度は、僕が教えますね」
女性教師との不穏なやり取りもあり、少し不安な気持ちもあったリョウだが、教えてもらったお礼として自分の知る知識やコツを返すことにした。
「まず僕がやるので、真似せずに見ていて下さい」
ヌルールが通訳し、アユが頷くのを確認してから、リョウは説明を始めた。
「僕のイメージは、空気中にある魔法の粒を集めて一つに固めるっていうやつです」
リョウは作り慣れた魔法土のブロックを三人の間の地面の上に生成する。
リョウの調整によって、そのブロックは一つの角から徐々に光の粉になり、空気中に霧散するように消えた。
「魔法の粒は、このボールの中にあるのと同じような感じのものです。
最初は、手のひらに水を溜めるぐらいのイメージでイメージするのがいいと思います」
リョウは話しながら、自身がはじめて魔法を習った時は気を失ったことを思い出し、釘を刺した。
「使いすぎると体調が悪くなって最悪意識を失うと聞いたので、練習してちょっとずつ量を増やすのがいいと思います。
ご両親とかに相談もした方がいいかも」
(アユさんが倒れて責任問題になったらまずいし)
ヌルールはかなり優秀なようで、リョウの言葉をほとんど同時通訳している。
リョウの念押しの発言も、全く同じ口調で繰り返されたため、リョウは安心感を覚えていた。
しかし、その平穏は数秒で崩れた。
アユはその注意喚起を聞き頷くと、リョウの後ろ側に手招きするような素振りを見せる。
リョウが何気なく振り返ると、数メートルも離れていない位置に例の女性教師がいたのだった。
(なんでこんな近くに!?)
リョウは魔法への好奇心に気を取られ、周囲への注意が極端に薄くなっていたと自己分析した。
「そこまで怯えなくてもいいですよ。
私は娘がケメルデの魔法を教わるのを見守っていただけですから。
危険性も教えてくれて、ありがとうございました」
リョウは結局、アユに伝えたことはこの人物まで届いていたのだろうということを悟るのだった。
もっとも、フータンの人々とケメルデ王国が仮想敵国であるかもしれないというのはリョウの悲観的な憶測にすぎない。
(そもそも、僕とガオは歓迎されてるしな......。
ディアンさんと一緒に来たからというだけのことかもしれないけど)
リョウは自身が得ている情報が余りにも少なく、正確な判断ができる状況ではないということを改めて感じた。
(開き直って、全部開示して色々聞いてみるか)
リョウの目から女性教師越しに見える太陽の高度はいつのまにかかなり低く、赤みがかった空と共に時間の経過を伝えていた。




