小さな嘘のすれ違い 1
次の日、朝食を早々に済ませたわたしは、部屋でひとりぼーっとしていた。
「仲よくするってどうしたらいいのかしら……」
ただでさえいい方法が浮かばないのに、昨日の失敗続きでかき集めたわずかな勇気すらももう残っていない。
「恋愛が得意な誰かに相談できたらいいのに……」
思わず、そんな言葉が漏れる。
すぐさま思い当たる人物がいるにはいるが、それがデューイの母であるアイヴスのおばさまなのだから、頼るという選択はあり得ない。
おばさまはその見た目の愛らしさから、おじさまと婚約するまでは数多くの求婚があったと聞いている。さらに愛読書は恋愛小説と豪語するだけあって、さまざまな方法を知っているだろうと思われた。
(ん? 恋愛小説……?)
そこでわたしは、ふとひらめく。
「そうよ、恋愛小説があるじゃない。本を読んで、仲のよい婚約者がどうしているか勉強すればいいのよ!」
そうと決まれば書庫に向かおうと、ソファから勢いよく立ち上がった。
しかし勢いに任せて部屋を出たはいいが、ここは自邸ではなく滞在させてもらっているアイヴズ伯爵邸だ。まずは主であるおじさまかおばさまに、書庫への立ち入りと本の閲覧許可を得る必要があった。
わたしはおじさまかおばさまを探し始め、ほどなくして、サンルームでわたしのお母さまとおしゃべりしているおばさまを見つける。
「え、書庫で本を借りたい?」
おばさまが首を傾げ、訊き返す。
その横で、お母さまが眉間にしわを寄せ、
「まあ、エレナ。せっかくお邪魔しているというのに、読書なんて……」
「あら、いいのよ。私も読みかけの恋愛小説があれば続きが気になっちゃって、旅行先にも持って行くことがあるくらいだもの! エレナちゃんなら書庫に自由に出入りしてもらって構わないけれど、どんな本を読みたいの?」
予想外に尋ねられて、わたしは一瞬どきりとする。すぐさま頭を働かせ、
「あの、デューイが前に手紙で教えてくれた本があって。昔読んでとても面白かったって言っていたのを思い出したので、この機会に読みたいなって思ったんですが……」
「あら、そうなの? 離れても手紙で色々とやり取りしているのね」
おばさまがうれしそうに微笑む。
「ええ、そうなんです」
わたしは微笑んで頷いたが、良心がチクリと痛む。
(嘘をついてごめんなさい、おばさま)
心の中で謝りながら、わたしはサンルームをあとにした。
書庫に入ると、目当ての本を探して本棚の間を行ったり来たりする。
つい自分の興味のある本を手に取って読みふけりそうになるが、それをぐっと堪え、参考になりそうな恋愛小説を見つけては本棚から抜きとり、パラパラとめくる。
(なるほど、仲のよさを見せつけるにはスキンシップが有効なのね……。手をつなぐとか、肩にそっと触れるとか……)
ふむふむとひとり頷きながら、ふとデューイと手をつないだり、肩に触れたりする場面を想像し、とたんに顔が熱くなる。
エスコートで何度も彼の手に触れているが、意識して手をつなぐのはまたわけが違う。
そもそもどうやって手をつなぐまでもっていけばいいのかわからない、ましてや肩なんてどんな理由があれば触れられるのか、見当もつかない。
ため息混じりにパタンと本を閉じて、本棚に戻す。
「わたしにはハードルが高すぎるわ……」
「──高すぎる? 上にある本を取りたいのか?」
背後から声がして、わたしはひゃっと声を上げる。
「デュ、デューイ!」
振り返れば、デューイが真後ろに立っていた。
「どれを取りたいんだ?」
彼はわたしの頭上にある本に手を伸ばし、息がかかりそうなほどの至近距離でこちらを見下ろしていた。
まるで腕の中に囲い込まれるような状態に、焦りのあまり何も考えられなくなる。
「だ、大丈夫よ!」
わたしは不自然なほど大きく叫ぶと、さっとデューイの腕をすり抜け、本棚から離れる。
「手が届かなくて困ってたんじゃないのか?」
デューイは首をひねりながら、訊いてくる。
「え⁉︎ 別に困ってなんか──」
とわたしは言いかけるが、はたとあることを思いつく。
こほんと小さく咳払いしてから、上の棚を指差すと、
「あ、いえ、そうね……、その青い背表紙の本を取りたくて」
デューイはわたしの指差すほうに視線を向け、
「ああ、あれか」
と言って、すっと手を伸ばす。だが、すんなり本を引き抜けないようで、
「ん、なんか引っかかってるな」
デューイが本に手を伸ばしている間、わたしは彼の背後からゆっくりと近づくと、至近距離で後ろに立つ。
その広い背中を見るだけで、胸がドキドキして苦しい。
そっと手を伸ばし、肩に触れる。
自分とは違うしっかりとした感触に、わたしの心臓がうるさいくらいに鳴り響く。すると、
「──えっ⁉︎」
デューイが勢いよく振り返った。
大きく見開いた瞳がわたしを捉える。
予想外のことに、わたしは驚いて体勢を崩してしまう。