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小さな嘘のすれ違い 2

「──きゃっ!」

「──エレナ!」


 デューイがわたしの背中に手を回し、支える。


 と同時に、本棚から本が数冊バラバラッと落ちてくる。

 わたしはぎゅっと目をつむった。


 ややあってから目を開くと、デューイがわたしをかばうように覆い被さっていた。


 わたしたちの周りには本が散乱している。


「──いてて」

 本が頭にぶつかったのか、デューイが声を上げる。


「──だ、大丈夫⁉︎」

 わたしは両手を伸ばし、彼の頭を確認しようとする。


 デューイは少し頭を振って、

「ああ、少しぶつかっただけだ。それよりも、お前は──」

「わたしは大丈──」

 と言いかけたところで、かつてないほどの距離でデューイと視線がぶつかる。


 そこで初めて、わたしたちは自分たちがどういう状況かを理解する。


 デューイの唇が間近に見える。

 目のやり場に困ったわたしの視線が不自然に泳ぐ。


(ど、どうしよう……。でも、これはスキンシップをする絶好の機会じゃない? 少しでも慣れておけば、おばさまやお母さまたちの前でも自然に振る舞えるかもしれないわよね……)


 わたしはぐっと覚悟を決め、視線をわずかに上げて、デューイを見つめる。

 手を伸ばし、再び彼の肩に触れようとする。

 すると、途端にデューイの頬に赤みが増す。


(──え? 赤くなった……? あのデューイが……?)


 わたしは思わず、彼の顔をじっと見つめてしまう。


 それも束の間、デューイがは両手を伸ばしてわたしの肩をつかむと、ぐいっと突き放す。

 そのままの状態で顔を伏せ、

「はぁ……」

 と盛大にため息を吐き出してから、わたしから手を離して立ち上がった。

「ほら、立てるか?」

 と言って、右手を差し出す。


 頬が赤くなっていたのは嘘だったように平然としている。


「え、ええ……」

 わたしは差し出された彼の右手に手を伸ばす。


(わたしの見間違いだったのかしら……)


 デューイはわたしに背を向け、しゃがみ込むと床に落ちた本を拾い始める。


 わたしは自分のせいで本が落ちてしまったことを思い出し、慌てて駆け寄り、

「あの、破れたりしてない⁉︎ 大事な本なのに──」


 デューイは手に取った本を確認しながら、

「とくに問題なさそうだし、大丈夫だろ」

「……ごめんなさい」

 わたしは肩を落とす。


(自分勝手に行動したからだわ……)


 運命の神様から反省しろと言われているような気がした。


「気にするな」

 デューイが本棚に本を戻しながら言う。


 彼のさりげない気遣いがうれしい。

 その背中を見ながら、話題を探すようにわたしは尋ねる。


「あ、そういえば、デューイはどうして書庫に?」


 自分の部屋にいるとばかり思っていた。


 デューイが本を戻し終えたあとで、こちらを振り返り、

「ああ、俺、お前に何か面白い本を手紙で紹介したことあったっけ? 悪い、記憶になくて」

 すまなそうに言う。


 わたしはハッとする。


(おばさまだわ。気を遣って、デューイに伝えてくださったのね──)


 嘘をついていただけに、その気遣いが今は心苦しい。


 デューイの視線から逃れるように、

「あの、そのことなんだけど、わたしの勘違いだったわ。えっと、もしかしたら、アレンからの手紙で教えてもらったんだったかも……」

 あははっと笑ってごまかす。


 すると、デューイはなぜか不機嫌さをにじませて、

「──お前、アレンと手紙のやり取りしてるのか?」


 向けられた視線がやけに鋭く、わたしはビクッと肩を跳ね上げる。


「え? ええ、時々だけど……」

 わたしはあいまいに答える。


 デューイのいとこであるアレンと手紙のやり取りをしているのは本当だ。

 でもやり取りというよりも、わたしのわがままに付き合ってもらっていると言ったほうが正しい。

 なぜなら、アレンはただデューイの近況をわたしに教えてくれているだけにすぎない。


「時々?」

 デューイが苛立ったように言う。


 しかしわたしは後ろめたさもあり、うまく言葉が出てこない。


(だって、デューイがどうしているか知りたかったんだもの……)


 でもきっとそんなことを言えば、いやがられるに決まっている。


 学院に行ってしまってから、デューイとの手紙のやり取りは徐々に減っていき、今では数えるほどしかなく、書かれている内容も短く当たり障りのないものばかり。デューイが忙しい合間を縫って仕方なく送ってくれているのだと、さすがに鈍いわたしでも気づく。

 それなのに、もっと頻繁に手紙を送ってほしい、もっと近況が知りたいなどとは到底言えなかった。


 わたしは顔を伏せる。


 でもその態度がいけなかったのか、

「──お前は昔からアレン、アレンって!」

 デューイが憤るように言う。


 予想外の理不尽な物言いに、わたしは思わずむっとして顔を上げる。


「何よ、その言い方! アレンはやさしいから、わたしに付き合って手紙を送ってくれているだけよ!」


 デューイがあまり手紙をくれなくなってから、同じ王都にいるアレンに少しでもデューイのことを教えてほしいとお願いした。

 こんなこと、幼馴染みでデューイのことをよくわかっているアレンにしか頼めなかった。

 アレンもそれをわかっていて、協力してくれているだけだ。


 それなのに、デューイはより一層苛立ちをあらわにする。


「ああ、そうだろうな! アレンは俺よりもよっぽどやさしいし、頼りがいもあるからな!」

「なんでそうなるの⁉︎」


 デューイの苛立ちにつられるように、わたしも声が大きくなる。


「だって、そうだろ! アレンならきっとこんなふうにケンカになんてならなくて済むもんな。あいつはやさしいから、俺みたいにお前を怒らせることもしない。俺が婚約者じゃなければ、お前だって──」


「──やめてっ‼︎」


 デューイの言葉をさえぎるようにわたしは叫んでいた。


(やめて──)


 今、それだけは聞きたくない。

 我慢して抑えていた気持ちが爆発する。


「それはデューイのほうでしょ! あなたこそ、わたしが婚約者じゃなければよかったって思ってるんでしょ? 会えばケンカばかりするようなこんな愛想のない婚約者なんて、わたしくらいだものね。わかってるわよ! わたしに可愛げがないことくらい!」

「そんなこと言ってないだろ⁉︎」

「同じことよ!」


 わたしは息を切らす。

 どうしていいのかわからない。


「はぁ……」


 デューイの深いため息が聞こえる。


「──っ、わたし、部屋に戻るわ」


 たまらず、わたしは逃げるように書庫をあとにした。


 その後、晩餐の時間になってもわたしは気持ちが整理できず、早めに休むと言い訳して晩餐を辞退した。



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